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「【『風立ちぬ』完全解説 6 】 悪魔との取引」
でも、二郎は見舞いに来ないんですよね。それは、ついに新型機 “九試単戦” という飛行機の設計が始まっちゃったからです。
お見舞いに行く時間がないんですね。
しかし、「時間がない」と言いながら、二郎は毎晩、仲間たちや工員たちと次の飛行機の議論に熱中するという。
まあ、それは楽しいからというよりは、一緒に飛行機を作っていくために盛り上げなきゃいけないという、仕事上の使命感もあったんですけども。
でも、やっぱり菜穂子のサナトリウムに行ってあげたりはしません。
手紙を読んでいると “風花” が飛んで来ます。
これは何かというと「もうすぐここにも雪が降りますよ」という前兆なんですね。
この瞬間、菜穂子の心の中にカウントダウンが聞こえ始めるんです。
「おそらく、もうすぐ雪が降る。雪が降ったらこのサナトリウムは孤立する。私も外に出れないし、二郎さんが私にお見舞いに来ようと思っても、雪に閉ざされて来れない。私はたぶん、来年の春まで生きられない。ということは、初雪が降り積もって閉じ込められる前にここから出ないと、私はあの人に会えないまま死んでしまうことになる」と。
風花を見た瞬間に、菜穂子にこういったカウントダウンというのが聞こえてしまうんですね。
まあ「このままずっとサナトリウムで待ったまま、二郎に会えずに死ぬよりは、ひと目見てから死のう」と思いました。
「背中の作画で何が通じるのか?」といったら、やっぱり、宮崎駿の中では何かあるんですよね。
なので「こんな背中だったら何も通じない」と言って、自分でガンガン描き直していたんですけど。
でも、菜穂子にひと目会った瞬間、もう二郎は、彼女を戻すことを考えなくなってしまいます。
「帰らないで」というセリフを言うんです。
菜穂子は、物分り良く「ひと目会ったら帰ろうと思ってました」と言うんですけども、それに対して二郎は、「帰らないで」と言うんです。
すると、コンテに「二郎の言葉は望んでいたが、予想していなかった。驚き見上げる」とある通り、菜穂子の顔に歓喜が湧き上がる。
「ここで一緒に暮らそう」と二郎に言われて、その言葉は、望んでいたけども予想していなかったので、顔いっぱいに喜びが浮かび上がると書いてあります。
だって、結核というのは、当時は「感染るし、死亡率も高い」と思われていたからです。
でも、この「治せ」というのは、菜穂子にとって「生きるな」と言われているのと同じなんですよ。
「狭くて寂しい場所に閉じ込められて、誰にも会えない」ということだから。
だから、治せと言ってくれる人は、自分のことを大事にしてくれる、愛してくれるんだけど、わかってくれてない。
しかし、堀越二郎という自分の好きな人は、初めて自分に「もう治さなくてもいい。結核が感染ってもいいから一緒に死のう」と言ってくれたんですね。
一緒に死ぬはずだった女に先立たれて、その後、恥多き人生を送った飛行機の設計者の、理解と共感の話なんですよ。
初夜、菜穂子は二郎に「来て」と言います。二郎は「だけど、お前……」と言うんですけども。
その二郎の声を遮って、菜穂子は布団をめくり上げて、もう一度「来て」って言うんですね。
この「来て」と2回言うシーンというのは、ラストの伏線です。
後半でラストのことを言いますから、ちょっと覚えておいてください。
しかし、そうやって結ばれた2人なんですけども、二郎は毎日、家へ帰るのが遅い。
ついには、仕事を持ち帰るようになってしまいます。
これまでの二郎というのは、結構、仕事が忙しくても、家にまで持ち帰るシーンというのはないんですよね。
つまり、仕事を続けながら、菜穂子と一緒の時間を作るためには、もう仕事を持ち帰るしかないんですよ。
菜穂子の布団の隣で仕事をしている二郎は、「手をください」と言われて、左手を渡して、右手だけで計算尺を操ります。
