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血の匂いが漂った平本蓮戦を制した萩原京平インタビュー。「アウトサイダーに出なくてよかった」と語る地下格闘技のこだわりとは?13000字インタビュー!(聞き手/松下ミワ)



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――いきなりですけど、萩原選手ってSNSが苦手なんですか?

萩原 ああ、あんまりやらないですね。実際に会ったときの印象と違うことありません?

――
たしかに、そういうパターンもあるような。

萩原
 昔SNSで知り合った人と実際に対面したときに、その人の印象に悪い意味でのギャップがあったんですよ。逆にそういうふうに思われるのがイヤやなと思って、あんまりツイッターもやらないようになりましたね。

――
とくに炎上がイヤだからという理由ではない、と。

萩原
 炎上はどうでもいいですけど、SNS上だけで騒いでいるヤツもいてるじゃないですか。実際にしゃべってみたら全然そういう人じゃないというパターンが自分の中では“ダサい人”と思てるんで。

――
言葉だけ威勢がいいタイプがイヤなんですね。

萩原
 自分の中ではそういうダサいヤツになりたくないので、あんまりつぶやかへんというのはありますけど、でも見てるのは見てますよ。ファンの人からもらったメッセージも、一応は全部目を通しているんで。返事してはないですけどね(笑)。

――
となると、最近は萩原選手の名前がSNS上に頻繁に上がってきていることも、ちゃんと知っているわけですね。

萩原
 それは感じます。メッセージの量も、とくに大晦日が終わったあとは1日何十件も来てるんで。うれしいし、モチベーションにもなるんですけど「この騒ぎはいつ収まるやろ?」と(苦笑)。

――まだ祭りは終わってないですか(笑)。

萩原
 まあでも、こんだけ鳴り止まんくなったのは、やっぱり大晦日からですね。

――
日常生活でも、知名度アップを感じることはありますか?

萩原
 むちゃくちゃありますよ。家の近所のイオンで買い物しとっても声をかけられるようになったし、ドライブスルーしとっても店員さんに声をかけられたりするんでねえ。

――
ドライブスルーでスルーしてくれない(笑)。

萩原
 だから、ホンマに日常生活から気ぃつけなあかんなと思てます(苦笑)。

――その大晦日の平本蓮戦は、宣言どおりの試合内容でした。

萩原 試合が決まったときからあの作戦やったんで、記者会見のときから「俺はこういう戦い方をする」と教えてましたもんね。それも込みで「ちゃんとテイクダウンディフェンスとか練習しとけよ」と言っとったんですけど。

――それが本当にハマって自分でも気持ちがいい試合展開だったというか。

萩原 全部ハマったっすよね。ただひとつ予想外だったのは、めちゃくちゃ疲れるという(苦笑)。

――
やっぱり、自分から寝技を仕掛けるのは疲れましたか。

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萩原
 普段は自分からテイクダウン取りに行ったりはしないんでね。でも、今回はレスラーのしんどさがわかりましたよ。とくに、自分からしつこく組みに行くのは今回が初めてやったんで、いろいろ勉強になりました。試合が終わったあと、控室でもしばらく動けなかったですもん(笑)。

――
そんなに! ただ、平本選手の打撃はプレッシャーもありましたよね?

萩原
 うーん、プレッシャーはそんなに感じひんかったんですけど、たしかに試合映像を見返すと「うまいな」と。反応できてないパンチもあったし、やっぱり平本くんの打撃は凄いなと思いましたね。

――
具体的には、どのへんが凄かったですか?

萩原
 まず、1ラウンド目のファーストコンタクトで、ボクが右を振りにいったときに、ボクは「タックルするぞ」という目線で振りにいったつもりやったんですけど、それにまさかのワンツー合わせてきたところです。ファーストコンタクトでカウンターを合わせてくるヤツってなかなかいてないんで。そこはホンマに凄いと思いました。

――
序盤にいきなりその凄さを感じた、と。

萩原
 ボク、けっこう試合のファーストコンタクトは大事やと思てるほうで、そこで威圧をかけて飲み込んでもうたら自分の流れに持っていきやすいというのがあるんですよ。だから、それを狙って「平本くんも絶対に返してこないやろ」と思って振りにいったんですけど、そこを返されましたね。

――
途中、萩原選手が足を取りにいったように見えたシーンがありましたが、あれじつはフラッシュダウンだったというお話をされていましたよね?

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萩原
 まあフラッシュダウンというほどでもないんですけどねえ。ボクがタックルに行こうとして頭を下げたときに、向こうのジャブが当たったんで、そこでバランス崩して倒れてしまったというか。まあ、パンチをもらって倒れてるんでフラッシュダウンになんのかなあ?

――
でも、寝技の展開には自信があって。

萩原
 最近は、寝技の練習が7割ぐらいになってますから。ただ、寝技もガッツリやり始めたのは芦田崇宏戦が終わってからなんですけどね。

――え! それまでは、全然やってなかったということですか?

萩原
 全然というか、テイクダウンディフェンスの寝技だけでした。だから、こっちから仕掛けにいったりという寝技はまったくしてなかったですね。それをやり始めたのは、まさに芦田戦からで。

――
芦田戦と言ったって、去年の9月ですよ(笑)。

萩原
 そうそう(笑)。連戦しすぎて、もう芦田戦が何年も前みたいな感じになってますよ。

――
それまでやらなかったのはなぜなんですか?

