レスリングオリンピック代表からプロレスに転向、新日本プロレス、ジャパンプロレス、全日本プロレス、SWS、SPWF、PRIDE出場……流浪のプロレス人生を送ってきた谷津嘉章がすべてを語るインタビュー連載の第3回! 今回はSWS崩壊の裏側を振り返ります!
<谷津嘉章インタビューシリーズ>
デビュー編「ガチだったら楽だけど、そうじゃないから」
http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1119227
80年代編「昭和・新日本のプロレスは早漏なんですよ」
http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1140634
谷津 SWSには道場激、パライストラ、レボリューションの3つの部屋があったでしょ。この部屋別制度というアイデア自体はよかったんですよね。でも、結局は内部分裂の要因になっちゃったんですよね。なぜかといったら新日本のイデオロギー、全日本のイデオロギーがひとつの団体にあるわけですから、まとまるわけがないんですよ。
――道場激、パライストラが新日本、レボリューションが全日本という。
谷津 道場激はハイブリッドですよね、どっちつかず。その部屋別制度がリング以外のバトルに繋がっていったんですよ。アングル的にはいいんだけど、マッチメイクの問題が出てくる。だってプロレスはガチじゃないから。誰が取ってね、誰が取られるのかを決めなきゃならない。
――部屋制度が派閥化したことで、マッチメイクをこじれにこじれちゃったという。
谷津 俺は部屋制度という既存のシステムができあがったあとにSWSに入ったんですよ。最初から入っていれば、こんなことになってないかもしれないんだけど。
――まさか部屋制度が崩壊のきっかけになるとは思わなかったでしょうね。
谷津 それでね、田中八郎というオーナーはプロレスに関しては素人だったんですよ。
――じつはプロレスの仕組みがわかってなかったそうですね。
谷津 そう。プロレスがやってることがすべてガチだと思ってたんですよ。それを若松さん、桜田さんは「先になんで言わなかったの?」って思うんですよ。
――間近で見ていて気づかないもんなんですね。
谷津 最初から「プロレスはこういうものですよ」って説明しておけば「な〜んだ!」みたいなことにはなんなかった。金持ちがファンの延長でやったようなもんですよね。あの頃はバブルだったから、株で相当なあぶく銭ができてね。100億円近く儲けたって聞いたかな。税金を払うんだったらってことでプロレスに使ってしまえと。税金対策としてはよかったんですよ。それに息子もプロレスファンだったから。
――息子さんのためにSWSを作ったという話もありますね。
谷津 これはあとで聞いたんだけど、あの頃はF-1が流行ってたんですね。Fー1のベネトンにお金を出すという話もあったのかな。
――息子さんはF-1が好きだったんですよね。プロレスにF-1、どっちも息子さんの趣味だった(笑)。
谷津 金が湯水のようにあるんだから。銀行にキャピタルゲインのお金は置けないじゃないですか。
――ああ、だから常にバッグに札束を持ってたんですか。
谷津 そういうことなんです。10万なんてポンポン出てくるもんね。
――札束を誰彼かまわず配るのって経理的に危ないですよね、よく考えたら。
谷津 話を戻すと、俺はアントニオ猪木にスカウトされて新日本に入ったでしょ。その次は長州力と同じアマレス出身だからってことで維新軍に入るというアングルになった。そのあとはジャパンプロレスで全日本に行った。俺はオールマイティなんですよ。新日本も全日本もどっちも行ってる。
――新日本にも全日本にも通じている。
谷津 年齢からしても選手会長をやらされるんじゃないかって思っていたら案の定で。SWSのときは新日本と全日本の選手は話もしなくてね。仲介役は俺なんですよ。「ジョージ、そんなことを言うなよ。もうちょっと仲良くやろう」「天龍さん、ジョージのことを中に入れてあげてよ」って。そんなことばっかやってるの、俺。
――そんな谷津さんが突然SWS退団、引退を表明したことでSWSの派閥争いが表面化。崩壊の道を突っ走ることになりますよね。
谷津 なんで俺がそんな行動に出たのか。田中八郎が「なんでプロレスにこんなにお金を払わないといけないんですか!?」ってなっちゃったんですよ。
――それはプロレスの仕組みを知ったこともあるんですか?
谷津 これは言いますよ。荒川真が言っちゃったんですよ!
――あ、やっぱり荒川さんが!!(笑)。
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