二郎は「上手くいきそうだよ。5匁(20グラム)くらい軽くなりそうだ」というふうに、嬉しそうに菜穂子に言うんですけど。
僕も昔、最初にこれを見た時には「こいつ、本当に自分勝手なヤツだな。結局、タバコを吸いながら、この女の寿命を縮めてるじゃないか」と思ってたんですけど。
その見方ではいけなかったんですね。
ここ、「タバコ吸いたい。手を離しちゃダメ?」と二郎が言うと、菜穂子が珍しく「ダメ」と一言、断言するんですね。
菜穂子というのは、こんなふうに二郎のやりたいことを否定しない女なんですけど、ここでは「ダメ」と言う。
なので、二郎は仕方なく隣でタバコを吸う。
二郎にとって「タバコを吸いたい、タバコを吸う」というのは「仕事がうまくいっている」という証拠なんですよ。
仕事が上手く行ってる時には、脳が活性化してきて、タバコが吸いたくなるんですから。
仕事が進んじゃってるからタバコが吸いたくなるんですね。
菜穂子は誰かの世話になって生きていきたい女じゃないんですよ。
「二郎が帰ってきたら、自分で世話をしたいし、尽くしたい」と思っているような人なんですね。
なので、サナトリウムから街に下りてきて、自分の命を二郎に役立てることにした。
つまり、これってある種『夕鶴』の構造になっているんですよね。
「見てはいけません」と言いながら鶴が機を織るんだけど、それは自分の羽を抜いて機を織っていた。
自分の命を織っていたのでしたという、この民話的な構造になっている。
だから、菜穂子は手を離すことを許さない。
なぜかというと「自分の命が未来のゼロ戦を作っている」ということに、なんとなく感づいているからですね。
だって、それ以外にどうやって、菜穂子が、この身勝手で飛行機しか好きでない男の人生に関われるというのか。
それを示すかのように、「菜穂子がいたから出来たんだ」というセリフもあるんですよ。
僕は最初に見た時に、これを単なる感謝を伝える言葉、「お前がいてくれてよかったよ」と言ってるものだと思ったんですけども。
でも、これって “ダークファンタジー” なんですよね。
魔界モノというか。
「自分の命をこの人の身体の中に流すことで、2人の結晶である飛行機というものに行きついていく。ただ、その飛行機というのが、結果的に日本を滅ぼすことになっていく」という、すごい構造の映画になっているんです。
何がしたいのかは、全部、自分で考えて決める。
そういう主体的なキャラクターなんですよ。
そんな主体的な人が選んだことが「飛行機が完成するまで隣りにいて、この人に力を与え、そしてそれが終わったら、もう自分にはやることがないから、帰る」ということだったんですね。
菜穂子っていうのは「好きだから一緒にいたい」ではなく、「この男の役に立ちたいから一緒にいたい」という、すごく主体的な強いキャラとして、宮崎キャラのヒロインに相応しい性格というか、根性をしているわけですね。
だから、これは、高畑勲が『ぽんぽこ』で語った「もうファンタジーはいらない」というテーゼに対する反論、アンチテーゼです。
だからこそ、ダークファンタジーとして描いてるんですね。
「現実こそファンタジーなんだ」と。「貧乏な国が飛行機を持ちたがるという夢を持ち、1人の女がその犠牲になることで、夫を成功させる。これがファンタジーでなくて、何だというのか!?」と。
この宮崎駿の高畑勲に対する反論が、なかなかすごいんですけども。
二郎は、関東大震災の時に会ったお絹のことを、2年経っても覚えていたんですね。
それはお絹が綺麗だからです。
でも、自分のことを二郎は覚えてくれなかった。
「それは、自分があの時、綺麗でなかったからだ」と。
「じゃあ、綺麗だと言ってもらえる今の私が、二郎さんの前から消えたら、お絹のように覚えていてくれるだろうか?」というふうに考えたから、サナトリウムに帰って行ったわけですね。
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いかがでしたか?
