岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/08/21

 今日は、2019/08/04配信の岡田斗司夫ゼミ「『なつぞら』特集と、『天気の子』『トイストーリー4』ネタバレ解説、ちょっと怖い“禁断の科学”の話」からハイライトをお届けします。


 7月31日水曜日、ついに『太陽の王子ホルス』は始動します。
 ドラマ内では『神をつかんだ少年クリフ』というタイトルになっています。よくわからないタイトルですよね。
 なぜ「神をつかんだ」なのかというと。これって、わりと良い意味のように聞こえるんですけど、この「神」というのは、どうも死神らしくて。
 だからといって「死神をつかんだ少年」というのが、どういう意味なのかも、よくわかりにくいんですけど。
 制作のスケジュールは遅れに遅れて、夏になっても、ドラマの中の一番の悪役であり、おまけにヒロインになるはずのキアラという女の子のキャラクターデザインが決まらないんですね。
 なつも、キアラのデザイン案をいっぱい描くんですけど、全然決まらない。
 これも、歴史通りです。『太陽の王子ホルス』でも、主人公なつのモデルになった奥山玲子や、宮崎駿、あとはまゆゆのモデルになった大田朱美まで、みんなでヒルダを描いたんだけど、この全員がボツをくらったんですね。
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nico_190804_01159.jpg【画像】ヒルダ案1

 例えば、奥山玲子なんて、上手いんですよ。この2つのヒルダが、奥山玲子が描いたバージョンなんですけど。「悲しみをたたえた感じ」というのが十分出てると思うんですけど、高畑勲にとっては、これでもダメ。

nico_190804_01231.jpg【画像】ヒルダ案2

 宮崎駿なんて、もう、いろんなパターン描いてるんですけど、全てダメなんですね。
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nico_190804_01306.jpg【画像】ヒルダ案3

 これ、もう全部、宮崎駿のデザインなんですけど。宮崎駿ね、実はこういうムック本(『ジブリ・ロマンアルバム 太陽の王子 ホルスの大冒険』徳間書店)で、3ページ以上、宮崎駿のデザインだけが載ってるページがあるくらい描いてるから、「どんだけ描いてんだ?」って思うんですけど(笑)。
 この鼻筋がスラッと通っているのは、ロシアのアニメーションの『雪の女王』の影響だと思います。そういう人形劇っぽいようなキャラクターも描いてるんですけど、これまたボツをくらいました。
 ここに「(大田朱美)」って書いてありますよね? この大田朱美というのがドラマでまゆゆが演じている、後に宮崎駿の嫁さんになる人のデザインです。やっぱり、絵が上手いんですよ。しかし、やっぱりこれも全部ボツをくらってしまうんですね。
 この大田朱美版にしても、奥山玲子版にしても、ちゃんと悲しみの表現はできていると思うんですけど、それでもダメと言われるんですね。十分に素晴らしいんですけど、高畑勲はOKを出さなかった。
 スケジュールは遅れに遅れて、ついに仲さん、森康二が心配して、声を掛けるんだけど。
 それに対して「仲さんのアニメーションは古い。かわいい動物が出てくるだけの古臭いアニメーションだ」と思っている高畑勲は「仲さんは口を出さないでください。自分達の好きにさせてください。責任は僕が取ります」と、後の伏線になるようなセリフを言っちゃうんですね。

 しかし、結局、キアラというキャラクターデザインの決定版を出したのは、ドラマ内ではイッキュウさんと呼ばれている演出家・高畑勲が「古い」とか「あの人の言う通りにしていたら、新しいものが出来ない」と言い捨てていた仲さんのデザインでした。
 これは、やっぱり、あまりにも面白い展開だったので、毎日新聞のネット版にも記事になって載っていたんですよね。
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nico_190804_01427.jpg【画像】毎日新聞

仲の描いた「キアラ」は小田部羊一さん作だった。「当初のような絵は描けない」も…いきさつは?


