UFC日本大会の煽り番組としてBS朝日で放送された『誇り、帰還』は、煽りVアーティストの佐藤大輔が制作したことで大きな話題を呼んだ。UFCを運営するズッファが権利を所持するPRIDEの試合映像を佐藤大輔が構成し、そこに立木文彦のナレーションがかぶさる。もう実現することはないと思われていた組み合わせだ。放送後、UFC日本大会のチケットの売れ行きが伸びたことから、日本におけるPRIDE神話、煽りVの神通力をあらためて思い知らされた瞬間でもあった。
そんな佐藤大輔氏から「評論家の速水健朗氏に会えないか」という連絡が入った。速水氏はショッピングモール論や若者論、『ラーメンと愛国』などの著者で知られた若手論客であり、『Dropkick』でも何度かインタビューで登場。佐藤大輔氏の煽りVにも言及しており、今回は対談というかたちで煽りVという表現の行方、有効性について語り合っていただいた。(聞き手/ジャン斉藤)
佐藤 はじめまして! 佐藤大輔です。
速水 こちらこそ。ボクは“煽りV至上主義者”ですからこうしてお話ができるのは光栄ですよ。
佐藤 それは嬉しいなあ。いちおう言っておくとKAMINOGEからやって来ました!
─よくわからない前ふりですね。
佐藤 (無視して)今日は速水さんにいろいろとお聞きしたかったんですよ。ここ最近、若手論壇というんですかね、そっちのほうに興味を持っちゃって。東(浩紀)さんと宇野(常寛)さんの確執とか(笑)。
速水 ああ、いきなりそこなんですね(笑)。ボクはどっちとも仲はいいんですけど、あそこの関係はシュートボクセとヴァンダレイ・シウバみたいなもんなのかな(笑)。
─なるほど、だからよけいにややこしいんですね(笑)。
速水 宇野くんって、古いものはすべて刷新しろというイデオロギーの人間なので、古い人間がいると「旧世代は打倒すべきである!!」「オレはこいつを倒す!」というモチベーションが生まれちゃうんですよ。
佐藤 宇野さんって常に好戦的ですよね。
速水 さすが、佐藤大輔。論壇みたいな小さな場所が、抗争の継続によって場が形成されているという構造に目を付けている?
佐藤 皆さん、ああいう論争は狭い争いだって言うんですけど、見てるほうからするとなんだかんだで面白いっていう。その批判に正当性があるのかはともかく師弟の争いは刺激的で……そういえば、この人も師匠とケンカしてて(聞き手の斉藤を指差して)。
─え? ボクは恐れ多くて雀鬼(桜井章一)にケンカを売れないですよ……。
佐藤 いやいや、山口(日昇)さんのほうですよ。
速水 そうか、ジャンさんは師匠がふたりいるのか(笑)。
─あぁ……一応師弟になるんですねぇ(無表情で)。
佐藤 まあ、ジャン斉藤はいろんな人と仲が悪いからね。俺も他人のことは言えないんですけど。
速水 そこはボクと正反対ですね。僕は、全方位外交というか、誰ともぶつからないんで、むしろ面白がられないんですけど。
─しかし、大輔さんが若い論壇系に興味があるというのは意外でしたね。
佐藤 ボクは典型的な“意識高い系という病”ですから(笑)。なんか頭がよさそうな方の影響は受けますよ。
─旧DREAM末期の煽りVも、先ほど名前が挙がった宇野さん著書『リトル・ピープルの時代』に影響を受けたんですよね。以前やった『Dropkick』のインタビューで速水さんが指摘されていましたが。
佐藤 『リトル・ピープルの時代』はズバッときましたね。
速水 ボクもDREAMの煽りVの映像を見ながら「これは既視感があるぞ!」と。佐藤大輔は『リトル・ピープルの時代』までチェックしてるのかって驚きました。
佐藤 そこは誰も気づきませんでしたね、速水さん以外。あの映像は単にテキストの羅列なんですけど、時代状況がぴったりハマったっていう。格闘技って“遅れてきたバブル”なんですよね。格闘技におけるゼロ年代が日本の90年代だった。
速水 あの佐藤大輔に影響を与えたことにボクは凄く嫉妬したんですよ。でも、宇野くんは格闘技にまったく興味がないから、そのことを伝えてもなんのことがわかってなくて(笑)。
佐藤 宇野さん、面白そうな人だなと思いますね。
速水 佐藤大輔って言ってもわからないんですよ。でも、僕が宇野くんとうまくやれているのって、趣味がほぼかぶらないからなんですよ。彼は仮面ライダーやアイドルが好き。僕は仕事では語らないですけど、趣味と言えば、海外サッカーを見るくらいしかない。
佐藤 ボクもサッカー大好きです。中学はサッカー部なんですけど、慶應義塾大学のときはボート部で。
速水 ボート部! 体育会系というか、むしろ箱根駅伝よりも上層の日本の学閥会の上のほうですね。
佐藤 大学時代はオックスフォード、ケンブリッジとやり合うみたいな。そのあとボートで大成する人間はあまりいないんですけど。
速水 そうでしょう。まさにフィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』のハーバードのエリート双子兄弟みたいなもので、そこから日本の上級の企業社会に組み込まれるわけでしょ。
佐藤 超エリートコースじゃないですかね。へんな話、就職のときはどこの企業でも行けるんです。選び放題。世の中にはそういうとこあるんですよ。いまや中小企業の社長やってますけど(笑)。
速水 でも、フジテレビを選んだわけですよね。
佐藤 フジテレビは別枠なんですよね。オーディションなんですよね、一発芸みたいなもんで。
速水 最初から映像をやりたかったんですか?
