安倍晋三首相は2日の参院予算委員会での答弁で、「イスラム国」に対する有志国連合の「空爆に参加することはあり得ない」し「後方支援も考えていない」と明言したが、1月25日のNHK日曜討論では「国連の決議がある場合も、ない場合も、後方支援であれば憲法上は可能だ」と言っていた。1日早朝に人質殺害の悲報が入って、さすがにトーンダウンせざるを得なかったのだろうし、またこれから始まる集団的自衛権の議論で野党に攻撃材料を与えまいとする考慮も働いたのだろうが、安倍の本音はあくまでNHK発言にある。実は安倍は昨年12月に、「米国が対イスラム国の軍事作戦に助力を求めてくることも考えられる。その場合に何が出来るか検討せよ」と直接指令を出し、官邸に外務省と防衛省の担当部局を集めて極秘に検討を開始させている。結論は聞かなくても分かっていて、この状況で日本が後方支援であれ何であれ中東地域に自衛隊を送れば、日本がますますテロリストの憎悪の対象となるだけでなく、親日的な中東諸国との関係もみなおかしくなって混乱が広がり、さらにロシアとの関係も難しくなって、百害あって一利もないというに尽きる。

 それでも安倍がこれにこだわるのは、なぜか。元自民党幹部が解説する。「安倍さんは、中国は必ず尖閣諸島を奪いに来る、その時には米軍の支援を得て中国と戦争しなければならない、その米軍支援を確実にするには日本が米国の世界各地での戦争に積極的に協力しなければならない、という三段論法で凝り固まっているから、よろず前のめりになる。あのエルサレムでの会見だって、ただ『日本は人道支援に徹する』と言っておけばいいものを、『イスラム国の脅威を食い止めるためにイスラム国と闘う周辺諸国を支援する』なんて余計なことを口にして事態を悪化させた。米国のほうを向いて『日本も有志国連合の一員ですよ』とアピールしたい気持ちが裏にあるから、そうなってしまう」。頭隠して尻隠さずというわけだ。

 すかさず、空爆作戦を続けている欧米からは、この事件が「平和主義を貫いてきた日本にとって試練で、憲法の平和主義の伝統と決別する新たな第一歩になる」(仏フィガロ)、「長く平和主義を保ってきた国にとって、この危機が転機になる」(米NYタイムズ)などと、平和憲法などさっさと捨てて有志国連合の正規メンバーに入れというお誘いがかかる。テロリストの凶行に対する国民の怒りを逆用して、中東への自衛隊派遣に道を開こうとするなど、それこそ戦乱の悲惨を世界に伝えようと命をかけた後藤健二さんの霊への許しがたい冒涜である。▲

日刊ゲンダイ2月5日付から転載

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<高野孟(たかの・はじめ)プロフィール>
1944 年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレ ター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェ ブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にイ ンターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
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