岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/08/24
今日は、2019/08/04配信の岡田斗司夫ゼミ「『なつぞら』特集と、『天気の子』『トイストーリー4』ネタバレ解説、ちょっと怖い“禁断の科学”の話」から無料記事全文をお届けします。
「悩みのるつぼ」卒業します!
【画像】スタジオから こんばんは、8月4日の岡田斗司夫ゼミですね。
毎回、スーツを着てネクタイを締めてると暑いので、8月からしばらくは、アロハシャツで。そうですね、9月いっぱいくらいはこれでやってみようと思います。すみませんね、失礼な格好で。
最近は、もう、コメント用のモニターが3面になってて。
正面の位置に、一般会員用のコメントが流れてて、右側がプレミアム会員用のコメントモニターで、左側がYouTubeライブの方用のコメントが流れているという感じになってます。
今、YouTubeライブでは「いいタイミングで来た」とか「こんばんは」というコメントが出ているところですね。
プレミアムの方では「いいんじゃない?」とか「アロハは正装」というコメントが流れております。
今日の放送は「ちょっと怖い話」という告知をしてましたが、「ちょっと怖い話」をするのは、放送のわりと後ろの方になります。
というのも、今週は『なつぞら』について話したいことが、もう本当に山のようにあるので。すみませんけど、『なつぞら』の話だけで無料が終わってしまいます。
有料放送になったら、一気に『天気の子』と『トイ・ストーリー4』と「怖い話」に行こうと思いますけども、そんな感じになります。よろしくお願いします。
ではでは、一番最初は「るつぼ」の話をしようと思うんですけども。
僕、朝日新聞で10年以上「悩みのるつぼ」という連載をやってたんですよね。
「悩みのるつぼ」というのは、朝日新聞の土曜日版に載っている、4人の回答者が持ち回りで行う人生相談のコーナーで、4週間に1回、順番が来るんですけど。これを、9月7日の土曜日で卒業することになりました。
実は、半年前からずっと朝日新聞の担当さんに相談していて「6ヶ月前からだったら、準備ができるので大丈夫ですよ」と言われたので、辞めさせていただけることになったんですけど。正直、1年くらい前から辞めたかったんですね。
理由は、とにかく自分でも「同じパターンになりつつある」と思ったからなんですよね。
3、4年くらい前までは「さあ、今回はどんなふうに答えようか?」とか、毎回毎回3つくらい相談の候補が来るんですけど、「どれも面白いな!」と思ってたんです。
でも、最近は「ああ、なんかまた、前に答えたのと同じパターンになっちゃうな」と思うようになってきて。
僕は「仕事というのは、新しく何かを始めるよりも、何かを辞める方が10倍大変だ」と思ってるので、できるだけ辞め時というのを間違えたくないと思ってるんですけど。
まあ、あんまりワクワクできなくなってきてしまったので、9月7日で辞めさせていただくことになりました。
これも、本当は4月くらいにパッと辞めたかったんですけど、「ちょっとそれは勘弁してください」と言われて。
折角だから、この「悩みのるつぼ」の答えの作り方というのを話そうと思って、久しぶりに一般向けの講演をしようと思います。
(パネルを見せる)
「悩みのるつぼ 岡田斗司夫 卒業講演会」という講演会を、東京と大阪で行います。完全無料で皆さんをご招待するという感じですね。
東京は9月23日。月曜日だけど祝日です。大阪が9月28日の土曜日。東京は渋谷の辺り、大阪は梅田の辺りです。両会場共に、昼間2時半から2時間程度のイベントです。
参加費無料なんですけども、すみませんが、抽選になります。一度の申込みで2名まで応募できます。当選された方は、申し込みの時のメールアドレスに連絡致します。この当選の発表が9月12日ですね。
注意事項として、小学生以下の参加・同行はできません。連れてこれるのは中学生以上ですね。そして、イベントが始まっちゃったら、途中入場は出来ません。これはもう、僕の気が散るからなんですけども。
お申し込み方法は……今、URL出ますか? はい。URLが出ておりますので、そちらの申し込みページにアクセスして申し込んでください。
なんでURL方式にしたのかというと、これ、朝日新聞にも広告を載せてもらったんですけど。朝日新聞で往復はがきとかで募集したら、もう、70代、80代の方からものすごい量の応募が来たんですね。
なので、「せめて、URLと言われても応募ができるような世代の方も」ということで、どうぞよろしくお願いします。お待ちしております。
あんまり、こういう無料のイベントって、毎年毎年できるようなもんじゃないので。これ、全部自腹でやります。朝日新聞は協力はしてくれるんですけど、お金は全部、僕が出しますので、よろしくお願いします。
『なつぞら』の「踊りを知らなかったアニメーターたち」
【画像】スタジオから ということで、じゃあ、行きましょうか。『なつぞら』ですね。
先週の『なつぞら』は、本当にいろんなことがあったので、月曜から順番に語って行きます。
7月29日の月曜日の『なつぞら』は、月日が経って、いきなり昭和39年。1964年の正月です。
主人公のなつも上京8年目で、もう、ドラマの中で5年も経ってるんですけど。なつが勤めている東洋動画の新年会で、社長から引退宣言が出ます。
東洋動画の社長が「今日、私は社長を辞めます!」と言い出して、みんな「おおっ!」と言ったんですけど。蓋を開けてみれば「そのまま会長に上がります」という、どうでもいい宣言だったんですけども。
この中で、会長は「子供の頃から私が好きなのはそろばんでした。映画とかを見る人間ではなくて」と話したんです。それを聞いて、まあ、ドラマの中の人物たちは笑っていたんですけど、これは伏線なんですね。
「そろばんが好きだった」というのは「以後、この会社のアニメスタジオは、ものすごい合理化が行われる」という意味なんですね。その伏線になってます。
会長は「私はもともと鉄道マンとして入った。良い鉄道マンとは何かというと、そろばんのできる鉄道マンだ」という話をするんです。
そろばんのできる鉄道マンとは何かというと、路線の終点に娯楽施設を置く。例えば、遊園地とか動物園とか野球場のような。今では、西武も京急も、どこでもごく普通にやっているようなことなんですけども。「これを最初に始めた」と、まあ、そういうふうなことを語るんです。
僕らの多くも、やっぱり今、そういう街に住んでるわけですね。なんとなく私鉄の沿線があって、その終点には大きい野球場があったり、テーマパークがあったりする。それに引き寄せられて住んでるという、まあいわゆる「郊外型の暮らし」ですか。
昔の日本というのは「田舎にダーッと人が住んでいて、それとは別に都心部にも人が集まって住んでいる」という、すごく簡単な構造だったんです。それが、私鉄が始めた「郊外と都心を電車で繋いで、その結果、人を毎日、通勤列車に乗せよう」という運動によって変わっていった。日本という国が発展して行ったわけです。
