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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/04/24
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今回は、ニコ生ゼミ04月14日(#277)から、ハイライトをお届けいたします。

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 【『風立ちぬ』完全解説 2 】 庵野秀明を主演声優に据えた本当の意味

 では、『風立ちぬ』完全解説その2です。映画が始まってからまだ2分しか経ってません。

 大正6年、我々の主役である堀越二郎少年13歳は、まだ布団の中でグーグー寝ています。その夢の中での話です。


 二郎が夢の中で作った鳥型飛行機は、屋根の上から離陸して、周りの水田を見下ろす位置まで上昇します。

 すると、横から黄金色の光が差してくる。

 メッチャ綺麗なシーンですね。

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 朝日が黄金色になって、水田の奥から手前へ向かって、バーっと差してくるんですね。

 ここね、もうメチャクチャカッコいいシーンなんですよ。


 ここは、この映画の最初の見せ場です。

 「ゴォー」っていう効果音までついてます。

 音楽もここで転調するんですね。

・・・

 こういった「朝日の差す瞬間の美しさ」というのは、宮崎駿の作品では、わりと “あるあるなシーン” なんですよね。

 有名なのは、『天空の城ラピュタ』にある「シータを泊めた翌朝にパズーがトランペットを屋根の上で吹いていると、スラッグ渓谷に朝日が差して、街がどんどん黄金色に輝く」というシーンなんですけど。

 しかし、ここでは、あくまでも「間接的に描いてる」んですね。

 太陽の光そのものを描くのではなく、その中を飛ぶ鳥とか、そういうものを見せることで、見ている人に「綺麗な風景なんだな」とわかるようにわかるように描いている。

 おまけに、シータの「うわあ、綺麗!」というセリフを入れたりして、美しい景色であることを伝えているんですけども。


 実は、この朝日が綺麗さの表現というのを、『天空の城ラピュタ』の10年以上前の作品である『アルプスの少女ハイジ』の時点で、宮崎駿・高畑勲コンビは行っているんですね。

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 これは『アルプスの少女ハイジ』の第3話、ほとんど最後に近い部分の「沈む夕日に照らされるアルムの山」というシーンです。

 夕日が照ってくると、アルムの山が照り返しで黄金色に輝く。

 それをハイジとペーターが見ているわけですね。

 そして、太陽がさらに沈むと、一瞬、山がバラ色に染まって「わあ、バラ色よ!」とハイジは叫ぶんですけど、数秒すると山は元の茶色に戻ってしまう。

 この一瞬の出来事を見たハイジは大喜びするんですね。


 これを毎日見ているペーターにとっては当たり前の風景なんだけど、ハイジには大ショックだったからです。

 しかし「山が金色になって、次にバラ色になって、岩の色に変化する」。

 この美しさそのものは、当時のアニメでは描けなかったわけですね。

 なので、「ハイジにはどう見えているのか?」ということを強調したんです。

 ペーターには当たり前の風景だけど、ハイジにとっては「山が金色! 山がバラ色に燃えてるわ!」と言わせることによって、美しいということを表現する。そういう間接的な表現だったんです。


 これが1974年の『アルプスの少女ハイジ』です。

 それが、1986年の『天空の城ラピュタ』、『ハイジ』から10年以上経った頃には、もうちょっと間接的な表現で出来るようになった。

 そして、ついに40年後の2013年、美しさそのものを画面の中に表現するということに成功したんです。

 今回の『風立ちぬ』では、この横から差す朝日とか、水田の上に反射する太陽の光そのものを直接描くということにチャレンジして、成功したんですね。


 この、『ハイジ』から40年間かけてチャレンジしていた表現に、やっと成功したというところがですね、執念深いというか、よくやったなというふうに思います。

・・・

 この後、鳥型飛行機はグッと高度を落として、水田の上スレスレを飛びます。

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 実は、この水田の上スレスレを飛ぶシーンというのは、ラストの零戦が飛ぶシーンの伏線なんですね。