「え?!それってどういうこと?」「そこのところ、もっと詳しく知りたい!」という人は、どんどん、質問してみて下さい。
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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/05/04
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今回は、ニコ生ゼミ04月21日(#278)から、ハイライトをお届けいたします。
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「【『風立ちぬ』完全解説 6 】 悪魔との取引」
二郎と菜穂子は、その後、付き合い始めるんですけど、菜穂子の結核は悪化します。
そして、ついに菜穂子は高原のサナトリウムというところに、自分から閉じ込められに行くことになります。
そして、ついに菜穂子は高原のサナトリウムというところに、自分から閉じ込められに行くことになります。
でも、二郎は見舞いに来ないんですよね。それは、ついに新型機 “九試単戦” という飛行機の設計が始まっちゃったからです。
お見舞いに行く時間がないんですね。
しかし、「時間がない」と言いながら、二郎は毎晩、仲間たちや工員たちと次の飛行機の議論に熱中するという。
まあ、それは楽しいからというよりは、一緒に飛行機を作っていくために盛り上げなきゃいけないという、仕事上の使命感もあったんですけども。
でも、やっぱり菜穂子のサナトリウムに行ってあげたりはしません。
何年か前の時にも話したんですけど、二郎は菜穂子に手紙を送るんですけども、最初の2行にだけ「身体の具合はどうですか?」と書いてあるものの、あとは自分の仕事のことしか書いてないんですね。
菜穂子は、そんな手紙を、結核のサナトリウムの病院で「つまんない」と思いながら読んでいる。
宮崎駿の原作漫画の方にはハッキリと「つまんない」って書いてあるんですけども。
宮崎駿の原作漫画の方にはハッキリと「つまんない」って書いてあるんですけども。
手紙を読んでいると “風花” が飛んで来ます。
風花というのは何かというと、まだ雪の季節じゃないんだけど、山の天辺に積もった雪が風で吹き飛ばされて飛んでくる。
そういうものを風花と言います。
そういうものを風花と言います。
これは何かというと「もうすぐここにも雪が降りますよ」という前兆なんですね。
この瞬間、菜穂子の心の中にカウントダウンが聞こえ始めるんです。
「おそらく、もうすぐ雪が降る。雪が降ったらこのサナトリウムは孤立する。私も外に出れないし、二郎さんが私にお見舞いに来ようと思っても、雪に閉ざされて来れない。私はたぶん、来年の春まで生きられない。ということは、初雪が降り積もって閉じ込められる前にここから出ないと、私はあの人に会えないまま死んでしまうことになる」と。
風花を見た瞬間に、菜穂子にこういったカウントダウンというのが聞こえてしまうんですね。
だから、菜穂子はサナトリウムからすぐに逃げ出します。
菜穂子が逃げ出した翌日の朝、雪がうっすら積もり出したから、本当にギリギリだったんですけども。
まあ「このままずっとサナトリウムで待ったまま、二郎に会えずに死ぬよりは、ひと目見てから死のう」と思いました。
・・・
菜穂子の実家からですね、「サナトリウムを抜け出しました」と連絡を受けた二郎も、駅に急ぎます。
この駅での再会シーンについても、NHKの『「風立ちぬ」の1000日の記録』というドキュメンタリーの中で、宮崎駿がすごく苦しんでコンテを描いている様子が収録されています。
他の人、自分の手下が描いた原画に対して、もうメチャクチャに悪口を言いながら直しているんですね。
菜穂子を待つ二郎の背中のカットを見て、「なんて背中だ! こんな背中だったら何も通じないよ!」とか言うんですけど。
菜穂子を待つ二郎の背中のカットを見て、「なんて背中だ! こんな背中だったら何も通じないよ!」とか言うんですけど。
「背中の作画で何が通じるのか?」といったら、やっぱり、宮崎駿の中では何かあるんですよね。
なので「こんな背中だったら何も通じない」と言って、自分でガンガン描き直していたんですけど。
結局、2人は駅で再会できます。
それまで二郎は、当たり前ですけど、サナトリウムを抜け出して来た菜穂子に対して「一緒に帰ろう。ちゃんと治そう」と励ますことを考えてたんですね。
でも、菜穂子にひと目会った瞬間、もう二郎は、彼女を戻すことを考えなくなってしまいます。
「帰らないで」というセリフを言うんです。
菜穂子は、物分り良く「ひと目会ったら帰ろうと思ってました」と言うんですけども、それに対して二郎は、「帰らないで」と言うんです。
すると、コンテに「二郎の言葉は望んでいたが、予想していなかった。驚き見上げる」とある通り、菜穂子の顔に歓喜が湧き上がる。
「ここで一緒に暮らそう」と二郎に言われて、その言葉は、望んでいたけども予想していなかったので、顔いっぱいに喜びが浮かび上がると書いてあります。
なぜ、それが嬉しかったのかというと。
これまで、菜穂子の周りの人は、みんな菜穂子を大事にしているので、「治せ」と言ったんですね。