これが7月29日の月曜日の内容です。
続く7月30日の火曜日は、まさかの宮崎駿がフラれ、まゆゆは大塚康生と結婚するという発表があって、僕もう、ひっくり返りました。
(パネルを見せる)
「歴史上では、まゆゆが演じている大田朱美は宮崎駿と結婚するはずだったのに! なんで大塚康生と!? これでは歴史にズレが!」と思ったんですけど。まあ、これはドラマですから、別に歴史でもなんでもないんですけどね。
なんで、こんなことが起こるのかというと、「以後のドラマ内での、まゆゆ、大田朱美の出番をなくしたくないから」なんですね。
というのも、宮崎駿と結婚した後の大田朱美は、宮崎家で専業主婦になるため、アニメーターを辞めざるをえなかったんですね。ドラマでも歴史通りに描くとすると、まゆゆの出番がなくなっちゃうので、まあ、ちょっとそこは「これはドラマですから」ということで、スタジオにも居残ることになりました。
この後、フラレて悔しがる宮崎駿とまゆゆがダンスするシーンがあって。
そこでは「メガネを外すと一気に美少女になる」という、お約束もあって、ちょっと可笑しかったんですけども。
(パネルを見せる)
これは、ちょっとアップでいいシーンなかったんですけど、「悔しがる宮崎駿とまゆゆがダンスしている」というシーンですね。
このダンスシーンが何のためにあるのかと言うと、もちろん、この後で『太陽の王子ホルス』を作ることになるので「その中でのルサンとピリアという2人の若者が結婚して踊るシーンの参考資料にするため」というのもあるんですけど。
これは、『ハイジ』のオープニングの、ペーターとハイジの踊りの伏線なんですね。
『アルプスの少女ハイジ』のオープニングには「ペーターとハイジが、手に手をとって踊る」というシーンがあるんですね。
(パネルを見せる)
これ、実際の歴史でも、当時のアニメーターは誰も踊り方がわからなかったんですよね。
その結果、どうなったのかというと、小田部さんという、今回の『なつぞら』のアニメ監修をしているオッサンと、宮崎駿という、これまたオッサンの2人が、手を繋いで、本当にこのまんま踊ったそうなんですね。「それを横から8ミリカメラで撮影して、なんとか作画した」と。
とりあえず、その場にいるアニメーターの誰一人も踊れなかったので、しょうがないから、宮崎駿と小田部さんが手を繋いで、これと全く同じダンスを楽しそうに踊って。それを、森康二さん、ドラマの中でいう仲さんがスケッチして、なんとかダンスシーンを作ったという歴史上の事実があるんですけど。
たぶん、僕の読みでは、このまま『アルプスの少女ハイジ』まで、このドラマは行くはずなので、おそらく「高畑勲と宮崎駿がダンスをして、大塚康生がスケッチをする」というシーンが見れるはずだと、僕は思っています。今から楽しみですね(笑)。
これが、7月30日火曜日の出来事です。
その日の放送で、ドラマは昭和40年、1965年の春になり、大塚康生は長編の作画監督に抜擢されました。
作画監督になると「演出家は誰で行く?」って聞かれるんですけど。これが、この当時のアニメの作り方だったんですよ。
「アニメというのは絵描きが作るものであって、演出というのは単にお話を繋ぐための補助に過ぎない」と考えられていた。だから、脚本を書いたりする時とか、全体の流れを作る時に出て来るだけで、実は「作画監督が全てをコントロールする」という考え方だったんですよ。
ところが、ここで大塚康生は「演出は高畑勲さんです。そうでないと僕はやりません」と言うんですね。
この辺の『なつぞら』は、歴史通りです。
『ホルス』の実験と「絵の描けない演出家」問題
【画像】スタジオから 7月31日水曜日、ついに『太陽の王子ホルス』は始動します。
ドラマ内では『神をつかんだ少年クリフ』というタイトルになっています。よくわからないタイトルですよね。
なぜ「神をつかんだ」なのかというと。これって、わりと良い意味のように聞こえるんですけど、この「神」というのは、どうも死神らしくて。
だからといって「死神をつかんだ少年」というのが、どういう意味なのかも、よくわかりにくいんですけど。
制作のスケジュールは遅れに遅れて、夏になっても、ドラマの中の一番の悪役であり、おまけにヒロインになるはずのキアラという女の子のキャラクターデザインが決まらないんですね。
なつも、キアラのデザイン案をいっぱい描くんですけど、全然決まらない。
これも、歴史通りです。『太陽の王子ホルス』でも、主人公なつのモデルになった奥山玲子や、宮崎駿、あとはまゆゆのモデルになった大田朱美まで、みんなでヒルダを描いたんだけど、この全員がボツをくらったんですね。
(パネルを見せる)
例えば、奥山玲子なんて、上手いんですよ。この2つのヒルダが、奥山玲子が描いたバージョンなんですけど。「悲しみをたたえた感じ」というのが十分出てると思うんですけど、高畑勲にとっては、これでもダメ。
【画像】ヒルダ案2 宮崎駿なんて、もう、いろんなパターン描いてるんですけど、全てダメなんですね。
(パネルを見せる)
これ、もう全部、宮崎駿のデザインなんですけど。宮崎駿ね、実はこういうムック本(『ジブリ・ロマンアルバム 太陽の王子 ホルスの大冒険』徳間書店)で、3ページ以上、宮崎駿のデザインだけが載ってるページがあるくらい描いてるから、「どんだけ描いてんだ?」って思うんですけど(笑)。
この鼻筋がスラッと通っているのは、ロシアのアニメーションの『雪の女王』の影響だと思います。そういう人形劇っぽいようなキャラクターも描いてるんですけど、これまたボツをくらいました。
ここに「(大田朱美)」って書いてありますよね? この大田朱美というのがドラマでまゆゆが演じている、後に宮崎駿の嫁さんになる人のデザインです。やっぱり、絵が上手いんですよ。しかし、やっぱりこれも全部ボツをくらってしまうんですね。
この大田朱美版にしても、奥山玲子版にしても、ちゃんと悲しみの表現はできていると思うんですけど、それでもダメと言われるんですね。十分に素晴らしいんですけど、高畑勲はOKを出さなかった。
スケジュールは遅れに遅れて、ついに仲さん、森康二が心配して、声を掛けるんだけど。
それに対して「仲さんのアニメーションは古い。かわいい動物が出てくるだけの古臭いアニメーションだ」と思っている高畑勲は「仲さんは口を出さないでください。自分達の好きにさせてください。責任は僕が取ります」と、後の伏線になるようなセリフを言っちゃうんですね。
しかし、結局、キアラというキャラクターデザインの決定版を出したのは、ドラマ内ではイッキュウさんと呼ばれている演出家・高畑勲が「古い」とか「あの人の言う通りにしていたら、新しいものが出来ない」と言い捨てていた仲さんのデザインでした。
これは、やっぱり、あまりにも面白い展開だったので、毎日新聞のネット版にも記事になって載っていたんですよね。
(パネルを見せる)
仲の描いた「キアラ」は小田部羊一さん作だった。「当初のような絵は描けない」も…いきさつは?
