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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2018/12/06
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今回は、ニコ生ゼミ11月25日(#258)から、ハイライトをお届けいたします。

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 【『2001年宇宙の旅』でも予言できなかった未来像 3 】 NASAを月着陸に導いた研究者ジョン・フーボルト


 『2001年宇宙の旅』を作るにあったって、キューブリックは、実際にNASAでものすごい取材をしたんです。

 そこで「まず、宇宙ステーションまでは、オリオン号みたいなシャトル式の2段階ロケットで行って、次に宇宙ステーションに移って、そこからさらに月に行く専用の巨大な宇宙船に乗り換える」という話を聞いたキューブリックは、その通りに作ったんですよ。

 だから、皆さんが見ている映画でもそうなってるんですけど。


 ところが、実際はそういうふうにはなってない。

 こんな巨大な宇宙ステーションなんて作られていません。

 今ある “ISS” というのも一応、宇宙ステーションなんですけど、あれは言ってしまえば「宇宙まで行ったトレーラーを繋げて人間が住んでいる」ようなものなので、とても物を作る工場としての環境ではありませんし、何百人という人も住めません。


 実際にはそうではなくて “サターンロケット” という、1発のロケットでとりあえず月へ行ける宇宙船をワンセットで丸々打ち上げちゃったんですね。

 これはなぜか?


 それまで、月に行って帰る方法というのは、3つ考えられていました。

 1つ目は “直接方式” というもの。巨大なロケットを1個作って、これを地球上からドーンと打ち上げて、強力なロケットのパワーでそのまま月まで行って、月へ垂直にガーッと着陸して、月探検して、もう一度コックピットに乗って、そのままボーンと打ち上げて、地球に帰ってくるという、すごいことを考えていたんです。

 まあ、いまだに日本人の中にも「宇宙旅行というのはこういうものだ」と思っている人が多いんですけど、この世の中というのは、そんなに甘くないです。


 2つ目は “月で合流方式” というやつです。

 これは、いくつもの無人のロケットを先に月にどんどん送るんですよ。


 その無人のロケットの中には燃料もあれば、帰りのロケットもある。

 現地での食料もあれば、現地で寝るためのキャンプの道具とかもある。

 そういうものを、あらかじめ無人のロケットで何個も何個も送っておいて、最後に、人間がギリギリ1人か2人乗れるロケットを飛ばして、月へ到着する。


 月へ行く時のロケットは、もうそれ1回きりの使い捨てで構わない。

 行った先の月で、今まで投下した資材を全て拾って、自分たちで現地で組み立てる。

 もう本当に、雪山で遭難者用のテントとか食料とかをヘリから落として貰うのと同じですね。

 全て集めて、月でロケットを1から組み立てて、帰ってくるという方式です。


 これ、笑っちゃうんですけど、当時はかなり真面目に考えられていて、一番現実性が高いと言われてたんです。

 もちろん「それ、1個でもミスしたらどうするんだ?」って思うんですけど、「いや、余分に打ち上げればいいじゃん」と。

 「こんな方法じゃ、現地に着くまで帰って来れるかどうかもわからないじゃん!」と言うと…

 …これ本当にあった話なんですけど、急にアメリカ陸軍の将軍が出てきて「我がアメリカ陸軍には、それを恐れるものは誰もいません! 陸軍の兵士は月のミッションに志願します!」と言ったそうなんだけど(笑)。