「もっと生きろ。治せ」と言っていた。
これまで、菜穂子の周りの人は、みんな菜穂子を大事にしているので、「治せ」と言ったんですね。
「もっと生きろ。治せ」と言っていた。
だって、結核というのは、当時は「感染るし、死亡率も高い」と思われていたからです。
でも、この「治せ」というのは、菜穂子にとって「生きるな」と言われているのと同じなんですよ。
「狭くて寂しい場所に閉じ込められて、誰にも会えない」ということだから。
だから、治せと言ってくれる人は、自分のことを大事にしてくれる、愛してくれるんだけど、わかってくれてない。
しかし、堀越二郎という自分の好きな人は、初めて自分に「もう治さなくてもいい。結核が感染ってもいいから一緒に死のう」と言ってくれたんですね。
つまり、この作品、『風立ちぬ』というのは、宮崎駿にとって、太宰治の『人間失格』なんですよ。
心中モノの一種として、「でも自分は一緒に死ねなかった」という、恥多い人生の男の話なんですね。
女だけが先に死んじゃって、2人とも別に自殺するつもりではないんだけども、結果的にそういうふうになってしまったという。
こういう構造で出来てるんですね。
女だけが先に死んじゃって、2人とも別に自殺するつもりではないんだけども、結果的にそういうふうになってしまったという。
こういう構造で出来てるんですね。
一緒に死ぬはずだった女に先立たれて、その後、恥多き人生を送った飛行機の設計者の、理解と共感の話なんですよ。
・・・
そういう人間に対する、ある種の心中モノだとおさえていると、この後のタバコのシーンというのも理解できるんです。
そのまま黒川の家に転がり込んできた2人は、その夜の内に祝言をあげます。
初夜、菜穂子は二郎に「来て」と言います。二郎は「だけど、お前……」と言うんですけども。
その二郎の声を遮って、菜穂子は布団をめくり上げて、もう一度「来て」って言うんですね。
この「来て」と2回言うシーンというのは、ラストの伏線です。
後半でラストのことを言いますから、ちょっと覚えておいてください。
しかし、そうやって結ばれた2人なんですけども、二郎は毎日、家へ帰るのが遅い。
ついには、仕事を持ち帰るようになってしまいます。
これまでの二郎というのは、結構、仕事が忙しくても、家にまで持ち帰るシーンというのはないんですよね。
つまり、仕事を続けながら、菜穂子と一緒の時間を作るためには、もう仕事を持ち帰るしかないんですよ。
菜穂子の布団の隣で仕事をしている二郎は、「手をください」と言われて、左手を渡して、右手だけで計算尺を操ります。
二郎は「上手くいきそうだよ。5匁(20グラム)くらい軽くなりそうだ」というふうに、嬉しそうに菜穂子に言うんですけど。
なぜ、二郎は会社で仕事をしていた時はダメで行き詰まっていたのに、家へ帰って来て菜穂子と手を取りながら仕事していると上手く行きそうになるのか?
これは「病床の菜穂子の隣でタバコを吸いながら仕事をする」というシーンなんですけど。
僕も昔、最初にこれを見た時には「こいつ、本当に自分勝手なヤツだな。結局、タバコを吸いながら、この女の寿命を縮めてるじゃないか」と思ってたんですけど。
その見方ではいけなかったんですね。
ここ、「タバコ吸いたい。手を離しちゃダメ?」と二郎が言うと、菜穂子が珍しく「ダメ」と一言、断言するんですね。
菜穂子というのは、こんなふうに二郎のやりたいことを否定しない女なんですけど、ここでは「ダメ」と言う。
なので、二郎は仕方なく隣でタバコを吸う。
二郎にとって「タバコを吸いたい、タバコを吸う」というのは「仕事がうまくいっている」という証拠なんですよ。
仕事が上手く行ってる時には、脳が活性化してきて、タバコが吸いたくなるんですから。
仕事が進んじゃってるからタバコが吸いたくなるんですね。
・・・
この手を繋いで仕事をしているシーン、何かって言うと「2人で飛行機を作っている」というシーンなんですよ。
「菜穂子の命とか血液というのが、繋いで手を通って二郎に流れて行って、それが九試単戦、もしくはゼロ戦に流れて行く」というメタファーなんですね。
「菜穂子の命とか血液というのが、繋いで手を通って二郎に流れて行って、それが九試単戦、もしくはゼロ戦に流れて行く」というメタファーなんですね。
菜穂子は誰かの世話になって生きていきたい女じゃないんですよ。
「二郎が帰ってきたら、自分で世話をしたいし、尽くしたい」と思っているような人なんですね。
なので、サナトリウムから街に下りてきて、自分の命を二郎に役立てることにした。
しかし、二郎はそれに気がついていない。
つまり、これってある種『夕鶴』の構造になっているんですよね。
「見てはいけません」と言いながら鶴が機を織るんだけど、それは自分の羽を抜いて機を織っていた。
自分の命を織っていたのでしたという、この民話的な構造になっている。
だから、菜穂子は手を離すことを許さない。
なぜかというと「自分の命が未来のゼロ戦を作っている」ということに、なんとなく感づいているからですね。
だって、それ以外にどうやって、菜穂子が、この身勝手で飛行機しか好きでない男の人生に関われるというのか。
いや、綺麗だから、一方的に「好きだ」と言ってもらうことはできますよ?