ということで、もう、ニュースにまでなってるんですけど。
ちなみに、この回は、ちゃんと『なつぞら』のオープニングでも、「イラスト制作:小田部羊一」というクレジットが、わざわざこのためだけに出ているんですね。
(パネルを見せる)
ドラマ内でのデザイン原稿は、アニメーション時代考証を担当している小田部羊一さんが描いたんですけど。
それくらい、このキアラ、現実の『ホルス』の中ではヒルダというキャラクターはすごかったんですね。
では、「どんなにすごかったのか?」というと、こんな証言が残っています。
「東京アニメーション同好会」(アニドウ)主宰 なみきたかし
『太陽の王子 ホルスの大冒険』を公開時に観た僕の世代は、みんなヒルダにイカレてしまった。
それは、かわいいとか萌えとかいうものとは断じて違う。二次元の作られたものではなく、考えて行動する、そして主張を持った1人の人間を感じて、忘れられない実在の人物となったものなのだ。
- “もりさんのヒルダ” アニドウより引用
宮崎駿
僕らが想像もしていなかったものを、高畑勲はやろうとしていて、それに応えたのは、森康二(さん)しかいなかったんですね。ヒルダが(雪狼に襲われるシーンで)フレップという子供と熊を自分の首飾りを与えて逃して見送る姿を見た時は、凍りつきましたからね。
こんな映画を作っていたんだと。初めて観たって感じでね。ショックでした。
- “もりさんのヒルダ” アニドウより引用
これが、実際の『太陽の王子 ホルスの大冒険』のヒルダです。
(パネルを見せる)
自分が持っている、魔除けの首飾りを、子供と小さい動物に与えて、自分のもとに氷の狼がこれから襲い掛かろうとしているにも関わらず、子供が飛んで行く後ろ姿を見守っている。
「この時のヒルダの表情というのは、もう森康二しか描けなかった」というふうに宮崎駿は言ってるんですけども。
同時に「こういうキャラクターというものを、アニメーションで描けるんだ! こういう見せ方ができるんだ!」ということに、すごいショックを受けたそうです。
このヒルダの描き方は、全て実験だったそうです。
例えば「虚ろな目」。アニメーションとか漫画でよくやるんですけど、何か気持ちが入っていない、虚ろな目を表現する時、目を中央より広げて描く。
逆に言えば、意思の強いキャラを描く時は、目を中央に寄せて描く。
「黒目だけ?」(コメント)
違います。「眼球の位置自体を」なんですよ。
眼球の位置自体を外側に広げて描くと、何かこう、ボンヤリした、虚ろな目になるんですね。反対に、眼球の位置を、やや中心に寄せて描くと、強いキャラになる。
こういうのは、この頃の実験で確かめられたんですね。森康二と高畑勲が何回も何回も話し合って、情報を交換して、実験して実験して、徐々に徐々に確かめていったことなんです。
次に、このヒルダの「顔の上半分だけを見ると目は何も語っていないけど、下半分だけを見ると口元が笑っている」という表情。
これも、それまでのアニメーションの表現では絶対にやってなかったことなんですね。
これは、一度、テレビアニメなどをやって、リミテッドアニメと呼ばれる「顔の輪郭とか目とか口とかをバラバラに描く」というところから、逆説的に発見した方法なんですね。
つまり、目の表情と口の表情をあえて別の表現で描く。「目は怒っていても、口は笑っている」とか、そういうことをやることによって、なんとも言いようのない、不思議な表情が作れるということを、高畑勲は発見していたんです。
そして、それをこのヒルダの中で積極的に応用していった。そうやって完成形に近づけていったわけですね。
これは高畑勲本人の証言です。
吹雪のシーンの森さんの作画について、ぼくは別のところに書いたのでもう繰り返す事はしないが、そのパトスの表現はまさに鬼気迫るものがあったと自分の作品であっても恥ずかし気もなく断言したい。
森さんの描くヒルダは他の誰のともちがっていた。森さんのヒルダだけが本当のヒルダだった。
前にも書いたが、首つきからしてちがっていた。森さんからのおそろしいばかりのエネルギーを全身にみなぎらせていた。
- “もりさんのヒルダ” アニドウより引用
この、首のつく位置から何から全部違ったので、高畑勲にとっては、宮崎が描こうが大塚康生が描こうが、他の誰が描こうが、それはもう、ヒルダではなかったというわけですね。
しかし、こういうのって『太陽の王子 ホルスの大冒険』がちゃんと完成したから言えることなんですよね。
このドラマの中でも描かれているんですけど、普通、演出家が「僕の頭の中にあるヒルダは、もっと別のものだ! もっとすごいヒルダが歩いているはずなんです!」と言ってデザインをボツにしたら、アニメーターは怒るに決まってるんですよね。
「演出の頭の中を覗いて描けと言うのか!?」と。これ、よくアニメーターと演出家の間で言い合いになる問題で。
例えば、これは僕が実際に目にしたことなんですけど、『オネアミスの翼 王立宇宙軍』というアニメを作っている時に、主人公のシロツグ・ラーダットというキャラクターのデザインが、本当になかなか決まらなかったんですね。
主役のデザインが決まらないと、他の脇役のキャラクターたちを先に進められないんですよ。脇役を先に進めちゃうと、主役で使いそうなパーツを使うかもわからないから。
なので、まず、主役のデザインを決めて、それに対して太ってるとか痩せてるとか、顎が張ってる、イケメンみたいに、他のキャラクターというのを決めるから、まず、主役を決めなきゃいけない。
つまり、『なつぞら』と全く同じ状況だったんですよ。
山賀博之というのは、絵が描けない監督であって、貞本義行はものすごく絵が上手い。その貞本義行に対して、いろんな主人公のキャラクター案を伝えるんですけど、それは全て口の説明でしかできないわけですよね。
山賀も「そうではなくて、もっと力強く! ……いや、力強くといっても、やっぱり所詮は現代っ子だから、そんなにイケイケのキャラクターではなくて!」ということを、いっぱい、いっぱい説明するんですよ。
それに対して貞本は、描いて見せるしかないんです。で、1回目、2回目、3回目までは、まあ、黙って描くんですけど、4回目、5回目くらいになってきたら、本人としてはこれしかないというデザインを毎回描いてるわけだから、「そんなことを言うんだったら、あなたが描いてくださいよ!」と。
