3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島原発事故。その後メディアや経済団体の復興計画には「バラマキをやめて日本も『強い農業』にかえていかないといけない」「東北の農業再生計画には『強い農業』を」というの言葉が並ぶ。
「日本の農業の現場を知らないで、無責任な話はやめてほしい」(あとがきより)
 飯舘村をはじめ被災地を飛び回った山田正彦前農水相が「『農政』大転換」を執筆、震災後の日本農業の方向性やTPP問題、今後の政局についてインタビューで話していただきました。

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『農政』大転換」(2011年6月、宝島社新書)

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山田正彦氏(元農水大臣・民主党衆院議員)
「大震災と原発事故からの農業再生」
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 食料の自給率は下がり続けて今では40%。コメの価格は1俵(60キロ)あたり24,000円が12,000円を切り、コメを作れば作るほど赤字 の状態が続いています。経済界とメディアはこのままでは農家の高齢化が進み日本の農業が消えてしまうので、TPPに参加して「強い農業」づくりを急げと大合唱を始めました。

 本当にそれでいいのでしょうか。

 民主党が2009年に政権をとり、EUの制度を参考にしながら農家の赤字部分を定額で直接支払う「戸別所得補償」のモデル事業から始めて、これか ら本格実施に入ります。その内容がどのようなものなのか、私がいままで考えてきた日本農政のグランドデザインをあらためてまとめたい、とこの本を執筆しました。

─この本では東日本大震災からの復興計画に触れられています。各企業・団体からの復興計画を見てみると、「強い農業」とは大規模、効率化農業を目指す意見が多いです

 東日本大震災やTPPの動きを見ていると、いまだに規模拡大による構造改革、集中化など新自由主義的な発想で農林漁業をとらえようとする声がたく さんあります。私は大規模拡大さえすれば合理化され、利益をうみ、競争力が増すとはとうてい思えません。それは私自身が農畜産業で実践、失敗した実体験を もとにした意見です。

 米国も規模拡大したから競争力がついたわけではありません。トウモロコシは代表例で、米国がトウモロコシによって世界を席巻したのは、1973年 から1エーカー(約0.4ヘクタール)あたり28ドルの補助金を生産者に助成して大量生産されたことに始まります。モンサント、カーギルなど大手の穀物メ ジャーの支配下で、種子、肥料、農薬すべてが系列化され、農家は大型トラクターなど設備投資に追われて膨大な負債を抱えています。補助金によって国際市場 でもどこの国の生産物よりも安い価格が実現したのであって、自由競争で勝利したとは言えません。

 また、大増産されてあまったトウモロコシはその後どうなったか。近年放映されたドキュメンタリー映画「キング・コーン」 をみるとよくわかります。トウモロコシは家畜のエサや甘味料「コーンシロップ」として大量に流通、加工食品や炭酸飲料となって一般家庭で消費されるようになります。そのトウモロコシのほとんどが遺伝子操作され安全性にも疑問があります。これらを本当に「強い農業」と言えるでしょうか。

 この本ではBSEや口蹄疫の問題にも触れておりますが、もし日本が自然に逆らって大資本のもとに効率だけを重視した「強い農業」の方向を進むことがあれば、いずれ食の安全・安心も損なわれることになると思います。

─食の安全・安心という点で、所得補償とセットに進めるのがトレーサビリティの推進でしょうか

 トレーサビリティを進め、すべての食品に原料、原産国、生産者の表示をすれば消費者が安心して食べられます。安心だけでなく、国産農作物の消費上昇が予想されます。

 私は5,6年前からすべての食品に原料原産国表示を求めて国会に2回も法案を出し、その都度その法案は葬られていました。「お茶飲料については原 料原産地を表示すべきだ」と取り上げていたので、農水省は飲料用のお茶の缶にも5年前から表示するようになりました。それまで輸入のお茶を原料としていたのが、国産の茶葉にかわり、南九州はお茶の一大産地になりました。

 リンゴジュースにしても約9割は輸入果汁ですが、そのことをみんなが知らされていません。韓国に行けば原料、原産国が表示されています。日本がト レーサビリティを徹底すれば、海外産の果汁ではなく、青森県産のリンゴを使ったジュースを飲んでくれるようになるのではないでしょうか。きちんと食品表示 され、消費者が見分けるようになれば、国産農産物の消費量は変わってくるでしょう。

─民主党農政については「バラマキ」という批判があり、特に戸別所得補償については自民党があらためるよう求めています

 農家への直接支払いは、今まで国から農業団体を通していたお金を直接農家の口座に振り込まれむ画期的なものでした。農家の約7割が支持しており、 仮に自民党への政権交代が起こっても戸別所得補償をなくすことは難しいでしょう。バラマキと言われるが農業予算は自民党時代のままでシフトしております。

 日本は長いあいだの自民党政権の下で、戦後高度経済成長をとげて自動車や電気製品を輸出すれば、その大きな利益で安い食料をいつでも輸入できると「農林水産業の安楽死」を意図的に進め、その結果が農家の高齢化、自給率の低下という事態を招きました。

 EUやイギリスはかつて自給率が30%台まで落ち込んでいましたが、今では農家の平均所得の約8割は国の助成金で支払われ、自給率を回復しまし た。EUは農産物の関税を19%とし、日本の関税の倍ぐらいをかけてしたたかに食糧の自給を堅持しています。家族での農業を主体にして、農地法で企業、法 人の大規模化は規制しています。米国ですら一戸の農家で平均193ヘクタールを耕しているが平均所得の3割は国からの補助金でまかなわれています。

 日本の水田稲作にしても、10町歩(10ヘクタール)以上を超えると規模拡大のメリットがないことがわかってきました。大規模化は必ずしも良くな い。大規模化している法人は利益を上げているかというとそうとは限りません。小さく多品種を植えている農家がほとんどです。日本は日本なりのやり方があり ます。麦やコメ、蕎麦、大豆などを組み合わせて生産し、所得補償を受けながら4〜5ヘクタールでやっていけるような農家を大事にしたいという気持ちを持っています。

★ ★ TPPと政局 ★ ★

─「『農林水産業の安楽死』を意図的に進める」といえば、前原元外相の「1.5%発言」を筆頭に「農業vs輸出産業」の構図をつくったTPPが思い当たります。本書でも触れられていますが、TPPは今後どうなりますか

 TPPについて政府は6月を期限とするTPP参加判断の「先送り」を発表しました。しかし発表直後の5月26日、菅首相は日米首脳会談の席でオバ マ大統領に「早期の判断」を約束したと報道され、無視できない動きを続けています。政府がハッキリと「TPPに参加しない」と言わない限りは予断を許さな い状況が続きます。