プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは「ブルーザー・ブロディ」!! 野生と知性を併せ持ったインテリジェンス・モンスターの異名で、日本のプロレスファンの心を鷲掴みにしたブロディ。なぜブロディはいまなお我々プロレスファンの心に生き続けるのか――? プロレスがますます好きになる小佐野節を今回も堪能してください!
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――今回はブルーザー・ブロディについておうかがいいたします。
小佐野 ブロディが亡くなって四半世紀以上も経ってるんですねぇ……(しみじみと)。
――ブロディがプエルトリコで刺殺されたのが88年7月のことですね。
小佐野 あのニュースが日本に流れてきたのが日曜日だったのかな。あの頃の『週刊ゴング』の締め切りが日曜日だったから覚えてるんですけど。それで急遽表紙がブロディに差し替わったんですよ。写真はモノクロ写真。ブロディの記事は1~2ページぐらいだったかなあ。ジミー鈴木通信員から事件の詳細を聞いて。だからニュースが流れた2日後にはブロディ表紙の『ゴング』が出てるんです。それを見たレスラーたちは「これ、いつ作ったの?」ってビックリしたという。
――ブロディがああいう亡くなり方をするとは思いました?
小佐野 刺されて死んだということにはビックリしたよね。ただ、ブロディが名うてのトラブルメーカーだったということは皆さんご存じのとおりで……。
――それなのか、レスラーや関係者たちがおもいのほかブロディに冷たい気もするんです。「まあ、そうなるよね」という声をよく聞くというか。
小佐野 あー、なるほどねぇ。ブロディのマスコミに対する態度と、プロモーターやレスラー仲間に対する態度は当然違ってきますよね。そしてブロディを刺したホセ・ゴンザレスというレスラーは、決して極悪非道な人間ではなかったわけですよ。プエルトリコ現地のトップレスラーであり、ブッカーなわけだから。ほかのレスラーからの信頼も厚いわけですよ。
――プエルトリコで活躍された新倉(史祐)さんいわく「ゴンザレスの立ち位置は昭和・新日本における山本小鉄さんみたいなもんだよ」と言ってましたね。
小佐野 ブロディの事件が起きるまでは繁栄しているマーケットだったから。ニュースを聞いた翌日に全日本プロレス事務所でカブキさんとかにも取材をしてたんですけど、「ブロディだったらありえるかも……」なんて話をしてるんですよね。
――起きてもおかしくはない事件という認識は当時からあったわけですね。
作/アカツキ
小佐野 新日本プロレスでもドタキャンを2回起こしてるわけですし。全日本を離脱した理由も自分の待遇に不満があってのことはみんなわかってた。新日本に電撃移籍前、ブロディ全日本最後の試合は本当に酷かったんですよ。場所は名古屋だったんですけど、メインはロード・ウォリアーズvs長州・キラー・カンのAWA世界タッグ。セミにブロディの6人タッグ。そこでリープフロッグの攻防にミスが起きて、それにキレたブロディは試合中なのに控室に帰っちゃいましたから。試合が続くけどブロディはいない(笑)。
――最終試合が職場放棄!(笑)。
小佐野 あと長州力にも酷いことやってましたから。両国国技館での試合中に長州さんの髪の毛を掴んで引きずり回してねぇ。
――うわあ……。
小佐野 全日本にジャパンプロレスがやってきて長州さんをトップに据えたことが相当気に入らなかったんですね。その不満を我々マスコミにも公言してましたからね。「なんであんなチビがトップなんだ?」と。
――日本人選手がトップに立つのは日本のマーケット的にはおかしいことではないですけど……。
小佐野 そこはブロディのプライドが許さなかったんでしょうね。「俺やジャンボ鶴田のように大きいレスラーがトップに立つべきなんだ」という哲学があったから。
――馬場さんもブロディの扱いには困ってたんですか?
小佐野 それまでの全日本は新日本を潰さんばかりの勢いだったんですよ。ジャパンプロレス勢、ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミスを新日本から引き抜いて。
――その報復として新日本がブロディを引き抜き返したわけですよね。
小佐野 ボクが書いたんじゃないんだけど、『週刊ゴング』に「ブロディを引き抜かれたのは馬場の落ち度ではないか」という記事が出ちゃったんですよ。それで馬場さんが「何が落ち度だ!」と怒っちゃって。当時は後楽園ホール2階の後楽園飯店の隣に喫茶店があったんですけど、試合前に馬場さんに呼ばれて「この記事はなんだ?」と。インタビューでというかたちでその反論を聞いたんですけど、馬場さんいわく「ブロディの離脱は全然痛手じゃない。ブロディは客が呼べるレスラーじゃなかった」と言うんです。
――馬場さんも言いますねぇ(笑)。
小佐野 たしかにハンセン&ブロディの超獣コンビは客が入るけど、ブロディひとりがエースのシリーズだと客入りが芳しくなかったのは事実なんですよ。新日本に抜かれる以前のブロディはいまいち盛り上がりに欠けるレスラーではあったんですね。
――一流のレスラーだったけど、“超一流”ではなかった。
小佐野 新日本に移籍してから“インテリジェンス・モンスター”、いわゆる知的な野獣キャラが開花しましたけど。それまではワウワウ吠えて派手なオーバーアクションをする大型レスラー。そこが日本のファンには鼻についていたんですね。ジャンボ鶴田のオーバーアクションが嫌われたのと同じですよ(笑)。あとハンセンのように闇雲に暴れるわけでもなかったですし、強いけど「なんか面白くないな」という。
――ハンセンの暴走とは違って、ブロディには計算が見えてしまったんでしょうね。
小佐野 そうそう。超獣と言いながら計算が仇になった。そこがのちには強力な武器になるんですけどね。プライドの高さは全日本の頃からありました。ハンセンが新日本から全日本に移籍するとき、最強タッグの優勝決定戦にサプライズ登場したじゃないですか。あのときもブロディのプライドを傷つけないように、ハンセンは事前にブロディに話は通してるんだもんね。ブロディは先輩。始めに言っておかないと、あとで面倒なことになってしまうから。
――それでもブロディは「なぜ馬場から話がないんだ!?」と怒ってたそうですね。
小佐野 やっぱりプライドが高かったんだろうなあ。最強タッグでマスカラスと揉めたりとか。福岡でハンセン&ブロディvsマスカラスブラザーズという試合があって……。
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