その結果、「いや、俺は描けないから!」という言い合いになるわけです。
さて、そんな無限に意味のない言い合いをしている中で、ある時、山賀監督が、急に貞本義行にOKを出したんですよ。「あっ! これです、これです! これでお願いします!」と。まあまあ、無事に済んだんですけど。
その日の夜、みんなが帰った後で、僕と貞本と、あと何人かだけが残っていた時に、貞本が「岡田さん、気が付きましたか?」って言うんです。
「何?」と聞き返すと、貞本義行は「あれ、山賀さんに似せて描いたんですよ。何回も何回もやり直させられててわかったんですけど、結局、あれは自分を描いてほしかったんですよね。だから、山賀さんの顔の中のパーツをいくつか入れてみたら、1発でOKが出ました。やっぱりって思いました」と。
こんなふうに、演出家が「俺の中にはイメージがあるんだ!」と言う時というのは、実は、具体的な絵がある場合が多いんですよ。
でも、それをそのまま描いて欲しいわけじゃなくて、それを超えるものを描いて欲しいんですね。
貞本は、意地悪にも、山賀に気付かれないように、山賀と同じ顔を描いたんですよね。その結果、山賀が1発でOKを出したので、周りにいる飯田君とか、いろんなアニメーターがニヤニヤしながら「ああ、やっぱりそうだった」なんて思うという、そういう話があったんですけど(笑)。
だから、たぶん、このドラマの中でも、イッキュウさんには自分の中にイメージがあったんですよ。
それは、子供の頃に初めて好きになった女の子かもわからない。そういったイメージはあるんだけど。
でも、それをそのまま描いてほしいわけじゃないんですね。その子の写真を持ってきて「こういうふうに描いてくれ」と言うんではなくて、「それを超える何かを描いてほしい」と思っていたんだと思います。
このヒルダ、というか、キアラのキャラクターを決める下りは、あまりにリアルで、ちょっとビックリしました。
あとは「カット割りでアクションをごまかさない」という話があって、これにも僕はビックリしたんですけども。
これは、『クリフ』の作画に入ってからのシーンなんですけど。
(パネルを見せる)
クリフの絵コンテがあって、その上に、この絵コンテを元に大塚康生が描いた原画が乗っている。
これは「この原画ではダメだ」って言ってるシーンなんですね。
では、何がダメなのかと言うと。わかりやすく、絵コンテの部分をアップにしたものを作ってみました。
(パネルを見せる)
もう本当に、NHKのドラマに映っていたものを拡大しただけなので、ちょっと見にくいかもわからないんですけど。これ、わかりますか?
絵コンテ上で「カット220」「221」「222」と、1コマずつ続いていた後で「カット223」だけが、ザーッと4コマも続いているんですね。
これ、どういう意味かというと、「この第223カットは、延々と長いカットだ」ということなんですね。主人公のクリフが剣を振りかぶって悪魔と戦うシーンなんですけど、その周りをカメラがずーっと回り込んでいるんですよ。
コンテに書かれた指示をよく見てみると「送り込みフォロー」って書いてあるんですよ。つまり、正面から剣を振り下ろすクリフに対して、最初は正面にあったカメラが、クリフの後ろに回り込む。そうやって悪魔と剣を戦わせている様子を丸々1カット描け」ということなんですね。
ところが、それをすると作画的にあまりにも大変だから、ついつい大塚康生は、カットを勝手に割って、クリフのクローズアップで、ちょっと逃げようとしたんですね。
これは見せ場なんですけど、確かに1カットで描くと緊張感が出るし、大人は「おっ!」と思うですけど、子供は、ロングショットでの戦いになってしまうので、退屈しちゃうんですよ。子供としては、やっぱり顔のクローズアップがあって、表情が見えた方が安心するんですね。
だから、今、『太陽の王子 ホルスの大冒険』をBlu-rayなんかで僕らが見た場合、40、50を過ぎてから見ると、あまりにもすごくてビックリするんですけど。子供の頃に見た時は……僕は中学生の時に見たんですけども、確かに面白くなかったんです。小学生、中学生くらいには、よく動きというのがわからないから、「なんか、退屈で説教くせえ話だな」と思ってたんですけど。
今、見るともう本当にビックリするくらいすごいアニメなんですけどね。確かに、こういうカットを割るということをやってないがゆえの迫力というのは、存分に出ているアニメです。
さて、8月1日の木曜日の放送で、昭和41年の夏になり、『神をつかんだ少年クリフ』は、やっと完成しました。
(パネルを見せる)
誤解のないように言っておきますけども、左側が『神をつかんだ少年クリフ』のポスターです。右側がそのモデルになった『太陽の王子 ホルスの大冒険』なんですけど。まあ、かなり似てます。
この部分に赤い惹き文句があるんです。ちょっとこれ読みにくいんですけども、拡大して読むと「立ち向かえ。クリフよ、君は強い」って書いてあるんですね。
「君は強い」って変なコピーだなと思ったんですけど。『太陽の王子ホルス』は「ホルスは強い、強いんだ」っていう、もっと変なコピーなんですよね(笑)。
「ここまでパロディにしなくてもいいのに!」って。「NHKの美術班、どんだけ遊ぶんだ!?」っていう。遊びすぎですよ。もう本当に色々やってくれてるんですけど(笑)。
「ホルスは強い、強いんだ」っていうのも「そのコピーなんだ!?」って思うんですけど。『クリフ』では、それにピッタリ合わせてきてるというのが面白かったです。
しかし、この『クリフ』という映画は、東洋動画、始まって以来の不入り。まあまあ、お客さんが全然入らなかったわけですね。
「イッキュウさんの初監督漫画映画は大失敗しました」というナレーションを、わざわざウッチャンが読みあげるくらいの不入りでした。
「労働組合の実験作品」だった『ホルス』
【画像】スタジオから 8月2日金曜日の放送は、その不入りのシーンから始まります。「映画が全然ダメでした」と。
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もうね、社長は引退して会長になったから、新しい社長になってます。新しい社長は、スーツを着ているような人なんですけども。
