FMW女子部の一期生として団体旗揚げから活躍してきたシャーク土屋インタビュー後編!! 悪の限りを尽くした猛毒ヒールレスラーが病魔に襲われ二重人格化、右ヒザ下切断、乳癌……壮絶闘病生活を語った!(聞き手/小野仁)
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――FMWの歴史の中で、95年5月5日の大仁田厚引退はターニングポイントとなりましたが、その日を迎えるまでと、それ以後とでは、やはり大きな違いを感じましたか?
土屋 いや、自分の中では全然変わらない。変わったのは、新しく男子のトップに立つべきハヤブサとかじゃないの。自分の中で変わったのは、工藤めぐみの引退だけだった。そのほかは全然変わらない。
――そうですか。ただ、大仁田引退ツアーの1年間は各地で盛況続きだったのに、急激に客足が落ちたといった印象は……。
土屋 そういうの気にしてないからね。ホントに初期の頃は「ああ、レスラーのほうが多いじゃん」ぐらいの(客席の)まばらさだったけど、ある程度入るようになって以降は客入りなんて考えず、「土屋、帰れ!」って言われて「オマエらが帰れ!」って言い返すぐらいだからね。
――とはいえ、旗揚げからのメンバーとして、川崎球場に初進出で3万人以上の大観衆を動員したときなどは、さすがに感慨深かったのではありませんか?
土屋 「ああ、すげぇところでやるんだな。後ろの人、見えんのかな?」ぐらいしか思ってない(笑)。そういう感覚なんだよね。だから、ほかの選手は「わぁ、緊張する」とか言ってても、自分は大会場だから緊張するとかもないし。テリー・ファンクのセコンドに付いてたときに、あのテーマ曲(「スピニング・トー・ホールド」)が川崎球場に鳴り響いて「うわっ、カッコいい~!」って思ったことはあるけど(笑)。
――そこには興奮するんですね(笑)。
土屋 緊張とかじゃなくて、その状況を楽しんでたね。これだけ大勢の観客の前でこんなことやったら面白いだろうなとか、自分のあとに出る人たちの試合をどこで見ようかとか、そうやって楽しみを求めるんだよね。ヨソの団体から来てる選手が自分らヒール側の控え室じゃないときはどうやって会おうかとかさ。小橋健太が来たときも川崎球場の中をウロチョロして「小橋健太、み~っけ!」って(笑)。一緒に写真撮ってもらったよ。
――楽しんでたんですね(笑)。
土屋 人生、楽しまなきゃ損ってタイプだから、そのときそのときをずっと楽しんでる。何をして自分が楽しもうかなって、それだけを考えてる。緊張するだけ損(笑)。横浜アリーナの工藤めぐみの引退のときだけは緊張したけど。
――やはり、大役を務める責任を感じて……。
土屋 責任っていうんじゃないけど、本当のメインっていうのがあったし、工藤めぐみがプロレスをやめてしまうんだっていう不安もあったんだろうね。それで緊張したのかもしれない。
――土屋さんにとって、工藤さんの引退は、あまりにも大きいものだったわけですよね。
土屋 それは大きいよ。大きすぎるね。ほぼ毎日当たってる人がいなくなるんだもん。その1年前に(コンバット)豊田さんが引退なさったとき、工藤めぐみが「先にやめるのってズルイよ。残された者の気持ちがわかる?」ってインタビューで言ってたの。その言葉、まんま返してやるよ!って(笑)。オマエ、どうしてくれんだよ、このシャーク土屋を!?っていう気持ちはあったよ。
――大ヒールになったシャーク土屋としては、絶対的なベビーフェースの工藤さんに去られては、張り合いがなくなってしまったんですね。
土屋 もう野放し状態だよね。で、のさばったけど、面白い相手がいなかったの。仲間として組んで面白い人たちはいたけど、面白い相手がいなかったから、ヘッドハンターズと組んで冬木軍(冬木弘道&邪道&外道)と闘ったりして。
――ライオネス飛鳥さんやイーグル沢井さんと共闘してヒールユニットの集合体・平成栽恐猛毒GUREN隊を結成するなど、外へ外へと活動の場を広げていきましたよね。
土屋 FMWのリングが面白くなくなってさ。それはやっぱり、相手がいなかったからだろうね。(FMW所属の)男子レスラーと闘うったって、みんな後輩だしさ。中山(香里)イジメんのも飽きたでしょ。だったら、敵のいるところに行こうとか、もっと面白いことができるところに行こうとか、バカにできる相手を探しに行こうとか。面白い面白いと思える方向に行こうと思ってたの。工藤さんが引退した時点で、切り替わってるよね。本当に倒さなきゃいけない相手がいなくなっちゃったから。
――全日本女子を退団したアジャ・コング選手が、中山選手を助けるかたちでFMWマットに参戦しましたが……。
土屋 ああ、そうだったね。何回か当たってるよね。
――シングルで2回対戦して、1勝1敗のイーブンに終わっていますね。
土屋 そうだったっけ? あんまり憶えてないけど。それでも違ったってことだよね、記憶に薄いのは。私の中で違ったんだろうね。もうちょっと面白いこと、もうちょっと面白いことって、考えがひらめかないから面白くなくなったの。次に次にいかないの。工藤めぐみの場合は「次、これやってやろう、あれやってやろう」って、いろいろアイデアが湧くわけよ。後楽園でベビーの控え室行ってさ、工藤めぐみのブラジャーとか全部、廊下にほっぽってやったりさ(笑)。
――まさになんでもあり!(笑)。
土屋 いろんなことやってるよ。ベビーのバスに大仁田厚と工藤めぐみのイラストが描いてあったでしょ。こっそり工藤めぐみの顔にヒゲを描いてやろうと思ったけど、「それはやめてくれ!」って会社に止められた(笑)。
――さすがにマズイですよ!(笑)。
土屋 ウチら、お笑いもけっこうやってたからねぇ。顔を真っ白に塗っておちょぼ口のメイクで頭からタオルかぶって出て行って、工藤さんや豊田さんが入場してきても客席を向いてて。まぁ観客は「あれ? なんか変なメイクじゃないか!?」って気づいてザワザワしてんだけど、そのままコールを受けて「工藤めぐみ~」って相手のコールが終わった瞬間に振り返るっていう。
――ハハハハハハ! 工藤さんはどんな反応を?
土屋 工藤さんも豊田さんも笑っちゃって、もう試合どころじゃなくなるんだけど(笑)。記者やカメラマンが1人も来てないときにそんなことをやってたんだよね。
――ああ、ちゃんと状況を見計らってたんですね。
土屋 あったりまえだよ!
――だから誰にも知られてなかったんですね(笑)。
土屋 しょっちゅう、そんなのをやってたんだよ、じつはね。
この続きと、フミ斎藤や金原弘光が語る『1984年のUWF』、シャーク土屋・後編、KINGレイナ、鈴木みのると全日本イズム、「チキン諏訪魔騒動」とは何か……など20本以上の記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ
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