 とにかく、それは勘弁してくれ、と。

 現地で人が死んだら、以後、アメリカ人が月を見る度にトラウマになるだろう、と。

 自分たちの技術不足のおかげで、月に行って死んだやつが出てしまったらどうするんだ、と。

 家族もまだ生きているというのに「私のパパは月にいるの?」とか「月で死んだの?」とか言われたらどうするんだ、と。


 あとは、酸素が切れて死ぬまで、延々と月から地球に向かって恨み言を言うかもしれない。

 最悪の結果として「ソ連に生まれればよかった!」とか言われたらどうするんだ、と。

 そんなこともあって、この月で合流方式というのは、見送られることになりました。


 そして、3番目の方法が、さっき話したように『2001年宇宙の旅』で採用された “宇宙ステーション方式” ですね。

 フォン・ブラウンは「絶対にこれが一番いい」と言ってたんですけど。

・・・

 巨大なロケットを作って月に直接行く方式というのは、やっぱり無理なんです。

 2018年現在でも無理ですね。

 あと10年や20年経っても、おそらく、そんな強力なロケットを作られる見込みは、今の所ないです。


 2番目の月で合流方式はリスクが高すぎる。

 ただ、スペースX社が考えている火星旅行プランは、これに近いんですよね。

 「火星にあらかじめいろんな資材を送っておいて、最後に人間を送り出そう」というプランは、この現地合流方式に近いです。


 3番目のですね宇宙ステーション方式。

 これは、安全なんですけど、コストが高くて時間が掛かるんですよ。


 それでも当時のNASAは「この宇宙ステーション方式しかないな」と思って、必死に急いでいたんですけど。

 「この方式では、ケネディが言った、60年代のうちに人間が月に行くという目標には、到底間に合いそうにない」と、正直、みんな思っていました。


 そんな巨大な宇宙ステーションを完成させるためには、その当時ですら開発中で夢のような話だった、3年後とか4年後にはようやくテストが出来るかもしれない “サターンⅤ型ロケット” を使ったとしても、何発打ち上げなければいけないんだという話になっちゃったんですね。


 1961年から62年までは、NASAの予算というのはマジな話、無制限だったんですよ。

 議会は白紙の小切手を発行しました。

 つまり「どんなに予算を使ってもいいからソ連に勝ってくれ! 宇宙に人間を送ってくれ!」と言われてたんですけど。


 ところが、これが62年の年度末になると雲行きが怪しくなってきて、1963年には、早くも「来年には予算を削られるんじゃないか?」という見込みが見えてきた。

 その結果、「もう宇宙ステーションは無理だ」ということがわかってきたんですね。


 つまり、一時的にパニックになったアメリカ人の「ソ連に負けたらどうする? アメリカが宇宙競争に負けたら共産主義者に国を乗っ取られてしまう!」という恐怖心によって、61年、62年と無制限に予算が出ていたところから、「そんなことをやってる場合じゃないよ。日常生活の方が大事だよ。それより、今、アメリカで問題になっている公民権、男女平等、白人と黒人との平等問題、そっちの方をどうするんだ?」ということになってきて、予算に制限が掛かり始めたんです。

・・・

 さて、「宇宙ステーションは無理だ」ということで、ここで1人の男がすごいことを思いつきます。

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 この人、いまだに無名なんですけど、ジョン・フーボルトという、ラングレー研究所にいた、本当に “名もなき技術者” なんですね。

 NASAでの宇宙計画の主流派というか、名前が残っているような人って、だいたいどこかの大学の教授とか、どこかの研究所の所長だったんですけど、このジョン・フーボルトは、大学院を卒業しただけの技術者で、いわゆる “平社員” だったんです。

 しかし、こいつが画期的なアイデアを思いつきます。

 それが “月軌道ランデブー方式” というやつです。


 サターンロケットで宇宙船と月着陸船を同時に打ち上げて、それをどんどん乗り捨てて行くという方式ですね。

 月の軌道に乗るまでに、とりあえずロケットの大部分を捨ててしまって、3人で月に行くんですけど、月に降りるのは2人だけ。

 それも、座る場所もない、立って乗るしかないような月着陸船に2人だけ乗って、1人は軌道上で待っている。

 2人が乗る月着陸船も、月軌道に登る時には下半分を捨てていく。

 全部、捨てて捨てて、使い捨て使い捨てで、最後、地球に帰って来る時には、それまで乗ってきたアポロ宇宙船というのも捨ててしまって、“司令船” と呼ばれる事実上カプセルだけで帰ってくるんです。


 このカプセルは、ウォークインクローゼットよりも狭い軽自動車にアメリカ人のゴツいおっちゃんが3人乗ってるようなものです。

 そんな、前のエンジン部分をカットした軽自動車だと思ってください。

 後ろの座席もほとんどカットして、2人分の座席に無理やり3人乗ってるようなギリギリのカプセルで帰って来るという方式を思いつくんですね。


 これが、その月着陸船の金属製の模型なんですけど。

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 ここにハシゴがあって、人が降りる。こうやって見ると大きそうに見えるんですけど。

 さっき紹介した、フォン・ブラウンが考えたムーンランダーと同じスケールで表すと、月着陸船ってこのサイズなんですよ。

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 見えますか?

