主権在民法治主義は、主権が国民に属するが、主権在米法治主義では、主権が米国に属することになる。 国民の民意より、米国の意思ののほうが優先するということである。憲法の理念を無視するということであり、憲法があってなきがごとくふるまう売国的政府によって、政治が行われていることと変わらない。法律は憲法の理念のもとに効力を発揮できるものであるが、虚偽、詭弁によって法律を正当化しようとして政府が数の論理で推し進めようとしている現実は、理性ある行為でなく、国家権力による独裁行為に等しいといえるのではないか。
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THE JOURNAL
(ID:18367902)
主権在民法治主義は、主権が国民に属するが、主権在米法治主義では、主権が米国に属することになる。
国民の民意より、米国の意思ののほうが優先するということである。憲法の理念を無視するということであり、憲法があってなきがごとくふるまう売国的政府によって、政治が行われていることと変わらない。法律は憲法の理念のもとに効力を発揮できるものであるが、虚偽、詭弁によって法律を正当化しようとして政府が数の論理で推し進めようとしている現実は、理性ある行為でなく、国家権力による独裁行為に等しいといえるのではないか。