相撲、レスリング、柔道、空手……あらゆる格闘競技をバックホーンに持つ大男たちがプロレスを稼業としていたのは今や昔。プロレス文化の定着や団体の増加に伴い、誤解を恐れずに言えば誰もがリングで足を踏み入れられるジャンルとなった。かつてはその出自を明かすことがタブーとされていた「学生プロレス」からも各団体のトップレスラーたちを輩出している。
 この「学プロ」シリーズは、基本4年間という大学生活をその学生プロレスで明け暮れながら、卒業後のいまなおプロレスという表現に取り憑かれ、人生を捧げ続ける男たちを追ったものである。プロレスファンが高じてリングでスポットライトを浴びる彼らは「あなた」の姿でもあるのだ。

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今回、登場するのは大学在学中にドキュメンタリー映画『ガクセイプロレスラー 』の監督を努め、現在はDDT映像班、ガンバレ☆プロレスでは選手として活躍する今成夢人選手です。学プロという青春を送り、テレビ局に就職しながら1年目で退職を選んだ今成選手にとってのプロレスとは?(聞き手/橋本宗洋 文/さいちん)


『ガクセイプロレスラー垂直落下式学園生活』予告編(監督・撮影・編集・音響=今成夢人)
https://www.youtube.com/watch?v=j7PbE-Xz5Ns
 