そんな新しい社長から責任を問われるイッキュウさん、つまり、高畑勲は「関わったスタッフ全員の昇給とボーナスを停止します」と言われます。
その上、「以後、映画部長、つまり、映画の起草を決める部長は、本社から出向してくる管理職になるだろう」と言われるんですね。
つまり、これまではアニメーター達が自由に企画を作って「次は演出を誰がやる? 作画監督は誰がやる? どんな話をしようか?」というふうに、全て現場で決めさせてもらっていたけれど、そういう甘っちょろい時代は終わって、いよいよ管理職の人が「こういう作品を作りなさい。このスケジュールで進めなさい」と言う体制になる。
「それはなぜかというと、全て君たちの責任だ」と。「君たちが思う理想の映画を会社は作らせてあげた。その結果を見てごらん? ほら、客が全然入ってない。子供が喜ぶ? ウソつけ! 子供は映画館の中を走り回ってるじゃないか。大人も寝てるじゃないか。こんな映画を作ったからには、もう以後は、こんなことは出来ませんよ?」と。
まさに自業自得というんですかね。だから、イッキュウさんも何も言い返せないわけですね。ここでようやっと、理想の作品を作ることのリスクに、イッキュウさんは気が付きます。
その結果、辞表願いを出して「辞めさせてください」と頭を下げます。
この頭を下げての「辞めさせてください」というのは、もう、映画を見る世代によって、やっぱり反応が違うんですけど。
これを「逃げる」というふうに見る人もいるんですよ。「もうこれでダメだから、逃げるだな」というふうに見てる人もいるんですけど、逆なんですよね。
まず、社長から「関わったスタッフ全員の給料はもうこれ以上は上げないし、ボーナスも停止する」と言われたので、「私が辞めて責任を取りますので、他の人間の処分を軽くしてください」と。例えば、部長だった人を課長にするとか、作画にいた人間をどっかに飛ばすとか、そういう報復的なことはやめて、私1人の首で、みんなへの処罰は勘弁してくださいという、そういうニュアンスがあるんです。
だから、「辞めさせてください」というふうに、頭を下げて管理職にお願いしなきゃいけないんですね。頭を下げてお願いして、自分が辞めることによって、他の人に対する処罰というのを軽くしようとしているわけです。
という、中身の話は、まあまあ、見てりゃわかることなんですけど。
僕が気になったのは、ここにあるキャラクターフィギュアなんですね。「おいおい、ちょっと待てよ!」と。
(パネルを見せる)
ここにちゃんとトラとワニがいるんですよ。「お前らは、たしか『動物三国志』の、関羽と張飛だろ!」と(笑)。
これ、たぶん、ドラマの中ではこれまで出てきたことがなかったんですけど、「『動物三国志』というアニメを作った」という話があったんだから、そのキャラクター人形も、NHKの小道具係の人は作ったんですよ。でも、今まで、本編内で登場させる部分がなかった。なので、せめて「東洋動画のこれまでのNo.1ヒット作」という設定もあるしということで、小道具さんがここに置いたんだと思うんですけど。
いや、なんか、『動物三国志』のキャラクターフィギュアが見れて嬉しかったんですけど。
実は、『なつぞら』の中で東洋動画が作っている長編劇場映画には、全て、それぞれ理由があるわけですね。
最初に『白蛇姫』という中国の昔話のアニメを作るんですけど、これは何のために作っていたかというと、ドラマの中では東洋動画、現実の歴史では東映動画は「東洋のディズニーを目指す」と言ってたんですね。
ディズニーというのは何かというと、「ヨーロッパ原作のおとぎ話を、アメリカでアニメーションにして、もう一度ヨーロッパに輸出する」というビジネスだったんです。当時は、アメリカ国内だけの映画として作っていては儲からないので、あえてヨーロッパに輸出することによって儲けようとしていた。この構造を「ディズニー的」と言ってたんです。
なので、当然、東洋動画も最初は同じようにヨーロッパの童話をアニメーションにして、ヨーロッパに輸出することを考えてたんですけど。しかし、そこはもうディズニーにマーケットを取られちゃっている。
「じゃあ、中国のお話だ!」ということで、自分達でアニメにして、アジア圏に売り出そうとしていた。これが、実際の東映動画の戦略だったんですね。
なので、ヨーロッパ原作では勝てないので、アジア圏のマーケットを狙って『白蛇姫』を作った。
その次の『動物三国志』というのも、同じく、アジアマーケットを狙うための中国原作のアニメです。その後の『アラジン少年とランプの魔人』というのは、中東マーケットを狙ったものだったんですけど。
ここまでやって、東洋動画が徐々にわかってきたのは「国際的な市場で子供向けのアニメーションを作るのは、まだまだ難しい」ということだったんです。
なぜかというと、映画館がすでに完備されていて、子供を映画館に連れて行く文化のあるアメリカやヨーロッパと違って、アジア諸国では、まだまだその段階に達してないからですね。
「なので、今はアニメーションを作る実力を蓄えて、日本国内でのマーケットをもっと開拓しよう」ということで、そこから先の『わんこう浪士』……現実には『わんわん忠臣蔵』や、あとは『真田十勇士』……現実には『少年猿飛佐助』のことですけど。こういうふうに、国際マーケットというのを一時保留し、日本マーケットに集中するためにその時代劇モノを2つ作った。
これが、『なつぞら』の中での東洋動画の全体戦略です。
ここら辺は、もう、ドラマの中では説明してくれてないんですよ。
「はい、アニメファンの皆さんはわかってくださいね?」という感じで、スタッフからサインが出てるんですけども。まあ、難しいですよね(笑)。
今言ったような「アジア圏のための中国原作。それがダメだから日本の時代劇」というような移り変わりの中で、『神をつかんだ少年クリフ』という企画がいかに無茶だったかは、もうおわかりだと思います。
そりゃもう、最初から当たるはずがないんですよね。
「辞表を提出してきた。もう、俺の映画全然ダメだった。当たんなかったよ」と言うイッキュウさんを、なつは喫茶店の中で慰めます。