 堀越二郎の「美しい飛行機に乗って草原スレスレを飛びたい」という夢は、その後、零戦のパイロットたちが、二郎が最後に見ている風景の中で叶えた。

 まるでトンボみたいに、ゼロ戦が低空飛行をして草原の上をバーっと飛ぶシーンが、ほとんどラストにあるんですけども。

 でも、それは誰一人帰ってこない旅路でもあった。

 二郎はパイロットになれなかったので、それ故に死なずに済んだんですけど。

 まあ「死ねなかった」ということでもありますよね。

 そんなシーンに呼応させるため、ラストで零戦が地面スレスレを飛ぶシーンと対をなすため、韻を踏むために、最初の方にこんなシーンが入っています。

・・・

 この後は、予告編でも説明した「二郎の飛行機が地面スレスレを飛んでいるのに、村の人には全く見えない。橋の下を飛んでも小川の船頭たちも気が付かない。誰も見えてない。しかし、近くの紡績工場で働く女の子達には見えている」というシーンですね。

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 ここで、宮崎駿は「男は誰も二郎に気が付かなくて、若くてかわいい女の子達だけが二郎に気がついて手を振る」というシーンを、わざと入れています。

 彼女達に手を振る二郎も、いつの間にか、13歳のチビの二郎ではなく、もっと大人のイケメンの美青年・二郎に変わっているんですね。

 これは、後に飛行船の爆弾と衝突した瞬間に子供に戻るんですけど。

 想像の中での二郎というのは「背が高くて、眼鏡をかけていないイケメン男性」として描かれています。

 これは、まあ、もちろん13歳ですから、“中二” なんですよ。

 中二の二郎少年の夢なんですけども。


 じゃあ、なんでこんなシーンをわざわざ宮崎駿は入れたのか?

 なんで男には見えなくて、かわいい女の子にだけ見えるというシーンを入れたのか?

 なんで、観客に対して「主人公の二郎は、自分をチヤホヤしてくれるかわいい女の子が大好き」という、いわば恥ずかしい欠点みたいなものを見せようとしたのか?


 これね、やっぱり、これまでの宮崎アニメではやってなかったんですよね。

 いや、ルパンみたいなコメディキャラだったらやるんですよ。

 『紅の豚』もそうなんですけども。

 でも、そういったコミカルに振る舞うキャラならともかく、シリアスなキャラに対して、作者自ら自分のキャラにツッコミを入れるということをやったことがないんです。


 その理由は、意外にも……というか、当たり前なんですけど、高畑勲なんですよね。

 『火垂るの墓』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『かぐや姫の物語』という作品を通じて、高畑勲は一貫して、観客が主人公の内面に入りきってしまうアニメのことを “悪いファンタジー” と言っているわけですね。

 そういった、いわゆる感動させる型のアニメというのを徹底的に批判している。

 
 「観客というのは、いつも主人公の行動やセリフに対して批判的な目線というのを持って欲しい」というふうに、高畑勲はずーっと訴えているんですけども。

 宮崎駿というのは、「主人公の目線にひたすら没入してもらう」という、いわば、その真逆をやってるわけですよね(笑)。


 これは、宮崎駿に限らず、普通のドラマでもそうなんですよ。

 みんなが「感動する!」とか、「泣ける!」と言うような、アニメでも、映画でも、もうJ-POPでも、みんなそうなんです。

 100%そうなんです。

 「いかに、主人公が悲しい気持ち、ツラい気持ち、嬉しい気持ちに共感してもらうか?」ということに、全ての力を注いで作られている。

 しかし、高畑勲は「そんなものは、この世の中には、もう山のようにあり、それは麻薬である。アヘンにしかならない。だから、自分たちは、そうじゃない、考えさせるような映画を作らなければいけない」と言ってたんですね。

 宮崎駿は、それを聞きながらも、「うるせえな!」と思ってたか、「確かに!」と思ってたかわかりませんが、まあ「俺にはそんなアニメ作れねえよ!」とずっと思ってたんですよ。