 メチャクチャ小さいんですよ。

 さっきも言ったように、本当に座るところもないんですよね(笑)。

 「月に基地を作って開発するということを全部諦めて、このサイズで我慢するならば、なんとか行けます」というふうに、ジョン・フーボルトが提案したんです。

・・・

 それを聞いたフォン・ブラウンは、最初はメチャクチャ嫌がりました。

 というよりも、NASA研究所の科学者は全員嫌がって「バカヤロー! バカヤロー!」と言ったんですけども。

 フーボルトは「でも、計算上は行ける。数式上は行ける」と。

 「いや、お前の数式、絶対怪しいよ!」なんて言われながらも、いろんな人を1人1人を説得しました。

 そして、遂には掟破りと言われた、平社員によるNASAの副長官に直接プレゼンも行います。


 「こんなことを言ったらいけないのは分かってる。NASAもそろそろ縦型の組織になってきているから、まずは自分の上司を説得するというルートが正しいということはわかるんですけど……月に行きたいんでしょ? だったら俺の言うことを聞いてくださいよ」と。

 この「月に行きたいんでしょ?」という言葉がキッカケになって、このフーボルトの言うことを段々と聞くようになっていきました。

 最初はコーヒータイムの雑談だった話が、ランチタイムに話されるようになり、ついには会議の議題に上って、最後はフォン・ブラウンが出席する会議での6時間の激論の末、フォン・ブラウンも「もうこの方式しかないな」と諦めて、「このメチャクチャ小さい月着陸船で行こうか」と決断した。

 このおかげで、NASAは大方針転換をして、60年代にギリギリ間に合う形で、月着陸を成し遂げたんですね。


 というわけで、このジョン・フーボルトという男は、学歴とかキャリアのない人達の星というか、神様みたいな人なんですけど。

 まあ「学歴がない」と言っても、ちゃんと良い大学は出てるんですけどね。

 いわゆる “エリートコース” じゃなかった人です。


 この人が考えた月軌道ランデブー方式は、スタンリー・キューブリックが『2001年宇宙の旅』を企画した時にも、NASAの内部では話されてたんですけど、外部資料には表れなかったために、気が付かれずに「巨大な宇宙ステーションを作って運用している2001年の世界」というのが想像されることになりました。

 そこが違っちゃったんですね。

・・・

 なぜ、宇宙ステーション方式がダメだったのかというと、理由は全てケネディが「60年代の末までに」と約束してしまったからなんですよ。

 あと5年か、できれば10年、時間に余裕があったら、たぶん原案の通り、シャトルで宇宙に行って、宇宙で巨大な宇宙ステーションを組み立てて、そこで作った月へ行く専用の月着陸船で20人前後を月に送り、その3分の1ずつを定期的に交代させて、まるで南極基地みたいに、月に基地を建設出来たかもしれなかったんです。

 しかし、60年代末までに間に合わせるには、ステーションを作っている時間もなければ、お金もない。

 その結果、最後までステーション案にこだわっていたフォン・ブラウンも、ついには折れる形となりました。

 ここに来て、人が月に行けるかどうかの問題は、ついに科学の問題でなく、予算とスケジュールの問題になってしまったんです。


 宇宙や未来が銀色だった時代というのは、いつの間にか終わってしまて、プラスチックによる白の時代に変わって、トヨタも日産も白い車ばっかり売るようになった。

 まあ、白い車を売った理由は「下取り価格が高いから」とか、そういう理由なんですけどね。

 科学や月旅行が子供達の夢であった時代は終わって、時代は白の時代に移りました。


 映画『2001年宇宙の旅』というのは、その中間の時代に作られた映画なんです。

 なので「宇宙や未来は銀色だ」という遺伝子と、「宇宙や未来は白い」という遺伝子の2つを持っている。

 そこが『2001年宇宙の旅』が、古いんだけども、いまだに新しくてカッコいいという理由なのではないでしょうか。

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