木村伊量社長は11日の記者会見で、謝罪と同時に問題点を検証する第三者機関を立ち上げる考えを表明した。第三者機関にはこの際、朝日新聞社の体質など幅広く検証をお願いしたいと思うが、二つの「誤報」に共通するのは「ウラを取らない」取材態度である。
前者のスクープは、非公開とされていた政府事故調の「調書」を朝日が独自に入手し、「福島第一原発にいた東電社員の9割が吉田所長の命令に違反して福島第二原発に避難した」と報じた。その際、朝日は「政府事故調は国民に重要な事実を公表していない」と批判し、代わって自分たちが公表するという「正義の味方ヅラ」をした。
ところが報道に際して朝日は、吉田所長の「命令」に違反した東電社員のウラを取っていない。吉田所長の「命令」がどのようなものかを確認せずに、社員が避難した事実だけを批判した。吉田調書は後に他紙も入手するようになり、「命令」が「命令」と呼べるものでない事が明らかとなる。「正義の味方ヅラ」はとんでもない虚構であった。
当時私は、「大災害の検証もせずに国民の生命と安全を守るとは何だ」というブログを書いた。朝日の記事が出たにもかかわらず政府が政府事故調の調書の公表を拒み続けたからである。本人の了解がなければ公表できないというのが理由で、吉田所長は「上申書」で公表を望んでいなかった。しかし一部でも公になれば部分が全体であるかのように独り歩きする。この際、すべてを公表すべきだとブログに書いた。
皮肉な話だが、朝日の「誤報」のおかげで吉田調書は公開されることになり、同時にその他の関係者の調書も公開された。こうなれば朝日のような意図的な引用や部分情報が独り歩きする事もなくなる。事故調の調査は国民共有の財産となった。そもそも主権者を押しのけて官僚と政治家の一部だけで情報を独占しようとする考えが誤りなのである。
いわゆる「従軍慰安婦」問題では吉田某(故人)なる人物の「強制連行」の証言を、朝日は繰り返し報道した。証言のウラを取らないままにである。吉田某の証言のいかがわしさは以前から指摘されていたが、そうなっても朝日は訂正報道しなかった。
それがこの夏、突然に朝日は訂正報道に踏み切った。どのような計算に基づいての訂正なのかは想像するしかないが、しかしこれが「朝日叩き」の端緒となった。それからは政府事故調のスクープも他紙によって「誤報」だと批判される。こうして朝日がウラを取らずに意図的な記事を書く新聞社である事が明らかになった。
しかし司法記者クラブを皮切りに、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などで取材した私の経験で言えば、ウラを取らずに記事を書く新聞社は朝日だけではない。ほとんど全社がウラも取らずに記事を書いている。それは日本のメディアに特有の体質だと言って良い。
日本のメディアは「足で歩いて」取材し問題を追及するよりも、権威ある組織の発表を先を争って報道する傾向がある。私は記者クラブで取材をする前にドキュメンタリー・ディレクターとして、自分で一から取材する経験をしていた。そのため記者クラブで発表された内容をそのまま記事にする事に抵抗があった。発表した本人に質問しただけではそれが正しいかどうかを確認する事は出来ない。
しかし記者は自分の考えを書くのではなく、「誰々が発表した」と書くのだから、その限りで嘘とは言えない。ただしそこに国民を誘導する意図があれば書いた記者にも加担した責任はある。ところが記者クラブではそんなことを考える暇もなく、情報が次々に発表され、記者たちは原稿を書き続ける。
目を付けられた記者には権力の側から情報がリークされ、それがスクープ記事となる。私の経験で言えば、スクープは記者が足で歩いて追求した結果と言うより、誰かにリークされる方が圧倒的に多い。リークにはリークの意図が隠されている。従って私はスクープ記事を見ると必ずこの情報を誰が流したか、何のために流したかを考える事にしている。
朝日の「吉田調書」スクープも私は何らかの政治的意図が隠されていると考えていた。そしてそれに対抗するかのように「吉田調書」は他紙にもリークされた。その結果、政府事故調の調書が国民に公開されることになったのはそれこそ「瓢箪から駒」である。手放しで喜ぶ訳にもいかない。
また「従軍慰安婦問題」で朝日が「誤報」を認めたため、「強制性はなかった」と喜ぶ勢力もあるが、それだけではなかった根拠にならない。またアメリカが「従軍慰安婦」を「性奴隷」と表現するのは、「強制性」があったからだけではないと私は考えている。
そもそも国家が税金を使って売春を行わせる「公娼制度」をアメリカは嫌ってきた歴史がある。ヨーロッパから「公娼制度」が輸入された時、アメリカ国民はこれを「白い奴隷制度」と呼んで排撃した。日本占領の初期に日本政府が米兵のために「慰安所」を作った事もGHQは嫌った。アメリカの歴史家は日本政府の「慰安所」作りを不快な事として表現している。
アメリカの新聞と日本の新聞を比べると、アメリカでは発表ものは通信社の配信記事を使う事が多く、新聞記者は一つのテーマを追いかけ、それを書名入りの記事にする事が多い。そのため読者は記者の名前に魅かれて新聞を買う。新聞社は有能な記者を集めなければ経営に影響が出る。
日本のように記者クラブで発表ものを書き、権力の側に目を付けられ、スクープをするか、あるいは出世していく仕組みとはまるで異なる。そして読者は気が付いていないのだが、日本の新聞はしばしば「誤報」を繰り返す。それが全社横並びで「誤報」するので誰も謝罪しないし訂正もしない。赤信号みんなで渡れば怖くないという訳だ。
それに比べれば今回のように「誤報」が表沙汰になる事は喜ばしい。願わくば朝日の「誤報」を検証する第三者機関には、二つの「誤報」の原因だけでなく、新聞社をはじめとする日本のメディアの体質を俎上に載せてもらわないと問題の解決にはならないと思う。
■《甲午田中塾》のお知らせ(9月30日 19時〜)
田中良紹塾長が主宰する《甲午田中塾》が、9月30日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!
【日時】
2014年 9月30日(火) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。
http://bit.ly/129Kwbp
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
【関連記事】
■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
コメント
コメントを書く(ID:18367902)
問題の本質は、特定秘密保護法の問題でもある。国家の秘密は、よほどのことがない限り公開する義務が、政府、官僚にある。公僕であり、国民の税金によって生計を立て、政治活動、政策の立案をしているからである。今回の問題点は、政治家が秘密にしたいことが明るみに出たことと、御用マスコミ(読売、産経)とリベラルマスコミ(朝日、毎日)の対立がリベラル側の勇み足として断罪されたことである。朝日の勇み足がなければ、一般に公開されることがなかったといえるので、我々国民にとって、朝日が悪いと一概に言えない。さりとて良いともいえない。問題の本質は、政府、官僚の隠ぺい体質にこそ潜んでいると指摘したい。