 だけど、最後のアニメですからね、ついにこれをやったんですよね。


 しかし、あまりにもたどたどしいから、なんか変に見えちゃうわけですよね(笑)。

 これが高畑勲だったら、「主人公が周囲からどのように見えてるのか?」という、冷静なツッコミシーンだってわかるんですけど。

 まさか、宮崎駿がそんなことやるとは誰も思っていなかったので、なんかちょっと変なシーンで、分かりにくくなってるんですけど。

・・・

 宮崎アニメって、いつも逆なんですよ。

 アシタカの気持ちとか、千尋の気持ちとか、ハウルを思うソフィの気持ち、そういう気持ちに観客を没入させるようなアニメをいつも作っているんですけども。

 ところが、今回の『風立ちぬ』で、宮崎駿は、ついに高畑の批判に応えて「俺も出来る! 主観的なファンタジーではなくて、客観的な描写を入れる! 主人公・堀越二郎には、実はこんな嫌な部分もある!」というふうに批判的に描くんですね。

 そのために、観客が主人公の二郎の気持ちに入りすぎないように、もう決定的な手を打った。

 それは何か?
 
 「声優に素人の庵野秀明を使う」という手を打ったんですね。


 あれ、なぜかというと。「なんで宮崎駿は、あんな下手くそを使うんだ!? 頭がおかしいのか!?」って思っちゃうところなんですけど、別に頭がおかしいからじゃないんです。

 あれは意図なんですよ。

 庵野秀明の下手な棒読みであれば、観客の誰も感情移入できないんですよね。

 その結果、“感情移入できないキャラ” というのが強制的に作られるんですよね。

 「そうすれば、宮崎駿の映画だということを一度リセットした上で、批判的な視線で見てもらえるだろう」と。これはもう、宮崎駿と、その意を汲んだ鈴木敏夫の完全に戦略的な布石なんです。


 「声優に庵野秀明を使った」ということに関して、ミスキャストと思った人も多いと思います。

 僕も正直言って、あれは大失敗だったと思ってるんですけども。

 もしあそこでプロの演技が出来る人を使っちゃったらどうなったかというと、主人公の内面が表現されてしまうんですね。

 その内面というのは、宮崎駿としては見えて欲しくない、見てる人に考えて欲しいもの。

 逆に言えば「こいつ、なに考えてるんだ?」ってツッコんで欲しいのに、声優さんの演技が上手過ぎたら、そこに人間味が入ってしまうんです。

 それは止めたかった。

 それは宮崎にとって避けたい事態だったんです。


 しかし、この映画、面白いことに、今言った構造、つまり「主人公に対して、ツッコミたくなるような表現というのを絵の中に入れつつ、演技的にも全く素人の棒読みな庵野秀明を声優として使う」というのは、後半に行くに連れてどんどん破綻していきます。

 “いつもの宮崎アニメ” にどんどん近づいていくんですね。


 それはなぜかというと、はじめは素人だった庵野秀明もですね、頭から収録を続けている内に、ちょっとずつ上手くなってしまって、まるで堀越二郎に内面があるような表現になってしまった、と。

 この辺り、宮崎駿も「庵野は上手くなり過ぎた」と言ってるんですけど(笑)。

 この僅かな計算違いに関しては、来週にもう一度、話せるかと思います。

・・・

 さて、この女の子達について「紡績工場の女工」というふうにコンテに描いてあります。

 紡績工場というのは、明治時代から大正にかけて、日本の何箇所かにあった「小学校を卒業しただけの女の子を、地方から、もう本当に人さらいみたいに買い揃えて、製糸工場で働かせる」という場所ですね。『女工哀史』とかで描かれていたところです。

