伯爵は劇中でも「我が伯爵家は代々お前たち大公家の影として、謀略と暗殺を司り国を支えてきた」と言っています。
ここからも分かる通り、実は、伯爵家のもともとの仕事は偽札 作りではないんですよ。
“下カリオストロ” と呼ばれた伯爵家の仕事は、実は謀略と暗殺だけであり、偽札にはほとんどタッチしなかった。
では、偽札の製造は誰が行っていたのかと言うと、“上カリオストロ” と呼ばれるクラリスのいる大公家の仕事だった。
僕は、こんなふうに考えているんですね。
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それがなぜかということを語る前に、まずは通貨の歴史について話してみようと思います。
これは、地下牢から脱出して、偽札の印刷所を見つけた銭形から「これはなんだ!? 説明してくれ!」と言われたルパンが「これはゴート札の心臓部だ」という話をする時に表示される絵です。
この絵をバックに「中世以来、ヨーロッパの動乱の影に必ずうごめいていた謎の偽金。ブルボン王朝を破滅させ、ナポレオンの資金源となり、1927年には世界恐慌の引き金にもなった。歴史の裏舞台ブラックホールの主役、ゴート札。その震源地を覗こうとした者は1人として帰って来なかった」と、ルパンが名調子で喋ります。
さて、この絵の意味することが、みなさんには分かるでしょうか?
この絵からは「初期のカリオストロ家は金貨の偽造をやっていた」ということが分ります。
つまり、カリオストロが紙幣を作り始めたのは、ほんの100年くらい前だということなんですよ。
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というか、そもそもヨーロッパにおいて紙のお金が使われたはじめたのは19世紀なんです。
“ソブリン金貨” というものを知っていますか?
『パイレーツ・オブ・カリビアン』とかに出てくる海賊は、みんな金貨を持ってますよね。
あれはスペイン金貨かイギリスのソブリン金貨なんですけども。
19世紀のイギリスでソブリン金貨というのが発行された時、金貨を多く持ち歩くのは煩(わずら)わしいから、銀行がそれと同じ値打ちを保証する “銀行券” という紙を発行したんです。
これを “兌換紙幣(だかんしへい)” というふうに言います。
この19世紀にイギリスが発行した銀行券が、今の僕らが持っている千円札とか5千円札とか1万円札の大本にあるものなんですね。
ルパンの説明のシーンで最初に表示されるこの絵は “ドイツ30年戦争” なんですね。
このドイツ30年戦争というのは「17世紀に起きたプロテスタントとカソリックの最後で最大の宗教戦争」と言われてるんですけども、その戦争の風景をバックに、銀行家や金貸しがお金の査定をしている様子が描かれています。
イギリスのソブリン金貨もそうだったんですけど、当時のあらゆる金貨や銀貨というのは、1ドルとか1ポンドという決まった値打ちを示した物ではないんですね。
1つ1つの硬貨ごとに重さを測って、比重を測って、その中に金が何グラム入っているのかを見て、値打ちを決めていたんです。
だから、貨幣の表面に刻印してある額面というのは、あくまでも形式上のものだったので、こうやって査定をしながら交換をしなくてはいけなかったんです。
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話を戻しますけども、ここから分かる通り、カリオストロ家が紙幣の印刷という形で偽金を作り始めたのは、実は20世紀に入ってからなんです。
であるならば、「16世紀から19世紀までの間のほとんどの時代には “偽金貨” を作っていた」ということです。
そう考えなければ、ここで表示された絵との間に矛盾が生まれてしまいますから。
カリオストロ城の地下には秘密の印刷工場がありましたね。
あの印刷工場というのは、もともと “下カリオストロ” こと伯爵家の担当である、謀略や暗殺の舞台の地下牢の上に作られています。
つまり、偽札の印刷は伯爵家の仕事として描かれているんですよね。
では、それ以前の偽金貨をどこで作っていたのかというと、映画の中では描かれてないんですけども、たぶん “上カリオストロ” である大公家だったんですよ。
これはまあ、僕の推理であって、妄想みたいなものなんですけど(笑)。
だけど、そうでないと辻褄が合わないんですよね。
かつての上カリオストロ家の役割というのは、「偽金貨を作ること」と「政治を司ること」。
政治を司るというのは、ヨーロッパ中の王家と婚姻関係を結ぶということです。
それに対して、下カリオストロ家の役割というのは「陰謀と暗殺」。
これが、上カリオストロと下カリオストロの大き役割分担だったんですね。
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実在する “山師カリオストロ” という人物は錬金術師であって、錬金術師とは銅とか鉛などの卑しい金属から純金を作る魔法使いです。
「そういったイメージを元に、自分達が発行する偽金貨の価値を裏付けていた」というのが、おそらく、宮崎さんがカリオストロという名称に込めた設定だったんだと思います。
もし、カリオストロ家が紙幣の偽造しかしていなかったのなら、19世紀以降のカリオストロ家のことだけを描けばいいんです。
にも関わらず、わざわざ「1517年」という年号まで出して「はるか昔から偽金を作っていた」と言うということは、これはもう「昔は偽金貨を作ってました」と言っているようなものなんですね。
しかし、ある時、上カリオストロ家の作る金貨が通用しなくなってしまった。
そこで、伯爵家は印刷工場を作り、偽紙幣であるゴート札を作ることになりました。
上カリオストロの仕事であった偽金作りまで、下カリオストロが受け持つことになったわけです。
その結果、それまでは「上カリオストロは偽金を作り、政治を司る。下カリオストロは謀略と暗殺を行う」という、アイドルとマネージャーのような役割分担ができていたところから、両家のパワーバランスが崩れてしまったんです。
「大公家が偽金を作れなくなり、わが伯爵家で偽紙幣を作るようになった。ならば、なぜ、我が伯爵家は大公家の下に甘んじなければいけないのか?」という伯爵の怒りは、本当にその通りなんですね。
そのおかげで、「上カリオストロは、もはや不要」と考えた伯爵は、物語の10年前に大公家の屋敷を焼き討ちして実権を奪い、カリオストロ公国の近代化に乗り出した。
では、なぜ大公家の偽金貨が通用しなくなったのか?
これは、さっきも話した通り、19世紀にソブリン金貨が発行された頃から、大量の金貨を持ち歩いて、それで支払いを行うということがなくなってしまい、事実上、“金貨の偽造” という行為自体が無意味になってしまったからです。
おまけに、それ以降、国家が自国で保有している金の分しか通貨を発行できないままでは国際的な経済が回らなくなってしまい、その結果 “兌換紙幣” といういつでも金や銀に交換できる紙幣から、 “不換紙幣” という金や銀に交換できない紙幣へと時代が変わってしまいます。
つまり、大公家がやっていた偽金貨という考え方自体が時代遅れになっちゃったんですね。
伯爵家が公爵家を亡きものにした裏には、こういった経緯があると、僕は思います。
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