 ということで、もう、ニュースにまでなってるんですけど。
 ちなみに、この回は、ちゃんと『なつぞら』のオープニングでも、「イラスト制作:小田部羊一」というクレジットが、わざわざこのためだけに出ているんですね。
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nico_190804_01440.jpg【画像】クレジット ©NHK

 ドラマ内でのデザイン原稿は、アニメーション時代考証を担当している小田部羊一さんが描いたんですけど。
 それくらい、このキアラ、現実の『ホルス』の中ではヒルダというキャラクターはすごかったんですね。
 では、「どんなにすごかったのか?」というと、こんな証言が残っています。

「東京アニメーション同好会」(アニドウ)主宰 なみきたかし


『太陽の王子 ホルスの大冒険』を公開時に観た僕の世代は、みんなヒルダにイカレてしまった。
それは、かわいいとか萌えとかいうものとは断じて違う。二次元の作られたものではなく、考えて行動する、そして主張を持った1人の人間を感じて、忘れられない実在の人物となったものなのだ。


宮崎駿


僕らが想像もしていなかったものを、高畑勲はやろうとしていて、それに応えたのは、森康二(さん)しかいなかったんですね。ヒルダが(雪狼に襲われるシーンで)フレップという子供と熊を自分の首飾りを与えて逃して見送る姿を見た時は、凍りつきましたからね。
こんな映画を作っていたんだと。初めて観たって感じでね。ショックでした。


 これが、実際の『太陽の王子 ホルスの大冒険』のヒルダです。
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nico_190804_01853.jpg【画像】ヒルダ ©東映アニメーション

 自分が持っている、魔除けの首飾りを、子供と小さい動物に与えて、自分のもとに氷の狼がこれから襲い掛かろうとしているにも関わらず、子供が飛んで行く後ろ姿を見守っている。
 「この時のヒルダの表情というのは、もう森康二しか描けなかった」というふうに宮崎駿は言ってるんですけども。
 同時に「こういうキャラクターというものを、アニメーションで描けるんだ! こういう見せ方ができるんだ!」ということに、すごいショックを受けたそうです。
 このヒルダの描き方は、全て実験だったそうです。
 例えば「虚ろな目」。アニメーションとか漫画でよくやるんですけど、何か気持ちが入っていない、虚ろな目を表現する時、目を中央より広げて描く。
 逆に言えば、意思の強いキャラを描く時は、目を中央に寄せて描く。

「黒目だけ?」(コメント)

 違います。「眼球の位置自体を」なんですよ。
 眼球の位置自体を外側に広げて描くと、何かこう、ボンヤリした、虚ろな目になるんですね。反対に、眼球の位置を、やや中心に寄せて描くと、強いキャラになる。
 こういうのは、この頃の実験で確かめられたんですね。森康二と高畑勲が何回も何回も話し合って、情報を交換して、実験して実験して、徐々に徐々に確かめていったことなんです。

 次に、このヒルダの「顔の上半分だけを見ると目は何も語っていないけど、下半分だけを見ると口元が笑っている」という表情。
 これも、それまでのアニメーションの表現では絶対にやってなかったことなんですね。
 これは、一度、テレビアニメなどをやって、リミテッドアニメと呼ばれる「顔の輪郭とか目とか口とかをバラバラに描く」というところから、逆説的に発見した方法なんですね。
 つまり、目の表情と口の表情をあえて別の表現で描く。「目は怒っていても、口は笑っている」とか、そういうことをやることによって、なんとも言いようのない、不思議な表情が作れるということを、高畑勲は発見していたんです。
 そして、それをこのヒルダの中で積極的に応用していった。そうやって完成形に近づけていったわけですね。

 これは高畑勲本人の証言です。


吹雪のシーンの森さんの作画について、ぼくは別のところに書いたのでもう繰り返す事はしないが、そのパトスの表現はまさに鬼気迫るものがあったと自分の作品であっても恥ずかし気もなく断言したい。
森さんの描くヒルダは他の誰のともちがっていた。森さんのヒルダだけが本当のヒルダだった。
前にも書いたが、首つきからしてちがっていた。森さんからのおそろしいばかりのエネルギーを全身にみなぎらせていた。


