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映画
『フォックスキャッチャー』であらためてクローズアップされたアマチュア・レスリング。Dropkickメルマガではレスリング銀メダリスト太田章先生にこの映画について語っていただいたが、この格闘競技はどこで生まれ、どうやって拡がっていったのか。いまから2年前の2013年2月に『1976年のアントニオ猪木』
『日本レスリングの物語』などの著作で知られる柳澤健氏にレスリングのルーツを辿る取材をしている。大好評だった鈴木秀樹インタビューでも触れられた「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」の起源にも言及しているので、18000字にも及ぶロングインタビューを再録しよう。取材した時期は、レスリングが五輪競技から除外されるという緊急事態が起きた直後であった。


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①スターダム世IV虎vs安川惡斗は不穏試合ではない!!
北原光騎が天龍引退に万感の思いを込めて「佐山シューティング、天龍同盟、SWS……」
③ビル・ロビンソン最後の弟子・鈴木秀樹「プロフェッショナルレスリングを大いに語る」
④Uと馬場を支えた黒衣の絵描き! 更級四郎 キミは「ほとんどのジョーク」をおぼえてるか?
⑤ご意見番・小原道由が世IV虎vs安川惡斗をぶった斬る!
⑥高校球児がアメリカに渡りUFCを目指すまで〜松田干城のボストン生活〜
小佐野景浩×安西伸一 『ゴング』×『週プロ』天龍番だった男たち
⑧インディの聖地・新木場1stリングとは何か? 管理人を直撃!
⑨達人は実在する! 日本最後の幻想・柳龍拳ロングインタビュー

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レスリングがオリンピックの中核競技から除外されるというニュースで、世間的にも大騒ぎになっています。レスリング関係者、経験者は当然なんですが、一般のスポーツニュース、ワイドショー、ラジオのニュース番組あたりでもかなり大きく取り上げられてますね。

柳澤 でも、基本的に日本人はレスリングに関心がないと思いますよ。関心を持つのは4年に一回だけで。

――まあオリンピックのときだけですよね。

柳澤 そのオリンピックだって、どれだけの人がしっかり見てるかというと疑問でしょう。

――トーナメント全体を見るというより、日本人のメダル争いしか気にしてないっていう。

柳澤 私は普段、ほとんどテレビを見ないんです。だから、たまたま見たテレビでレスリングが扱われたり、今回だったら福田富昭さん(日本レスリング協会会長)が出てくると、凄くびっくりする。

――記者会見をやってましたね。今回の件は日本レスリング協会だけの問題ではないんですけど、日本で記者会見をやってるっていうので騒動の大きさもわかるというか。

柳澤 福田さんはFILA国際レスリング連盟の副会長(※現在は退任)でもありますからね。マイナースポーツであるレスリングにとっては、事件はないよりあったほうがいいっていう感覚なんですよね。

――話題になることが大事、と。

柳澤 グッドニュースでもバッドニュースでも、ニュースはないよりあったほうがいい。今回の問題にしても「レスリングがオリンピックからなくなる=日本の金メダルが減る」という危機感があったからこそ、みんなはレスリングがどれほど大切なものかを認識できた。逆にいえば、ニュースがなければ認識しなかった。

――そういう意味では、もしかしたらいいニュースなのかもしれないわけですか。

柳澤 あながち悪いことばかりじゃないなっていう感じがします。もちろん「この危機を乗り越えられれば」という前提があっての話なんですけど。

――まさにそこなんです。柳澤さんは今回の除外の危機、乗り越えられると思われますか?

柳澤 その前に、オリンピックというのがどんなイベントなのかを話しておいたほうがいいでしょうね。近代オリンピックが始まったのは1896年のアテネ大会からなんですが、なぜこの年、この場所なのかご存知ですか?