でも、実は彼女はすごく主体的な人なんですよ。
そんな菜穂子が「この人の人生に関わろう」と思ったら、自分の命を差し出してゼロ戦を作ることを手伝うしかないんですね。
でも、実は彼女はすごく主体的な人なんですよ。
そんな菜穂子が「この人の人生に関わろう」と思ったら、自分の命を差し出してゼロ戦を作ることを手伝うしかないんですね。
菜穂子がサナトリウムを抜け出して来なかったら、二郎に会いに行かなかったら、たぶん、ゼロ戦は完成しなかった。
それを示すかのように、「菜穂子がいたから出来たんだ」というセリフもあるんですよ。
僕は最初に見た時に、これを単なる感謝を伝える言葉、「お前がいてくれてよかったよ」と言ってるものだと思ったんですけども。
でも、これって “ダークファンタジー” なんですよね。
魔界モノというか。
「自分の命をこの人の身体の中に流すことで、2人の結晶である飛行機というものに行きついていく。ただ、その飛行機というのが、結果的に日本を滅ぼすことになっていく」という、すごい構造の映画になっているんです。
・・・
なんで僕がそういうふうに思うのかというと、この映画を要素で分解して、ブロックみたいにしていくと「ああ、この線はここで繋がっている」という配線みたいなものがちゃんとあるからなんですよ。
菜穂子って、何かを決心する時に、一切、二郎に相談をしないんですね。
「私、サナトリウム行きます」とか、「私、サナトリウムから逃げます」とか、「私はもう自分の仕事が終わったからサナトリウムに帰ります」という時に、一切、二郎に相談しない。
「私、サナトリウム行きます」とか、「私、サナトリウムから逃げます」とか、「私はもう自分の仕事が終わったからサナトリウムに帰ります」という時に、一切、二郎に相談しない。
何がしたいのかは、全部、自分で考えて決める。
そういう主体的なキャラクターなんですよ。
そんな主体的な人が選んだことが「飛行機が完成するまで隣りにいて、この人に力を与え、そしてそれが終わったら、もう自分にはやることがないから、帰る」ということだったんですね。
それを黒川の奥さんは、「自分の綺麗なところだけ見せたかったのよ」と言うんですけど、それは解釈の半分なんですよ。
黒川の奥さんが見た解釈の半分が、「自分の綺麗な部分だけ見せたい」なんですけど、もう半分あるのが「もう私にはやる仕事がない」ということなんです。
菜穂子っていうのは「好きだから一緒にいたい」ではなく、「この男の役に立ちたいから一緒にいたい」という、すごく主体的な強いキャラとして、宮崎キャラのヒロインに相応しい性格というか、根性をしているわけですね。
だから、これは、高畑勲が『ぽんぽこ』で語った「もうファンタジーはいらない」というテーゼに対する反論、アンチテーゼです。
だからこそ、ダークファンタジーとして描いてるんですね。
「現実こそファンタジーなんだ」と。「貧乏な国が飛行機を持ちたがるという夢を持ち、1人の女がその犠牲になることで、夫を成功させる。これがファンタジーでなくて、何だというのか!?」と。
この宮崎駿の高畑勲に対する反論が、なかなかすごいんですけども。
九試単戦が完成した後、菜穂子は去っていきます。
さっきも言ったように、黒川夫人は女としての解釈をするんですけども、菜穂子というのはもうちょっと強い人間だと思います。
二郎は、関東大震災の時に会ったお絹のことを、2年経っても覚えていたんですね。
それはお絹が綺麗だからです。
でも、自分のことを二郎は覚えてくれなかった。
「それは、自分があの時、綺麗でなかったからだ」と。
「じゃあ、綺麗だと言ってもらえる今の私が、二郎さんの前から消えたら、お絹のように覚えていてくれるだろうか?」というふうに考えたから、サナトリウムに帰って行ったわけですね。
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