「大人にも見てもらえたら、大人向けだと宣伝してもらえたら良かったんだけどね」と、ここでなつは言うんです。でも、それに対してイッキュウさんは何も返しません。
なぜかと言うと、イッキュウさんは知ってるからですね。「この映画は大人も見てる」んですよ。
というのは、10歳とか8歳の子供が映画館に来る時に、子供だけで来るなんてことはありえないからです。必ず、子連れで大人も来てるんですよ。
でも、そういった大人達にも、自分の作った作品は全くアピールしなかったわけですね。だって、そんな大人達は映画館の中でグーグー寝てたわけですから。
この「大人も見てるのにダメだった」というのをどう考えるべきかというと、まあまあ、「子供向けだと宣伝されたのが悪い」ということだと思うんですけど。
またさっきの『オネアミスの翼 王立宇宙軍』の時の話になるんですけど。映画というのはね、思った以上に中身で勝負できないんですよ。「観る時の気持ち込みで映画」ってよく言うんですけど、宣伝って、映画の本編と同じくらい大事なんですね。
映画を作ってる最中は「どんな方法であろうと、映画館に呼びさえしたら、中身は観た人が判断してくれる。だから、面白いものを作ればいいんだ!」というふうに、スタッフはついつい考えちゃうし、宣伝の人もそういうふうに説得してくるんですけど、それは絶対に違うんですよ。
「こんな作品ですよ」というふうに、あらかじめ、ちゃんと宣伝しないと、みんなそういう気持ちで観てくれない。そうなると、後の世になって「ものすごく面白い!」と言われるようになる『ホルス』も、公開当時は「本当に面白くない映画」というふうになっちゃうわけですね。
今、ちょっとコメントで流れたんですけど、『この世界の片隅に』もそうなんですよ。
『この世界の片隅に』というのは、ものすごく慎重に、派手な宣伝を一切やってなかったんですね。なぜかと言うと、派手な宣伝をやって、そっち方向で観に行っちゃうと、あの感動がやってこないんですよ。
なので、宣伝というのは本当に映画と同じくらい大事なんです。だからこそ、『かぐや姫の物語』の時に高畑勲は怒ったわけですね。
『かぐや姫』の時、高畑勲は「これは“かぐや姫の物語”なんです。だから、かぐや姫の物語だけを観に来てください」と、すごく抑えた宣伝をするはずだったのに、鈴木敏夫が勝手に「かぐや姫の罪と罰。かぐや姫はなぜ地球に追放されたのか?」という、高畑勲が「それだけはやめてくれ」と言ってた宣伝をやっちゃったわけですね。
結果、映画はヒットしたんですけど。観る人はみんな「かぐや姫の罪と罰ってなんだ?」という目線で観に来てしまった。なので、高畑勲としては、それはもう本当に「生涯、鈴木敏夫を許さない!」と思ったくらい、怒ったそうなんですけど。
それくらい、宣伝というのは大事だったわけですね。
おまけに、歴史的な経緯で話すと、実は『太陽の王子 ホルスの大冒険』も、大人向けの宣伝はちゃんとやってたんですよ。まあ、なんとツラいことに。
というのも、『ホルス』というのは、実質的には東映動画の作品というよりは、東映動画労働組合の作品だったんですね。
実際は、スケジュールにしても予算にしても、会社のトップと交渉した上で、東映の労働組合が決めた予算、労働組合が決めたスケジュールの中でお話を作ったんですよ。
それはなぜかと言うと、当時の東映の労働組合というのは、すごくパワーを持っていたのと同時に「自分達で作品を管理しよう」という企みもあったからなんですね。
「会社と戦って自分達の権利を通す」というだけではなく、それと同じくらい「自分達がちゃんと管理して、面白い作品を作って儲けよう」という意識もちゃんとあったんですよ。
労働組合のみんなが集まる総会の中で「本当に良いものを作ればヒットするはずだ!」という結論を全員が共有していた。そういう意見が大多数だったので、その実験作品として『太陽の王子 ホルス』というのは作られたそうです。
これ、大塚さんの『作画汗まみれ』という本に書いてあって、僕は結構ビックリしたんですけど。
(本を見せる)
労働組合の実験作品として作ったものなので、実は作品の宣伝や動員も、労働組合がいろいろ手を尽くしてくれていた。だから、「これは大人向けの作品だ」ということまで含めて、労働組合の組合員達は宣伝してくれたし、チケットも配ってくれた。
でも、ダメだったわけです。そこまでやっても『ホルス』というのは、ヒットしなかった。
なので、労働組合がそれまで信じていたコンセプト、「本当に良いものを作れば、観客はやってくるんだ」という大前提が崩れてしまって、労働組合は、この後、徐々に力を失っていき、『ホルス』のような作品は二度と作れなくなっていくという、こういう大きい悲劇が待っていたわけです。
でも、『なつぞら』の中では「『クリフ』がダメだったから、長編映画はもう作れない」みたいに描かれてるんですけど。
この『作画汗まみれ』の中で、大塚康生さんは「実際には、東映動画側もオリジナルの長編アニメは『ホルス』が最後だと、最初から言ってた」と証言しているんですね。
「もう、長編作品はできない。以後はマンガ原作のものをやるか、テレビの方に集中する」というふうに、管理部の方は最初から言ってた、と。だから、最初から、俺達は確信犯的に好きなことをやるつもりだった。会社の言うことは聞かずに、自分達が本当に良いと思う作品を、これで長編アニメは打ち切りだから、一生に1回だけ、自分達の好きなものをやってやれというつもりでやった、と。
だから、『なつぞら』のドラマの中で描かれているように、アニメーター達というのは無力で、会社の言いなりになるしかないという存在ではなかったんです。もっとしたたかだったんですよ。
「これで最後なんだったら、予算とか全部取っ払って、自分達の好きなことをやってやれ!」という大実験をやって、その結果、ボロ負けしたという。そういう、アニメーターの方もしたたかだったというところが面白かったですね。
高畑勲の「全編の絵コンテ」という革命と「演出による演技法」とは
あと、これは、『太陽の王子 ホルスの大冒険 絵コンテ集』のあとがきの方に書いてあることなんですけど。
(本を見せる)
この中で「『ホルス』という作品の何が画期的だったか?」ということを話しています。