――古代オリンピック、つまり原点の場所だからアテネなんじゃないですか? で、クーベルタン男爵が提唱した……くらいしか知らないです(笑)。

柳澤 普通そんなもんですよね(笑)。クーベルタンがどこの国の人かというと、フランスです。この頃のフランスで何があったか。1870年に始まった普仏戦争、プロイセンとの闘いに負けて大ショックを受けた。

――プロイセンっていうのは、いまでいうドイツですか。

柳澤 そう。ドイツ人って、フランス人より身体がデカいんですよ。フランス人はラテンだから、ゲルマンより小さい。いまサッカーを見てても、それは感じますよね。

――ドイツとか、あとオランダの選手はデカくて屈強な感じですよね。逆にフランスは華やかな技巧派。昔は“シャンパンサッカー”なんて言われてました。

柳澤 普仏戦争の結果、フランス人は「我々が負けたのは身体が弱いからだ」っていう思想を持つようになった。そこで、「強靭な肉体」を作ろうというフィジカル・カルチャーが生まれた。ボディビルも、そこから出てきたんですよ。力持ちコンテストが流行ったりして、強健な、ムキムキの肉体にみんなが憧れるようになったんです。

――フランスは芸術の国っていうイメージがありますけど、フィジカルカルチャーの国でもあるわけですね。

柳澤 かつては労働によって自然に身体が鍛えられてたんだけど、近代文明の発達によって身体が弱くなった。そこで「戦争に勝つには、やっぱり身体が大きく、強くなければ」という思想が生まれてくる。その思想の中には「世界に冠たるヨーロッパ、特にフランスは古代ギリシャの文明を受け継いでいるんだ」っていう主張も含まれている。捏造ですけどね(笑)。

――その主張が近代オリンピックの開催に結びつくんですね。戦争に負けたフランス人が始めたのがオリンピックだと。

柳澤 古代ギリシャの彫像を見ると、素晴らしい肉体を持っている。それはスポーツが盛んだったから、オリンピックという文化があったからだということになって、それを復活させたんですね。そこでさっきの質問の答えが出てきます。近代オリンピックが1896年にアテネで始まったのはなぜか? アテネである理由は「我々は古代ギリシャからの文明を受け継いでいるんだ」っていう由来作りのため。1896年アテネの4年後に、1900年にパリで開催するためなんです。

――あぁ〜、なるほど。

柳澤 20世紀という新しい世紀はフランスと共にが始まる、と。20世紀は1901年からですけど、1900年のほうが区切りっていう感じがしますから。そのタイミングで、フランスを世界の盟主とした、肉体を賛美する新しい文化を発信しようとした。パリ万博と同時開催ですね。

――戦争に負けたフランスが、新たに「ここが世界の中心なんだ」とアピールしにかかったわけですね。それに正統性を持たせるために、古代ギリシャを使ったというか。

柳澤 そうそう。パリで近代オリンピック第1回を開催しちゃうと、「どうせフランスだけのお祭りだろ」となってしまう。だから、その4年前にアテネでやって権威をつけておこうということなんです。

――いったん遡ったという。

柳澤 だから知っておいてほしいのは、近代オリンピックというのはフランス人がフランスを美化し、正当化し、賛美するためのものだということです。言ってみればその程度のもの(笑)。

――「オリンピックの商業化」とか「本来の精神が……」って言われますけど、もともとがフランスのプロパガンダに近いイベントだっていう(笑)。

柳澤 さらにその背景を説明すると、当時のヨーロッパの思想的潮流もあるんです。それまで、ヨーロッパはキリスト教に非常に抑圧されてた。建物も教会だけは立派だけど、普通の民家はみすぼらしい。みんな貧乏だったわけです。だから、オスマントルコにもさんざんにやられちゃった。『シンドバッドの冒険』に代表されるイスラムの商人が世界中を駆け巡っていた時代、ヨーロッパの商人たちはまったく活躍できなかったんですよ。結局、それはヨーロッパがローカルで貧しくて、キリスト教に抑圧されていたからなんですね。

