2013年の大会初観戦は、1.4新日本プロレス東京ドーム大会だった。これがもう本当に素晴らしかったのである。ダークマッチからメインイベントまで、一瞬も退屈しない。一つひとつの試合だけでなく、トータルなパッケージとしても抜群の出来。
 ここ数年、新規のファンを取り込みながら着実に巻き返してきた新日本プロレス。その熱気にターボをかけた存在が、昨年、凱旋帰国したレインメーカーことオカダ・カズチカと“外敵”である桜庭和志・柴田勝頼だろう。オカダは新風を吹き込むとともに新日本の陣容をさらにぶ厚いものにした。桜庭と柴田は“ケンカ”の緊張感をもたらした。
 1.4ドームでは柴田が真壁刀義と、桜庭が中邑真輔とシングルマッチ。この2試合でのファンの盛り上がりは他とは異質で、まさにケンカ腰だった。
 結果として、今回は柴田も桜庭も負けた。特に桜庭の敗戦にショックを受けている人は多いだろう。確かに、プロレスにおいても勝ち負けは大事だ。ただ、勝ち負けの意味は格闘技とは違うといったらおかしいかもしれないが、僕は桜庭の負けを受け入れることができた。ここ数年、DREAMで見てきた桜庭の姿のほうが、よほどせつなかった。
 中邑との試合で、桜庭はその魅力をかなり発揮していたと思う。向かい合っているだけで醸し出す緊張感。繰り出す技の説得力。僕が思わず声をあげたのはヒップスローを見せた場面だ。ガードポジションから相手の腕を巻き込み、上体を起こしながらバネをきかせてスイープする総合格闘技では定番の動きである。こういう場面がプロレスの試合で見られると嬉しいし、アームロックにしてもバックからの腕十字にしても、“必殺技”として見せることができるのは桜庭だからだと思う。
 最後は、そんな桜庭の打撃や関節技をしのぎにしのいだ中邑がボマイェで3カウントを取った。「あんなプロレス技で桜庭が負けるなんて」という見方もできるが、逆に言えばこの結末は、桜庭が格闘技でやってきたことをまったく傷つけていないともいえる。桜庭のサブミッションが完全に封じられたとか、寝技合戦の末に十字やチョークで中邑が勝ったというわけではないのだ。
 中邑はランドスライドという大技も久々に使った。上から落とすボマイェという“奥の手”まで出した。試合全体を見ると、はっきりと桜庭への尊敬が感じられたのだ。
 桜庭が新日本プロレスのリングで中邑に負けた。事実だけを文字にするとそうなるし、そこに“桜庭が食い物にされた”“桜庭が格闘技界でやってきたことが新日本のビジネスに使われた”というイメージを持つ人もいるかもしれない。でも、僕が実際に試合を見て感じたのはまったく逆のことだ。新日本のリングで桜庭がどれだけ尊敬されているか、大事にされているかが、負けてもなお感じられたのである。
 プロレスのリングに上がり、そこで負ける桜庭を見ること自体が嫌だという意見もあるだろう。“うまさ”ではなく“強さ”を見せてほしい、スポーツ・エンターテインメントとしてのプロレスの枠そのものをぶち壊すような危ない闘いを見せてほしい。そう考える人もいるだろう。
 それなら、普通に格闘技で頑張ればいいだけの話じゃないかという気もする。ただ、いまの格闘技界で桜庭にできることが少ないのも確かだ。MMAでの桜庭は、2010年から4連敗を喫している。それでも試合を続けるとしたら“ランクダウン”が必要になるんじゃないか。たとえば僕は、いま最前線で闘っている日本人ウェルター級ファイター、たとえば中村K太郎や白井祐矢との対戦が見てみたいと思ったりもする。
「桜庭がなんでそんなことやらなきゃいけないんだよ」と笑う人もいるかもしれない。でも、同じUインター出身の金原弘光はそれをやっている。そして勝ったり負けたりしながら最前線に踏みとどまっている。そんな金原を、僕は凄くかっこいいと思うのだ。
 とはいえ、まあ現実的にそういう試合を桜庭がやるのは無理かもしれない。じゃあ、ここ数年と同じように外国人と闘うのがいいんだろうか。特別扱いの中で勝ったり負けたり。だけどそれこそが、桜庭の過去の栄光を食いつぶすことにはならないだろうか。じゃあ引退して業界の“象徴”に……って、それは本人の納得なしで決められることじゃない。
 桜庭はまだ闘いたいんだろうと思う。そして、いま最も闘いがいがある場所は、新日本プロレスなんだろうとも思う。そこでは、桜庭は食い潰されるどころか、持っている技術を存分に活かしながら観客を熱くさせている。尊敬を受けながらボマイェで負ける桜庭と、ヤン・カブラルに負けたりホイス・グレイシーとアメリカで再戦する桜庭のどっちがせつないかといったら、僕には後者なのだ。
 いや、わざわざそう言わなくても、これからの桜庭が楽しみなのである。次は誰と闘うのか、どう巻き返すのか。ファイトスタイルはどう変わり、どう変わらないのか。舞台はプロレスになったけれど、桜庭にワクワクできることが嬉しい。(橋本宗洋)