83年6月、早すぎる猛暑の正午。
大阪城にま近い三階建ての薄汚れたビル・縫製会館の屋上では、半裸の学生たちが寝汚く転がっている。
唯一の日陰、給水塔の裏で経理担当の龍谷大・田中君から打ち明けられた。
「足りない? 六千万あったのに?」
「足りないというか、いま赤字か黒字かわかんない。それが問題なんです」
「おい、そりゃないだろ」
「四千人のイベントで経理が僕だけ、というのがムチャなんですよ。もっと人を廻してください」
「人って言われても・・・」
「岡田さんたちが毎日、気まぐれで指示を出すからわからなくなるんです。たとえばコスプレ大会。事前の会議では予算五百円でしたよね?」
「うん」
「昨日見たら、もう経費十万以上使ってますよ。生地にスポンジ、リボンにアクリル板まで三メートルも買ってる!参加者の自主企画なのに、なんで生地を買う必要があるんですか?そういえば岡田さん、先週の会議で『スターウォーズの酒場みたいに大量の宇宙人がうろつかなくちゃダメだ』って言ったそうですね?で、五十人分のコスチューム材料領収書が来たんです」
「あ~、そうだっけ?」
とぼけて逸らせた視線の向こう、真っ黒でガリガリに痩せた男が立っていた。
近畿大学の米良君、舞台大道具のチーフだ。「三枝(さえぐさ)をください。宇宙船が間に合いません」
すると、半裸で寝ていた小汚い男が飛び起きた。
自称「日光浴」していたアニメ班監督の山賀だ。
「三枝は無理です!アニメができなくなります!」
アニメ班と大道具班はどっちも手先の器用な人材を取り合って対立する。
そこに田中君が割って入った。
「宇宙船講座も予算オーバーです」
「え? ベニヤ代とペンキ代だけあれば大丈夫じゃなかったの、米良君?」
宇宙船講座は、巨大な宇宙船の立体模型をステージに登場させるという、ハッタリの効いた企画だ。
長さ12mもあるディスカバリー号、直径6mのデススター、その他エンタープライズ号や宇宙戦艦ヤマトなどの巨大模型が順番に天井から舞台に降りてくる。
司会は宇宙船のまわりを歩きながら解説する。
クライマックスは、宇宙船が一斉に降りてきて、スタージ上が歩けないほどぎっちりになる予定だった。
「宇宙船はベニヤとペンキで作れます。でも宇宙船を保管する場所がいります。幸い、月2万で車庫が借りれました」
米良君は嬉しそうにいった。
これで「幸い」月2万の予算オーバーだ。
「大道具も人が足りません」
「え? なんで?」
「アニメ班にはクーラーあるけど、大道具つくってる倉庫は扇風機一台だけ。ペンキ臭いし仕事もキツい。アニメ班から何人か回してください。特に三枝。あいつが来てくれたら、はかどるんですけど」
「三枝はアニメの要です!渡せません!」
山賀が大声で怒鳴り、いつの間にか庵野と赤井も隣でうなずいている。
そこに思い詰めた顔で企画担当者・大阪大学の林君がやってきた。
「企画数が二百を超えました。最終的には三百近くになります。岡田さん、ぼく一人ですべての企画に責任を持つのは無理です」
「さ、三百?」
予算も企画もスケジュールも、すでに学生の手に負えるスケールじゃない。
いつの間にか日は暮れて、星が見えていた。
6時間も炎天下に会議したわけだ。
疲れ果てて屋上から降りると、次の「非常事態」が待っていた。
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