……あの、たぶんね、これから生涯にわたって、ニコ生岡田斗司夫ゼミで、まるまる1回『ホルスの大冒険』の特集をやることはないと思うので、もう、今のうちに話しておきますけど。
何が画期的だったのかというと、「絵コンテを描いたことだ」というふうに、大塚さんは言ってるんですね。
僕らにしてみれば、アニメを作る前に絵コンテを描くなんて、当たり前だと思うんですけども。実は、アニメの歴史の中で、高畑勲が世界で初めて長編の劇場アニメ1本の絵コンテを描いたそうです。これは、それまでのやり方と違ってたんですね。
それまでのやり方は何かというと、ウォルト・ディズニーであろうとどこであろうと、まず脚本があって、その次に、特に見せ場のシーンだけストーリーボードというのが描かれるんです。
まあ、ストーリーボードの役割というのは、絵コンテとほぼ同じなんですけど。じゃあ、脚本があって、見せ場だけのストーリーボードがあるとどうなるのかというと、「アニメーターは自分が担当している部分のストーリーボードだけを見る」ことになるわけですね。その他の部分は、全部、自分の自由な解釈でやればいいわけです。
そんな中で、演出家というのも、脚本というものをキッチリ守らせればいいだけなわけで、実は、演出家と言っても、あまり監督的な仕事はしていない。だから、アニメーションの世界では「監督」と言わずに「演出」と言うんですね。
それに対して、高畑勲というのは、1本の長編映画の絵コンテを、頭からお尻まで初めて書いた。まあ、実際に作画したのは、表紙にも書いてある通り、大塚康生で、他人に描かせたんですけど。それでも、全部自分のイメージで描かせたんですね。
これは、まさに世界のアニメーションの歴史の中での革命だったんですよ。今では、あまりにも当たり前になり過ぎたから、誰もこれを高畑勲の功績として考えていないんですけど。
この、全てのシーンを自分のイメージ通りの絵コンテにするという高畑勲の作り方は、アニメーターに対して「なぜ、そのカットが必要なのか?」「なぜ、そのカットが前のカットと繋がっているのか?」「このカットでは何を表現しなければいけないのか?」ということを、メチャクチャ考えさせることになったんです。
それまではアニメーターというのは、言っちゃ悪いですけど、極端な話、大喜利だったんですよ。「脚本というお題があって、その中で面白い動きをさせたり、かわいい動きをさせたりする」という。
当時は「串団子形式」って言ってたそうなんですけど。自分の出番になったら、自分の団子をできるだけ面白く作る。次のカットになったら、別のアニメーターが面白いのを作る。こういう面白い団子が串で繋がっているような状態で、アニメーションというのを作っていたわけですね。『わんぱく王子の大蛇退治』も、全部そうやって作ったそうなんですけど。
しかし、『ホルス』では、そういうアニメーター達に勝手に大喜利のように面白く作らせるようなことはさせなかったんです。そうではなく、アニメーター1人1人に徹底的に考えさせて、「このシーンというのは、これが必要だから、こうしなきゃいけない」ということをさせたんです。
そんな、1カット1カット、全部、高畑勲と論争して作っていかなきゃいけないような、とんでもない作り方をしたわけですね。
そのおかげで、以後、アニメーターというのは、ものすごく物を考えるようになった。とにかく、この『ホルス』の前と後では、アニメの作り方が全部変わってしまった。
アニメーター達は、これのおかげで「俺達がやっていることは、こんなことだったのか」というふうに、初めて作品のテーマを理解するようになり、ストーリーを理解するようになり、キャラクターを理解するようになった。
「なのに、これ1作で長編アニメが終わってしまった。俺達の悔しさよ……」というのが書いてあって。
「それはすごいツラいよな」って。だって、天国を見た瞬間に、その天国が失われていく様を見なきゃいけないわけですから。そりゃあツラいですよね。
さっきも言った通り、これは労働組合が作った映画なんですよね。
つまり、労働組合運動によって「みんなが考えて会社の方向を決める」という、自分達の生き方と「みんなが考えたような作品を作る」という、作品の作り方を完全にシンクロさせたアニメーションになったわけですよ。
僕が知っている限り、長いアニメーションの歴史の中で、自分達の生き様と自分達の作品の作り方、そして、その内容までもを全部一致させようとした、そんな気が狂ったアニメは、この世の中に2つしかないんですね。
1つ目が、この『太陽の王子 ホルスの大冒険』です。
そして、2つ目がですね、『オネアミスの翼 王立宇宙軍』です。
歴史上、この2つしかなくて。そして、この2つとも、記録的な不入りというですね……アハハ(笑)。
やっぱり、そうなんですよ。これね、すごく面白くて、一生忘れられなくて、「この映画の作り方しかない!」と思うんですけど。ほぼ100%ヒットしないんですよね。
たぶん、「作っている人間の思いが熱すぎて届かない」というのもあるかとおもうんですけど。
で、どっちにも言えるのが「後の世になってから評価される」んですよね。
だけど、後に評価されたとしても、もうね、監督は全盛期を過ぎてるから(笑)。
だから、『ホルス』が終わった後あたりの、高畑勲。この幻の10年の間に、高畑勲にチャンスを与えていたら、どんなすごい作品が出来たかもわからないし。『オネアミス』の監督の山賀博之にしたって、あの後に、長編映画を2本くらい作らせたら、どこまで行ったかわからなかったんですけども。
まあ、それは言ってもしょうがないことですね。
はい、「両方ともヒットしなかった」という、悲しい事実であります。
このコンテ集の中に書いてあるんですけど、高畑勲のすごさは、演出だけではないんですよね。
例えば、『なつぞら』の中で、たしか『ヘンゼルとグレーテル』の時だったと思うんですけど、「涙を流すシーンで、瞳のハイライトだけを動かすと泣いているように見える」という話がありました。
あれって、実は高畑勲が思いついたことなんですよ。ドラマの中では、なつが思いついたようなことになっているんですけど、これはアニメーターの発想ではないんですね。
高畑勲が「目がウルウルするということを表現したい時には、目の中のハイライトだけを動かせばいいんだ」ということを思いついて、実験してやらせたんです。