 ここでのポイントは「この手を振っているかわい子ちゃん達は、粗末な服を着た女工であって、実は二郎にとって手の届く女の子である」ということなんですね。
 よくよく見たら、上流階級のお嬢様というのは、このシーンには全く出てこないんですよ。
 二郎というのはね、実はいつも“自分の手の届きそうな女”にのみ注意しているし、自分の手の届きそうな女が出てくると目が行くというところがあるんですよね。それで、わざわざ紡績工場の女工を出してくる、と。
 こうやって注意して見てみると、宮崎駿って、ものすごく注意深く堀越二郎の人物像を造形しているんですよね。メッチャクチャ面白いですよ。


 この紡績工場で働いている女工たち、もう中学生とか高校生以前だから、堀越二郎と同年代くらいの女の子が「キャー」と言って手を振ると、その声援に応えて、二郎少年の鳥型飛行機はバーっと旋回するんですけども。

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 この時、工場の煙突の煙に飛行機が影を落としてるんですね。

 しかし、影を落とすほど近くを飛びながら、煙には全く乱れがない。

 普通、飛行機がこの位置を飛んでいるんだったら、気流に乱れが起きて、これまでの宮崎アニメ、特に冒頭の一番手間が掛かっているシーンなんかでは、絶対に煙が乱れるはずなんです。

 それが、一切乱れない。

 これはやっぱり「この時点での二郎は、飛行機というものの原理そのものを理解していない」っていうことなんですね。


 「夢の中だから」というのもあるんですけど。だけど、夢の中であっても、彼の飛行機というのは、地面スレスレを飛んだらちゃんと草に波が立ったりとか、メチャクチャリアルなんですよ。

 でも、こういうところで「彼は、本当の飛行機に乗ったことがない。ちゃんと見たことがない」という、想像力の限界が出てきちゃうわけですね。


 スイッチに最新素材のベークライトを使うんですけど、滑走路を知らなかったり、煙の近くを飛ぶと気流で煙が乱れるというところまで想像が及ばない。

 つまりは「所詮は勉強が出来るお坊ちゃんの甘い夢」ということを表現しているシーンですね。

・・・

 すると、上空から不気味な気配が迫ってきます。見上げると、雲の上に何かがいるんですけども。それを見上げる二郎少年です。

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 もう完全に13歳ではなく、実際の自分の年齢よりも年上の美男子になっています(笑)。


 この美男子・二郎の描き方というのは、戦前の少年雑誌の挿絵をイメージしたような顔です。

 もうちょっと後の時代になってくるんですけど、昭和の時代の少年雑誌って、だいたいこんな感じなんですね。

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 まあ、美男子・二郎くんと同じような格好をしたキリッとした美少年か、笑顔の美少年かが描かれているというやつなんですけども。

 わりと、それに近い顔として、ちゃんと描いてあります。

 彼の中では、少年雑誌に出てくるイケメンみたいな感じが、自分なんですね。


 さて、見上げると、雲の上には全て金属で出来た飛行船が浮かんでいます。

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 これは、二郎が想像したドイツのツェッペリン飛行船ですね。

 「ドイツのツェッペリン飛行船は金属製だ」ということは、二郎も海外の雑誌か本で読んだんだと思います。

 その下には無数の “爆弾虫” という、爆弾みたいな不気味なものをぶら下げて、二郎の大事な美しい日本とか、かわいい紡績工場の女工達をいじめようと狙っているわけですね。


 こういった金属製の巨大な飛行船というのは、すでに19世紀の後半、これよりずっと前から想像はされてました。

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 これは、1872年に発行された『ポピュラーサイエンス』というメッチャ古い雑誌の表紙です。

 この映画の時代より40年くらい前に、すでにこういう全金属製の飛行船というのが想像されていたんですけども。

 「そんな金属製の飛行船が飛んできて、俺のかわいい女工達をいじめようとしている!」と。二郎は勇ましく飛行機を上昇させるんですけども。


 というわけで、ここから次の「二郎が最初に出会った “風” とは何か?」という話に続きます。

 しかし、まだ、ここまででタイトルから3分しか経ってません(笑)。

 よろしくお願いします。
 
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