萩原
 必要ないというか、MMAでも寝技を使わずに打撃だけで戦うのがカッコいいと思てたんで。逆に、MMAやりはじめの頃は寝技の練習がめちゃくちゃキライで、「なんで男と抱き合わないかんねん……」と思てるタイプやったんですよ。でも、岩崎(正寛)さんと出会ってからは考えが変わったというか。

――萩原選手は柔術家の岩崎正寛さんに寝技を教わっているんですよね。

萩原
 まあ寝技も奥が深いし、一本極められるストライカーはカッコいいと思うようになって、そっから柔術も真剣にやるようになりました。

――
いろんな人との出会いがあって、カッコよさの基準もどんどん変わってきている、と。いまってUFCでもテイクダウンを切って倒す展開が多いですが、以前はそこを目指していた感じだったんですか?

萩原
 最初はそうです。もともとは地下格闘技出身なんで、地下格は寝技がないんでね。

――
あ、寝技はないんですか?

萩原
 ないっすよ(笑)。寝技の展開は一応あるんですけど、バーっともつれて寝技の展開になっても、5秒たったらブレイクなんで。

――
5秒ブレイク! じゃあ、ルールとして寝技はナシというか。

萩原
 「ひたすら殴り合え!」みたいな大会なんでね。そういう場所でやってきたから、MMAのアマチュア大会に出た頃は、「なんでコイツ、こんな抱きついてくんねん。気持ち悪いわ」と思てたんです。だから、芦田戦も組まれても倒されへん自信はあったんですけど、あの試合で負けてからいろいろ勉強にもなったし、考え方だいぶ変わりましたね。

――
それは、寝技もやらないと勝てないという考え方に?

萩原 MMAなんでね(笑)。まあ、ナメてたと思います。ストライカーは絶対に通る道というか。だから、平本くんもボクとの対戦は「打撃で」という考えやったかもしれないんですけど、それはボクがMMA始めた頃と似ていると思っていて。気持ちがわかるじゃないですけど、そんな簡単にレスリングも寝技も上達できないとわかってたんで、平本戦は100パーセント勝てると思てたんですよね。

――
一歩先を進んでいたからこそ、わかっていた。

萩原
 MMAのストライカーで柔術をちゃんとやっている人も少ないですもんね。海外のUFCファイターとかはみんなちゃんと柔術もやってるんで、そこをやっておかないと海外では戦われへんなと思てます。ゆくゆくは組んでくるヤツには極める、そういう戦い方をしたいですから。

――そういう意味では、RIZIN参戦以降、かなり成長に手応えがある感じなんですね。

萩原
 めちゃくちゃ感じてます。半年前の自分とは別人なんでね。自分でもそれを実感できているんで、楽しくなってきているというか。いろんなことを覚えたいですね。

――
いいですねえ。でも、萩原選手のキャリアってあんまりよく知られてないですよね。もちろん、地下格闘技出身であることは知っているんですけど。

萩原
 ああ、地下格も一応公式戦績みたいなので20戦ぐらいしていると書いてあるんですけど、ホンマはもっと試合してますからね。1ヵ月間、毎週日曜日に試合しとった時期もあったんで。

――
毎週日曜日に試合ですか!

萩原
 その試合も2日前のオファーとか、めちゃくちゃあったんで。バンバン試合に呼んでもらって、日本全国いろんなところに行ってましたから。

――
え、日本全国なんですか?

萩原
 行ってます、行ってます。九州にも行ったし、東京にも来てるし。10代の頃はそんな感じでした。

――それって、いわゆる地下格ブームの頃の話ですかね?

萩原
 いや、たぶんそれは第1次ブームの話ですよね?

――
地下格ブームに第1次とかあるんですね(笑)。

萩原
 フフフフ、あるんですよ。ボクが憧れてた地下格はほんまに練習もせんと、喧嘩自慢がガーっと上がってきてた時期なんですけど、ボクが試合をしていた頃の地下格はけっこう練習して上がってきているヤツもおった頃なんで。

――
そのブームって、『THE OUTSIDER』に牽引されていた感じだったんですかね?

萩原
 違いますね。というか、『THE OUTSIDER』はボクの中で地下格とは思ってないので。あれはもう完全にセミプロでしょ。

――
地下格出身者からすると、『THE OUTSIDER』はセミプロ!

萩原
 地下格というのは、たとえば『益荒男』(ますらお)とか。『益荒男』はボクも出てたヤツなんですけどね。ボクは『益荒男』のトーナメントにも出たりしたんですけど、「次は決勝戦や」というときに、ちょっといろいろ問題があって、ボクらは『益荒男』から出入り禁止になりました(笑)。

――
詳しくは聞かないようにします(笑)。

萩原
 あとは、KRUNCHというのも地下格ですね。でも、KRUNCHは主催者が逮捕されたんですよね。これ「地下格あるある」なんですけど(笑)。

――RGさんが絶対に言わなそうな「あるある」ですよ(笑)。

萩原
 主催者が逮捕されて大会がなくなるというのは、ようあるんです。ちなみに自分は悪いことはやってないですよ(笑)。

――
安心しました(笑)。でも、そういう世界に、萩原選手はどういうきっかけで入っていったんですか?

萩原
 初めて触れたのは中学生ですかね。当時、ボクの実家の近所に格闘技のジムができたんですよ。そのジムが24時間無料開放されているジムで、倉庫みたいな感じの場所なんですけど、リングもシャワーもあって。

――
24時間無料開放ジム……。なかなか凄そうな場所ですねえ。

萩原
 考えられへんでしょ?(笑)。地下格系の人しかいてないジムなんですけど、設備はめちゃくちゃよかったんですよ。ボクらは中学生ぐらいでしたけど、そんなん夜中まで開いてるジムがあったら「行こうか」となるじゃないですか。だからよう集まって、スパーリングトーナメントしたりとか。

――
勝手にトーナメントを開催していた(笑)。<13000字インタビューはまだまだ続く>
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