インタビューサブテキスト
・ガンバレ☆プロレスと「ガクセイプロレスラー」



――今成さんは学生プロレスラーの青春を追ったドキュメンタリー『ガクセイプロレスラー 』を撮って、数多くの映画祭で受賞するなどして高い評価を受けましたよね。
今成 あの作品は多摩美術大学の卒業制作で撮ったんですよね。エロワード・ネゲロこと冨永(真一郎)くんが被写体だったんですけど、あの作品自体、卒業作品製作委員会との対立があって。
――えっ、何があったんですか?
今成 チンコを出すシーンが問題になったんですよ。それが理由で卒業作品制作委員会と「チンコを卒業制作展に流していいのか」というバカな闘いが勃発して(笑)。
――アハハハハハハ。
今成 こっちは「チンコ一つで芸術がどうのとか言ってるんじゃねえよ!」と怒ったんですよ(笑)。そんな感じで作品を提出した前期中間審査会でチンコが問題になってしまって、それをブラッシュアップして後期の審査会に出したんですけど。けっこうな騒ぎになってしまったから「夢ちゃんは卒業作品制作委員会に屈しないでチンコ出してくれるのか?」って男子側の期待感が高まってたんですよ(笑)。
――体制に屈するかどうかがチンコにかかってた、と(笑)。
今成 そうしたら「チンコがあった!! しかも勃起のシーンが鋭くなってる! やってくれたよ夢ちゃん!!」と大拍手で。
――ハハハハハハ。
今成 それはミッキー・ロークが『レスラー』で試合を終えて控室に戻ってほかのレスラーから拍手を浴びるワンシーンみたいだったんですけど(笑)。
――そんな今成さんがプロレスに興味を持ち始めたのは、年齢的に90年代末頃になりますよね。
今成 もともとプロレスは大好きだったんですけど、中学の野球部にいた先輩がアンダーシャツに「邪道」と書いてたりして。それで周りも巻き込んでったんですよね。
――超メジャーなジャンルじゃないからこそ、好きな人間が集まると余計に熱くなるっていう。
今成 プロレス好きってどうしても思想が過激になってくじゃないですか。一橋大学に「プロ研ファイト」というミニコミ誌があったんですけど、みんな頭がいいから深いことを書くんですよ。でも思想的に過激だからキチガイに見えるという(笑)。
――そうなっちゃいますよね。大学に入るときは学プロをやろうと決めていたんですか?
今成 進路を決めるときに美大に行ってみよう、と。高校生活がとにかく冴えなかったので美大に行けば人生の華が開けるかなんて安易なイメージで。
――漫画の『ハチミツとクローバー』的な感じですね。
今成 そうです。完全に『ハチクロ』的なイメージで入って(笑)。見学でムサビ(武蔵美術大学)に行ったら学プロのリングがあって、そこでアントーニオ本多vs長州ミキティという試合をやってたんです。あの試合が自分の人生を変えたというか。
――アントーニオ本多vs長州ミキティで(笑)。
今成 長州ミキティは華の女子大生であるにもかかわらず、学プロに青春を捧げてしまいアントーニオ本多と闘うという設定で。コスチュームは北斗晶がモチーフになってるんですね。そんときのアントンさんはムサビOBだったんですけど凄く痩せていて、動きが気持ち悪いくらいキレキレで。あらゆるムサビの展示物より芸術的だったんですよ(笑)。
――OBがもってっちゃう(笑)。
今成 それはもう一瞬にしてアントーニオ本多に心を奪われるような、普通のプロレスにはない動きをしていたんです。そのとき大学に入ったら同時にプロレスもできるという思考回路に変わったんです。結果的に二浪してしまったんですけど
――二浪するほどのインパクトがありましたか(笑)。
今成 あと一浪のときに、マッスル坂井さんがアントンさんをスカウトするきっかけになった伝説の試合を見てるんですよ。マン・ツィンポー(趙雲子龍)vs A.YAZAWA。その頃のアントンさんは矢沢永吉キャラになっていて。ショーン・マイケルズのスウィート・チン・ミュージックを出す前に自己陶酔をし出したら、実況が「出た~~!! 矢沢がバラードを歌う前の自己陶酔だああああ!」と叫ぶんですよ。
――ハハハハハ!
今成 当時のアントンさんは「永ちゃんとショーン・マイケルズが被って見えた」とかキチガイなことを言ってたんですけど(笑)。
――しかし、アントンさんの学生プロレスラーぶりも凄いですね。
今成 アントンさんは中央大を中退して映画監督になりたいということでムサビに来て。映像学科に入ったのにその才能がないと気づいてどんどんスティーブン・オースチンに陶酔していくという人生だったらしいですけど。ボクはそんなアントンさんの試合を観てますます学プロに情熱が出てきて。
――今成さんが多摩美に入ってからはどんな感じの学プロ生活だったんですか?
今成 基本ボクはフリーレスラーだったんですけど、一橋や東大の学プロがHWWAという団体をやっていたので、週2回、一橋大学の小平キャンパスの汚いマットで受け身を取ってましたね。たまにプロになったアントンさんが練習に来てたり。僕のデビュー戦があったときにこっそりアントンさんも試合に出てて。DDTでバリバリやってたときに内緒で出てたのかな? 美味しいところをかならず持っていくんですけど、いま振り返るとモテようとしてたのかなって(笑)。
――卒業以降も部活にしょっちゅう顔を出すOBみたいですね(笑)。
今成 たちの悪い感じではないんですよ。いい感じのOBでみんなアントンさんのことは好きなんで。興行もアントンさんがいると助かりますし。
――学プロOBといえば、新宿フェイスでSWSの30周年記念興行があったときに伝説の学プロレスラーのブランコ・オギーソさんが出てきましたけど、いまでも面白かったですね。
今成 一橋OBでいうと「のりピーマン」という方が小学館に勤めていて。たしか小林よしのりの担当をやってるんですね。
――オギーソさんもいまは某新聞社の管理職になっているようで。
今成 それで「管理職になってやることないからプロレスの新しい技を考えてる~!!」という実況もあるんです(笑)。