 この、首のつく位置から何から全部違ったので、高畑勲にとっては、宮崎が描こうが大塚康生が描こうが、他の誰が描こうが、それはもう、ヒルダではなかったというわけですね。

 しかし、こういうのって『太陽の王子 ホルスの大冒険』がちゃんと完成したから言えることなんですよね。
 このドラマの中でも描かれているんですけど、普通、演出家が「僕の頭の中にあるヒルダは、もっと別のものだ! もっとすごいヒルダが歩いているはずなんです!」と言ってデザインをボツにしたら、アニメーターは怒るに決まってるんですよね。

 「演出の頭の中を覗いて描けと言うのか!?」と。これ、よくアニメーターと演出家の間で言い合いになる問題で。
 例えば、これは僕が実際に目にしたことなんですけど、『オネアミスの翼 王立宇宙軍』というアニメを作っている時に、主人公のシロツグ・ラーダットというキャラクターのデザインが、本当になかなか決まらなかったんですね。
 主役のデザインが決まらないと、他の脇役のキャラクターたちを先に進められないんですよ。脇役を先に進めちゃうと、主役で使いそうなパーツを使うかもわからないから。
 なので、まず、主役のデザインを決めて、それに対して太ってるとか痩せてるとか、顎が張ってる、イケメンみたいに、他のキャラクターというのを決めるから、まず、主役を決めなきゃいけない。
 つまり、『なつぞら』と全く同じ状況だったんですよ。
 山賀博之というのは、絵が描けない監督であって、貞本義行はものすごく絵が上手い。その貞本義行に対して、いろんな主人公のキャラクター案を伝えるんですけど、それは全て口の説明でしかできないわけですよね。
 山賀も「そうではなくて、もっと力強く! ……いや、力強くといっても、やっぱり所詮は現代っ子だから、そんなにイケイケのキャラクターではなくて!」ということを、いっぱい、いっぱい説明するんですよ。
 それに対して貞本は、描いて見せるしかないんです。で、1回目、2回目、3回目までは、まあ、黙って描くんですけど、4回目、5回目くらいになってきたら、本人としてはこれしかないというデザインを毎回描いてるわけだから、「そんなことを言うんだったら、あなたが描いてくださいよ!」と。
 その結果、「いや、俺は描けないから!」という言い合いになるわけです。
 さて、そんな無限に意味のない言い合いをしている中で、ある時、山賀監督が、急に貞本義行にOKを出したんですよ。「あっ! これです、これです! これでお願いします!」と。まあまあ、無事に済んだんですけど。
 その日の夜、みんなが帰った後で、僕と貞本と、あと何人かだけが残っていた時に、貞本が「岡田さん、気が付きましたか?」って言うんです。
 「何?」と聞き返すと、貞本義行は「あれ、山賀さんに似せて描いたんですよ。何回も何回もやり直させられててわかったんですけど、結局、あれは自分を描いてほしかったんですよね。だから、山賀さんの顔の中のパーツをいくつか入れてみたら、1発でOKが出ました。やっぱりって思いました」と。
 こんなふうに、演出家が「俺の中にはイメージがあるんだ!」と言う時というのは、実は、具体的な絵がある場合が多いんですよ。
 でも、それをそのまま描いて欲しいわけじゃなくて、それを超えるものを描いて欲しいんですね。
 貞本は、意地悪にも、山賀に気付かれないように、山賀と同じ顔を描いたんですよね。その結果、山賀が1発でOKを出したので、周りにいる飯田君とか、いろんなアニメーターがニヤニヤしながら「ああ、やっぱりそうだった」なんて思うという、そういう話があったんですけど(笑)。
 だから、たぶん、このドラマの中でも、イッキュウさんには自分の中にイメージがあったんですよ。
 それは、子供の頃に初めて好きになった女の子かもわからない。そういったイメージはあるんだけど。
 でも、それをそのまま描いてほしいわけじゃないんですね。その子の写真を持ってきて「こういうふうに描いてくれ」と言うんではなくて、「それを超える何かを描いてほしい」と思っていたんだと思います。
 このヒルダ、というか、キアラのキャラクターを決める下りは、あまりにリアルで、ちょっとビックリしました。