佐藤 まったく興味なかったです(笑)。フジテレビだとモテそうっていう。
速水 世間では就職氷河期が始まってる頃なんですけど、まったく関係なさそうですね(笑)。メディア企業への就職なんて宝くじに当たるようなものなのに、フジテレビなんてさらにくじを引ける人すら選別されるような世界ですよ。
佐藤 当選してる宝くじをあちらからいただいた感覚だったと思いますね。だから、ありがたみがあんまりなかったんだと思うんですよ。憧れがあって入っていれば、簡単に辞めたりはしないっていう。
─でも、あのままPRIDEが続くとは100パーセント思ってなかったんじゃないですか?
佐藤 まあね……。なんなんでしょうね。ボクはチームプレイが苦手なんですよ。ボートでも一番前で漕ぐタイプだったんですね。要するに誰にも合わさなくていいっていう。「おまえらついてこいよ!! オレのコンディション次第だけど」みたいな。フジテレビに行ってもチームプレイをやってる感じがまったくしなかったんですよ。要は友達がほしくてやめたのかな。
速水 個々でやってるんだけど、仲間に呼ばれたときだけ身を粉にして闘ってしまうみたいな、ONE─PEACEっぽい感じ?
佐藤 そうそう、そういうとこですね。まあいまのところ楽しすぎる人生なんですけどね。
速水 でも、結果的に煽りVという21世紀のメディア史に残る、人間の心を扇動する最大の発明が生まれたわけですから。
佐藤 いま凄く褒められましたね!(笑)。
速水 「煽りVって何なんだろう?」ってことを考えてみたんですよ。まず、20世紀にPAとBGMが発明されました。つまり、ヒトラーが演説する前座にワグナーをかけたんですよね。
佐藤 ゲッペルスシステム。超恐ろしい響きですね。
速水 何万人も集まっている会場全体に届くように音楽を流して、ヒトラーがしゃべる。それだけのことに人は扇動されたんですよ。
佐藤 そのエピソードを聞くだけで鳥肌が立ちますね。
速水 煽りVって、基本的にこの延長線上にある発明なんです。ゲッベルスも、映画にはすごく興味を持っていたんだけど、煽りVは作れなかった。なぜなら、大ビジョンがなかった。いまはジャニーズのスタジアムコンサートで普通に導入されているような大ビジョンが、コンサートであたりまえに使われるようになるのって、せいぜい、2000年前後ですよね。その発展の歴史は、ほぼPRIDEの歴史とかぶるんですよね。煽りVというのは、もちろん佐藤さんがイチから作ったわけではなく、もともと映画の宣伝映像なんかを始めとした、いろんなフォーマットに則ってるんだと思うんですけど。スタジアム、大ビジョン、格闘技みたいなものと組み合わせて、佐藤大輔システム=煽りV完成させたんだと思います。もちろん、PRIDEって、そこにあのテーマ曲や試合のクオリティー、ナレーターの個性みたいないろんな才能が奇跡的に組み合わされた総合芸術だったんですけど、煽りV単体として考えてみても、その意義を考えることはできると思うんです。現に、PRIDEが崩壊して選手の力だけで引っ張っていくことができなくなったとき何が残ったかというと、煽りVの強さだったように僕は感じました。そのシステムがどんどんといろんなところに拡散していって、ガチ相撲とかテレビ番組でも同じようなことをやり始めたじゃないですか。
佐藤 ももいろクローバーZもパクってますね。
速水 『ほこ×たて』も佐藤大輔フォーマットですよ。あの煽りVさえあれば中味はなんでもいいんです。金属が硬いとか、大半の人間にとってそんなのどうでもいいじゃないですか。でも、「やれんのか」とか「60億分の1」とか「アーリア人種が偉い」とか煽られると、人は冷静になれなくなるんです(笑)。
佐藤 結果、内容はしょぼかったりしますからね(笑)。
速水 だから極端な話、PRIDEもヒョードルやノゲイラがいなくてもかまわなかったんじゃないかという仮説が成り立つと思うんです。あの煽りVこそがPRIDEの本質であって、極端なことを言えば、僕らが本当にあのときに興奮していたのは、ヒョードルの強烈なフックではなく、「60億分の1」というコピーと、早回しで雲が流れる映像だったのかもしれない。、PRIDEって選手がしょぼくても成立していたんじゃないかって。
佐藤 そこはちょっと異論ありますね。ボクは作ってるときは当然“男惚れ”感覚で全部行くんですよ。そこは完全なファン目線。そこは純粋だったと思いますよ。
速水 ゲッベルスもヒトラーに関しては純粋だったと思いますよ(笑)。なので、ボクが煽りVがBGMやPAに並ぶ発明だと言ったのは、いまUFCがアメリカであれだけ盛り上がってるのに日本でイマイチなのは……。
佐藤 経験しちゃってるからですね、PRIDEのパッケージを。
速水 そうなんですよ。当然PRIDEもファイターたちのコンテンツ力もありましたけど、でもそこが強くなくても煽りVがあったからPRIDEは楽しめただろうな、と。それくらい煽りVの発明自体、考えるに値することだと思っていて。だから今回の対談では煽りVとはなんぞやということを掘り下げて考えてみたかったんです。それこそヒトラーとの比較レベルから。
佐藤 それはもしかしたら煽りVが民主党を勝たせた可能性もあるということですか?(笑)。
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Dropkick編集部
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