高畑勲のすごいところというのは、リミテッドアニメという制限の中での演技法まで次々と発明して、アニメーターに提案して「それはダメだよ」と言われながらも、「実際にやってみたらできた!」と感づかせることなんです。
絵を描かないくせに、そこまでしてたというのが、高畑勲のすごいところなんですけど。
もう1つ、高畑が作り上げたアニメーションならではの演技法というのを、ドラマの1シーンを例に取って説明したいと思います。
『なつぞら』の中で、イッキュウさんは主人公のなつにプロポーズしたんですけど、映画がダメだったので、「もう結婚はできません。あなたのことは諦めます」と言い出すんですね。
その結果、なつから「そんなことを言うヤツは、私も好きじゃありません。顔も見たくない!」と言われて、フラれるわけなんですけど。次の日、もう一度、なつに謝りに行って、プロポーズするんです。
そのプロポーズのシーンです。
(パネルを見せる)
なつは、最初、イッキュウさんが言う謝りの言葉を全然聞こうとしないんですね。思い切り怒ってるんですけど。しかし、イッキュウさんが真剣に話しかけると、段々と心を開いていく。
このシーン、わかりやすくするために、上から1フレームずつ見て行きましょう。
一番最初、なつは相手を許していないんですね。だから、相手の方を真っ直ぐ見て、口を閉じてる。この口が閉じて、相手を真っ直ぐ見ていることによって、「あなたの言うことは聞いてあげますけど、私はあなたを許すつもりがありません」という、彼女の決意がわかります。
ところが、この2つ目のフレームでは、イッキュウさんの言っていることに、心が僅かに動かされたんです。なので、その瞬間、この口元だけが、ほんのちょっとだけ開くんですね。
さらに、イッキュウさんの言葉をずーっと聞いていると、心を動かされ、目線がほんの少し下にさがって、口が開いて歯が見えるんです。
この3つのフレームを見てください。ものすごく説得されて、一番最初は心を許してないので、口を食いしばってる。しかし、次に口だけが先に開く。最後に目線が下り、口がちょっと開いて歯が見えてしまう。これが「心を開く」という演技なんですね。
この「心を開く」という演技は、どこで出てきたのかというと、これなんですよ。
(パネルを見せる)
ヒルダのモンタージュ技法。さっきも話した「目は怒ってるんだけども、口だけは笑っている」という技法。これをやると、その人物の心が、打ち解けているように見えるんですね。
実際には、このヒルダは、後ろにいる雪狼に襲われていて、それどころの状況じゃないんですけど。
ヒルダというのは、それまで、他人に決して心を許さなかった少女なので、主人公のホルスと話している時も、子供と話している時も、村人と話している時も、自分が喋っていない時はずーと口を閉じていたんです。それはもう、『太陽の王子 ホルス』の1カット目からずーっと守ってるルールなんですよ。
ヒルダは口を中途半端に開けない。そうじゃなくて、口を真一文字に結んでいるから、目は笑っていても、ちょっと不思議な印象がある。
ところが、この小さい子供に自分のお守りをわたして見送るシーンでだけは、口を僅かに開けてる。なので、急に「心を許している、心を開いている」という印象になるんですね。
これが、高畑勲が作り上げた「演出による演技法」というんですかね? 本来だったら、悲しい顔というのを描かせたり、怒った顔というのを描かせるんですけど、そうじゃない。「目だけは怒って、口は悲しんでくれ」みたいな指定をすることで、完璧にキャラクターを作り上げ、結果、試写会場でそれを観た宮崎駿に「背筋が凍るくらいの衝撃を受けた」と言わしめたわけですね。
このアニメ内でのヒルダの演技と、本編内のなつの演技を、ちゃんとシンクロさせたNHKの『なつぞら』は、すごいなというふうに思いました。
これって、普通のドラマでやっちゃえば、わりとありきたりの演技なんですけど、これを見せる回で、アニメの方の演技も両方やるというところが、ちょっとすごいと思います。
さて、イッキュウさんのプロポーズは、この説得によって見事成功して、土曜日に放送されたエピソードのラストでは、ついに十勝の柴田農場に「娘さんをください」とご挨拶に向かうところまで進みました。
おそらく、ここでイッキュウさんは、泰樹じいちゃんから猛烈頑固な反対に遭うはずです。ますます『ハイジ』のアルムおんじの可能性が高くなってくるわけですね。
イッキュウさんは、これで東洋動画を退職するんですね。
実際の歴史では、高畑勲は宮崎駿を誘って新しいアニメスタジオに就職することになります。
しかし、大塚康生も、なつのモデルになった奥山玲子も、東洋動画を辞めないんですよね。それから先、どんどんテレビマンガの仕事が増えてきて「いやあ、なんかもう1回、長編アニメを作りたいんだけどな。長編でなくてもいいから、マンガ原作以外のものもやりたいな」と思うようになるんです。
もうね、この当時の東映動画は、どんどんマンガ原作モノに走って行くんですよね。
なので、ドラマ『なつぞら』でも、そんなふうに「オリジナルものがやりたいな」と思った結果、8月の後半あたりから『アルプスの少女ハイジ』をモデルにした作品を作ることになるんじゃないかと思います。
実際には、スイスにロケハンに行ったんですけど、みんなで十勝にロケハンに行って。それが『なつぞら』のオープニングアニメに繋がるわけですね。
前回は『スイスの少女サマー』と言ったんですけど、まあ、これで十勝が舞台となるのは確実で。
よくよく考えたら、オープニングのアニメーションって、リスとかキツネとかが出てくるから、あれはスイスじゃないんですよね。そういう動物が使われるんだったら、やっぱり「十勝の少女」、もしくは「北海道の少女」にするしかないと思うんですけど。
「そうやって繋がるに違いない」と、僕は思っています。
『なつぞら』のオープニングアニメは、実はなつが最後に作ることになるアニメーション、『十勝の少女サマー』のアニメで、最後はそこで繫がるのではないか?
……と、前回も言った通り、あくまでも岡田斗司夫の妄想を、お伝えしました。
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