 あとは「カット割りでアクションをごまかさない」という話があって、これにも僕はビックリしたんですけども。
 これは、『クリフ』の作画に入ってからのシーンなんですけど。
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nico_190804_02249.jpg【画像】絵コンテ ©NHK

 クリフの絵コンテがあって、その上に、この絵コンテを元に大塚康生が描いた原画が乗っている。
 これは「この原画ではダメだ」って言ってるシーンなんですね。

 では、何がダメなのかと言うと。わかりやすく、絵コンテの部分をアップにしたものを作ってみました。
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nico_190804_02308.jpg【画像】絵コンテアップ ©NHK

 もう本当に、NHKのドラマに映っていたものを拡大しただけなので、ちょっと見にくいかもわからないんですけど。これ、わかりますか?
 絵コンテ上で「カット220」「221」「222」と、1コマずつ続いていた後で「カット223」だけが、ザーッと4コマも続いているんですね。
 これ、どういう意味かというと、「この第223カットは、延々と長いカットだ」ということなんですね。主人公のクリフが剣を振りかぶって悪魔と戦うシーンなんですけど、その周りをカメラがずーっと回り込んでいるんですよ。
 コンテに書かれた指示をよく見てみると「送り込みフォロー」って書いてあるんですよ。つまり、正面から剣を振り下ろすクリフに対して、最初は正面にあったカメラが、クリフの後ろに回り込む。そうやって悪魔と剣を戦わせている様子を丸々1カット描け」ということなんですね。
 ところが、それをすると作画的にあまりにも大変だから、ついつい大塚康生は、カットを勝手に割って、クリフのクローズアップで、ちょっと逃げようとしたんですね。
 これは見せ場なんですけど、確かに1カットで描くと緊張感が出るし、大人は「おっ!」と思うですけど、子供は、ロングショットでの戦いになってしまうので、退屈しちゃうんですよ。子供としては、やっぱり顔のクローズアップがあって、表情が見えた方が安心するんですね。
 だから、今、『太陽の王子 ホルスの大冒険』をBlu-rayなんかで僕らが見た場合、40、50を過ぎてから見ると、あまりにもすごくてビックリするんですけど。子供の頃に見た時は……僕は中学生の時に見たんですけども、確かに面白くなかったんです。小学生、中学生くらいには、よく動きというのがわからないから、「なんか、退屈で説教くせえ話だな」と思ってたんですけど。
 今、見るともう本当にビックリするくらいすごいアニメなんですけどね。確かに、こういうカットを割るということをやってないがゆえの迫力というのは、存分に出ているアニメです。

 さて、8月1日の木曜日の放送で、昭和41年の夏になり、『神をつかんだ少年クリフ』は、やっと完成しました。
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nico_190804_02544.jpg【画像】クリフポスター

 誤解のないように言っておきますけども、左側が『神をつかんだ少年クリフ』のポスターです。右側がそのモデルになった『太陽の王子 ホルスの大冒険』なんですけど。まあ、かなり似てます。
 この部分に赤い惹き文句があるんです。ちょっとこれ読みにくいんですけども、拡大して読むと「立ち向かえ。クリフよ、君は強い」って書いてあるんですね。
 「君は強い」って変なコピーだなと思ったんですけど。『太陽の王子ホルス』は「ホルスは強い、強いんだ」っていう、もっと変なコピーなんですよね(笑)。
 「ここまでパロディにしなくてもいいのに!」って。「NHKの美術班、どんだけ遊ぶんだ!?」っていう。遊びすぎですよ。もう本当に色々やってくれてるんですけど(笑)。
 「ホルスは強い、強いんだ」っていうのも「そのコピーなんだ!?」って思うんですけど。『クリフ』では、それにピッタリ合わせてきてるというのが面白かったです。
 しかし、この『クリフ』という映画は、東洋動画、始まって以来の不入り。まあまあ、お客さんが全然入らなかったわけですね。
 「イッキュウさんの初監督漫画映画は大失敗しました」というナレーションを、わざわざウッチャンが読みあげるくらいの不入りでした。


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