――今成さんの「金的桜ヶ丘」というリングネームはどういう経緯で付けられたんですか?
今成 明日デビューというときにリングネームが決まってなかったんですけど、聖蹟桜ヶ丘に住んでるという理由でキャベツ太郎という相当頭がおかしい先輩につけられたんです。その方は『週刊ゴング』原理主義者で(笑)。
――いいですねぇ、いいヤバさだ(笑)。
今成 一橋の新歓のときに平成維震軍の「覇」という旗を持って勧誘していたら右翼系サークルに間違われたことがあるんですけど(笑)。キャベツさんはそこに陣取っていた過激派なんです。その方に「金的桜ヶ丘で行くか」となって。リングネームもみんなストックしてるんですけど、ある先輩は「木村フエラ」というアイデアがあったりとか、基本シモネタ系の回路にはなってるんですね。
――なんというか学プロやってる大学生って突き抜け方が凄いですよね。
今成 僕の同期にソルト佐藤というやつがいてそいつもキチガイなんですよ。大学2年の頃から SWS(SWSガクセイプロレス)の練習にも参加し始めて。
――新日本プロレスの真壁(刀義)選手も出場していた団体ですね
今成 ソルト佐藤はSWSで週3回、一橋で2回も練習してる一橋生で(笑)。そいつが他団体に出たことで学プロの横のつながりができて。そのときに中心になって動いたのが「アーナルガ・シワクチャジャネーガー」で。
――「アーナルガ・シワクチャジャネーガー」が動きましたか(笑)。
今成 そいつが「学プロサミットをやろう!」ということで2008年3月に新宿フェイスで興行をやったら超満員になったんです。みんなチケットを手売りするんですよね。
――売れる選手・売れない選手って分かれるんですか?
今成 売れない子は3枚とかしか売れないんですけど、売る子は100枚近く売っちゃうんです。僕はまだその頃には友達がいたんで50枚は売れたんですど。あと『ガチ☆ボーイ』効果もあって。
――佐藤隆太主演の学プロを舞台にした映画ですね。
今成 その時期と被ったこともあって「学プロが来てる!」感が自分たちのあいだにはあったんですよね。
――それだけチケットが売れたってことは社会性や社交性があるんじゃないですか。売れる人はちゃんと学生生活が送れていたりとか。
今成 そうですねぇ。いわゆる冨永くんは売れない系ですね(笑)。彼は売れても10枚。定期的に営業成績がメールで来て、自分は最終的にそこそこ売れるんですけど。何かコンプレックスがある子ほど如実に売れないですね。
――もしくはプロレスが好き過ぎたりとか。
今成 どこの大学もそうだと思うんですけど、ほかのサークルへの対抗意識が強くて。一橋はやたらアカペラサークルに対抗意識を燃やしてましたね。「いったいなぜアカペラになんだろう?」って不思議だったんですけど。
――仮想敵がアカペラ!
今成 あと「クリムゾン」というアメフトのサークルとか。つまり学プロは学内ヒエラルキーのなかで最下層にいるんですよ。でも「俺たちこそが最高のショーを見せるんだ!」ってことでだんだんと思想が過激化していくんだと思います。
――そうなると孤立化して周囲に媚びなくなったり、交友関係が狭くなっていくんですかね?
今成 そういう方はいなかったですね。やっぱり学プロをやるくらいですから承認欲求がありますから。ヘタしたら「学プロでモテたい!」というやつもいましたし。学プロのパンフレットに「プロレスでモテる」という原稿を書いた人がいるんですよ。東大の流れ星ヒカルさん。モテ論がバーっと書いてあったんですけど、この文章を載っける時点でモテないよって(笑)。
――宇多丸さんのラジオでもおなじみのプロデューサー、橋本(吉史)さんも学プロ出身で。宇多丸さんが前に学プロを見に行って「あんなに面白いことをやってたら人気者なんじゃないの?」って聞いても「いや、そんなわけないんですよ!」と否定してましたね。
今成 モテるツールにできる人もいるんですよ。潮吹豪の三富(政行)くんとなんかはうまいですよね。ちゃんと身体も鍛えてるし。そうじゃなくて大半の選手はダラシない身体で悦に入るわけですから一般的にはモテないですよね(苦笑)。
――プロレスのカッコいいところを再現しようとする方は少数派なんですか?
今成 結局、実況解説も面白いところを拾うんですよ。冨永くんなんてお母さんが試合を見に来てるのに「エロワード・ネゲロの初体験は人妻だった~~!」とかバラされてるわけで(笑)。
――ハハハハハハ。
今成 そのあとお母さんに「あんた、私の友達じゃないわよね?」と疑われたりして。結局、実況・解説が実生活を面白おかしく言うからプライベートもクソもあったもんじゃないというか。でも、そうやって自分を売っていく強さはみんな持ってるんですよね。
――そこは芸人っぽいですね。
今成 まさしく芸人ですね。極端な話、就活でそこが武器になったりするんですよ。「学プロをやっていた」ことを徹底して面白がられますからね。潮吹なんかも学プロやってて面白がられたと思うんですよ。自分も就活のときは「美大で映像をやってます!」というところもアピールポイントではあったんですけど、学プロ一本に絞って。テレビ東京のエントリーシートにベルトを持ってる自分の写真をデカデカと載せましたから(笑)。
――みんなスーツ姿の中で(笑)。
今成 それくらいゴリ押ししたんですよ。それでだいたい一次の書類審査は通るんです。でも、二次のグループディスカッションで出しゃばって落とされるんですよ(笑)。きっかけとしてはいいんですけどね。
――そこのコミュニケーション能力は学プロで鍛えられてる感じですか?
今成 自分は別のサークルにも入っていたし、あと同級生に、ねむきゅんがいたり。
――「でんぱ組.inc」の夢眠ねむさんですね。
今成 夢眠ねむは自分のプロレス人生にものちのち影響してくるんですけど……。

<卒業、就職、退職、DDT入社編へ続く>



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