――は、はい……。

柳澤 あ、ちゃんとレスリングの話に戻るから大丈夫ですよ(笑)。だからキリスト教って、スケールは大きいけれどいまの新興宗教みたいなものなんです、基本構造としては。

――人々の精神を抑圧して、だから余計に頼らざるをえなくする、みたいな。

柳澤 ええ。長いあいだキリスト教に抑圧され続けたフランス人は、ついにブチ切れてフランス革命を起こした。王権神授説は有名ですけど、王の権威はキリスト教の神に由来します。王を倒す革命は、神を否定することなんです。以後フランスには「信じるべきは神ではなく、人間の理性だ」という考え方が出てきた。キリスト教に代わって理性教みたいなものが生まれる。それが19世紀のヨーロッパなんです。神が支配するんじゃなく、理性ある人間が支配する世の中を作ろう、と。

――「神は死んだ」っていうやつですね。

柳澤 そうです。ニーチェみたいな人が出てきて、理性を持った人間こそがこの世界に秩序をもたらすんだ、と。だからルーブルの外壁には、19世紀、20世紀の指導者の像がたくさんあるんですよ。

――人間こそが世の中を支配するという背景があり、その中でフランスに肉体賛美の文化が生まれて、
それが国威発揚のオリンピックにつながってくる。そういう流れなんですね。

柳澤 人間が秩序をもたらすっていうことは、人間のあいだの上下関係も自分たちで決めちゃうってことです。「我々が上で、君たちは下だからね」と。それで世界中を植民地にしていって。とにかく自分たちでなんでも決めちゃうわけですよ、ルールを。メートル法もフランス人が作ったものなんです。地球を測って、子午線の4千万分の1を1メートルに決めた。いまの世の中も、そういう近代ヨーロッパの思想の流れの中に存在していると考えて、まず間違いないです。

――「IOCは理事の人選に偏りがある。ヨーロッパ中心すぎる」っていう批判があるけど、もともとそういうもんなんだと。その背景には、ヨーロッパが決めた“世界の秩序”があるわけですね。しかも、それはいまも変わってない。オリンピックの場合は、さらにそこに古代ギリシャという由来もくっつけて。……あ、そういえばレスリングのグレコローマンって「ギリシャ・ローマ」っていう意味ですよね。もしかするとそれも由来作りのためですか?

柳澤 そういうことです(笑)。じゃあフリースタイルはっていうと、イギリスが絡んできます。当
時、世界の覇権を争ってたのはフランスとイギリスですよね。メートル法はフランス人が作りましたけど、時間はイギリスのグリニッジ天文台が基礎になってます。その場所が経度0度=子午線ということにして、いわゆるグリニッジ標準時を決めた。中心の場所をロンドンにするかパリにするかで、凄く揉めたらしいですけど。

――時間とか距離とか、あらゆる基準をイギリスかフランスが決めていったし、その覇権争いが凄まじかった。

柳澤 なんでも争うんですよね。そうなると、レスリングでも争う。フランスにグレコローマン・レスリングがあるとなると「イギリスにもレスリングがなければいけない」という発想になる。そこで出てきたのがフリースタイルです。

――あ、フリースタイルを制限したものがグレコローマンってことじゃないんですね。

柳澤 違うんですよ。フランスのグレコローマンに対抗するためのものなんです。そのフリースタイルっていう名前も、じつは第二次大戦後のもの。その前はキャッチ・アズ・キャッチ・キャンと呼ばれてました。

――あ、ようやく我々にも耳なじみのある言葉が出てきました(笑)。

柳澤 よかった(笑)。でも、『Dropkick』読者のみなさんが聞いてる話と僕が知ってる話は、多分ちょっと違うと思います。まず、なぜキャッチ・アズ・キャッチ・キャンという名前なのか。これは「どこを掴んでもいい」っていう意味です。

――それが文字どおりの意味ですよね。

柳澤 なぜそういう名前かというと、「足を掴んでもいいですよ」ってことからきてるんですよ。

――「グレコローマンとは違いますよ」と。

柳澤 だからキャッチ・アズ・キャッチ・キャンは、グレコローマンより先にあったものじゃないんです。「どこを掴んでもいい」という競技名は、下半身に触っちゃいけないグレコが先にあるからこそ出てくる。グレコローマンがあったから、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンができたんです。

――ボクシングとか柔道とか、制限されたルールの格闘技に対してのバーリ・トゥードみたいな感じなんですかね。

柳澤 ああ、そうかもしれない。バーリ・トゥードはポルトガル語の「なんでも全部」って意味ですからね。余談ですがブラジルでは、ピクルスもチーズもトマトも何もかも乗っけたハンバーガーのことを「ハンバーガー・バーリ・トゥード」って言うんですよ(笑)。つまりヨーロッパ大陸、フランスのグレコローマンに対して、あとから出てきたのがキャッチ・アズ・キャッチ・キャン。第二次世界大戦以前のレスリング界において、グレコローマンが毎年世界選手権を行っていたのに対して、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの世界選手権は一度もなかった。要するにオリンピックのときに行なわれるマイナー競技にすぎなかったんです。

――それが広まっていったのには、どういう経緯があるんですか?

柳澤 これはジャガイモ飢饉が原因なんですよ。

――レスリングとジャガイモ飢饉に関係があるんですか……。

柳澤 アイルランドでは、小麦はイギリスにぶん取られちゃうんで、主食はジャガイモだった。ところが、19世紀にジャガイモに「胴枯れ病」という疫病が発生したから大飢饉が起こり、餓死者も大量に出てしまった。アイルランド人は大挙して新天地アメリカに移民します。アイルランド人の多くは、もともと炭鉱で肉体労働をやってたりして身体が強いんですよ。

――アメリカでも肉体労働とかについて、いまでも警官や消防士はアイリッシュが多いって聞きますね。

柳澤 ええ。アイルランドの肉体労働者がやっていたスポーツが、ボクシングでありキャッチ・アズ・キャッチ・キャンなんです。

――イギリスではラグビーが上流階級のスポーツなのに対して、アイルランドでは炭鉱夫の娯楽だっていう話もありますね。基本的に激しいスポーツが好きなんでしょうね。身体も強いし。

柳澤 ボクシングもキャッチ・アズ・キャッチ・キャンも、基本的にはアイルランド人のものだと思っていいでしょうね。

――アイルランド人はボクシングやキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの元祖で、そのアイルランド人がアメリカに移民して、戦後アメリカの力が強くなって……という流れなんですね。

柳澤 一つの流れとしては、ですね。ちなみにキャッチ・アズ・キャッチ・キャンが誕生したのは、18世紀後半のイギリス、ランカシャー地方です。

――ランカシャー・レスリングの語源ですね。

柳澤 ランカシャーには炭鉱がたくさんあって、アイルランド人が出稼ぎに来てたんですよ。賭けボクシングとかキャッチ・アズ・キャッチ・キャンも、アイルランド人が始めたもので。そこではレフェリーは反則をしてないかどうか、フォールしているかどうかを見るだけです。ちなみにアームロック、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンでいうダブルリストロックも、フォールのための技なんですよ。

――関節を極めるためのものじゃなかったんですね。

柳澤 プロレスラーが「お客さんの前でつまらないものは見せられないから、試合前に本当の決着をつけておこう」というときに関節技を使う人はいたかもしれないですけど。観客の前で関節技で決着がつけるキャッチレスリングを行っていたとは、私は考えてないです。「ギブアップ」による決着が、記録にまったく残っていないからです。あ、そうそう。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンと興行の話もしなきゃいけませんね。

――いまの「裏の決着」の話でいくと、表で見せてた別のものがあるってことになりますよね。

柳澤 さっきも話したように、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンがフリースタイルっていう名称に変わったのは1948年のロンドンオリンピックからです。名称変更したのは、推測ですけど、「キャッチ」という言葉に、あまりにもプロレスの匂いがつきすぎていたからじゃないかと思います。

――ヨーロッパではプロレスのことを「キャッチ」って言いますよね。

柳澤 「キャッチ=プロレス」というのが、ヨーロッパの常識です。だから、それを嫌ってフリースタイルに変えたのではないかと。

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