かつてNBCテレビの経営者は、コロナ禍の東京五輪は史上最高の売り上げを記録すると豪語したが、その目論見は外れ、NBCはスポンサーとの間で補償交渉に入ったと米国メディアは伝えている。
7月23日に行われた東京五輪開会式の視聴者数はおよそ1700万人で、日本と同じ時差があったソウル五輪開会式の2269万人を下回り、過去33年間で最低を記録した。前回のリオ五輪開会式の視聴者数は2650万人で、それに比べると東京五輪は36%減少した。
リオ五輪でNBCのゴールデンタイムの平均視聴率は14.4%だが、それはその前のロンドン五輪の平均視聴率を18%も下回っている。それでもNBCはリオ五輪で275億円の利益を上げた。
ところが7月27日までの東京五輪のゴールデンタイムの視聴者数はリオ五輪を42%下回り、NBCはスポンサーに対しCM枠を増やすなど補償策を提案せざるを得なくなったという。
NBCはこれまでに東京五輪放映のCM収入を過去最高の1360億円余り売り上げたと言うが、放映権料としてすでにIOCに1200億円支払っており、さらにスポンサーに補償せざるを得なくなると、NBCにとっても史上最低の五輪となる可能性がある。
視聴率低下の原因は様々に分析されるだろうが、デジタル化の進展によってテレビで見るよりネットやスマホで見る人間が増え、しかもコロナ禍で1年延期されたうえ「無観客」の試合となり、選手の中に感染者が出たり、精神面の問題を理由に棄権する選手も出るなど、全面的に支持される五輪ではなかったことが大きいと思う。
ノバク・ジョコビッチらテニス選手が「死んだら誰が責任を取る」と訴えたように、酷暑の東京五輪はそもそも無謀であった。それにもましてコロナ禍が収束していないのに開会を強行した理由は、NBCテレビの利益至上主義にIOCが便乗した結果である。しかし視聴率はそれを見事に裏切り、利益至上主義の無謀さを立証してみせた。
ところがIOCのバッハ会長は日本のテレビ視聴率に着目し、国民に完全に受け入れられたと胸を張り、大会は成功であったかのように言う。しかし日本のテレビは米国と異なり、五輪以外に見るべき番組を放送しないからそうなる。
この期間の日本人は新聞とテレビによって目も耳も塞がれ、五輪以外の情報から遠ざけられる。五輪の裏側で起きていることに無関心になり、世界の構造変化から取り残される傾向がある。日本のメディアの横並び主義の弊害だ。
そして今回の東京五輪は、リオ五輪の最終日に安倍前総理がスーパー・マリオに扮して登場し、東京大会への道筋を示したように、最初から安倍晋三―森喜朗の2頭立てが主導する政治色の強い五輪である。それにバッハ会長が1枚かんだのが東京五輪だった。
五輪招致を決めた総理が開催時の総理もやる。それが安倍前総理の強い意志で、祖父の岸信介が招致を決めた1964年の東京五輪を前に退陣せざるを得なくなったことへの復讐心だ。そのためパンデミックが起きても「2年延期」ではなく「1年延期」に固執し、それをNBCもバッハ会長も支持した。
ところが安倍前総理はコロナ対策に失敗し、さらに「モリカケ桜」のスキャンダルで政権自体が危うくなる。そこで病気を理由に難局を一時的に菅官房長官に委ね、それを短命で終わらせ次に岸田文雄傀儡政権を作り、その後に返り咲くシナリオを構想した。
ところが短命で終わらせるはずの菅総理が安倍構想に逆らう。「グリーン」と「デジタル」という中長期の政策課題を掲げ、それを若手の河野太郎、小泉進次郎らに世代交代して実現する構図を示した。
そこから安倍―菅戦争が始まる。安倍の側には麻生副総理、甘利税調会長らが付き、菅の側には二階幹事長が付いた。
それが東京五輪開催にも影響する。自民党の中で圧倒的多数の議員を擁する安倍―麻生連合は、コロナ禍での東京五輪開催を中止にすれば敵に回るぞと菅総理を脅し、一方の二階幹事長は「中止もあり得る」と言う。その狭間で菅総理は「無観客」開催を決断した。
東京五輪を中止にはしないが、「完全な形での開催」を国際公約した安倍前総理の言う通りにはならない。「不完全な形の五輪」にする。安倍前総理は怒ったが、さりとて中止にはしなかったのだから、公然と菅批判もできない。
リオ五輪の閉会式でスーパー・マリオに扮した姿を国際社会に見せた安倍前総理は、不完全な形の東京五輪開会式に出席する訳にいかず、東京五輪から一切姿を消すしかなくなった。
これで安倍―菅戦争は一段と激しさを増すことになる。それが自民党総裁選挙を先にするか、衆議院選挙を先にするかを巡って戦われていると前回のブログに書いた。
そして東京五輪が閉幕するその日に告示される横浜市長選挙が、それとは別に不思議な展開を見せている。しかしここにも底流には安倍―菅戦争があるように私には思える。カジノを巡る戦いだ。安倍前総理がカジノに賛成で菅総理が反対という訳ではない。
そもそも日本がカジノを導入しようと考えたのは、安倍前総理がトランプ大統領から要求されたからだ。トランプ大統領の友人が経営するカジノを日本に進出させろと言われた。その友人が狙っているのは首都圏での営業、つまり東京か横浜という訳だ。
そこで官房長官時代の菅氏は横浜誘致を積極的に進めた。ところが故小此木彦三郎代議士の秘書時代から面倒を見てもらっていた「ハマのドン」こと藤木幸夫氏が強硬にカジノ反対を主張した。
そしてトランプ大統領の友人も日本の規制の厳しさに嫌気がさし、日本進出を見合わせたと言われる。日本進出に積極的なのは中国系企業となった。無論「貿易立国」に代わる「観光立国」を目指す考えからすれば、中国人富裕層を呼び込む必要があり、それでも構わないと言えば言えるが、中国企業とカジノで言えば、中国企業から賄賂を貰ったとして秋元司元カジノ担当内閣府副大臣が東京地検特捜部に逮捕・起訴される事件が起きた。
しかもバイデン政権の誕生で、米中対立に日本も当面は巻き込まれざるを得ないため、中国系企業を呼び込むことには慎重にならざるを得ない。そのような情勢の中で、菅総理にとっては兄弟同様の小此木八郎国家公安委員長が、6月末に突然大臣を辞めて横浜市長選に立候補を表明した。
現職の大臣が、しかも警察を所管する国家公安委員長が東京五輪の直前に辞任するなどありえない話だ。さらに小此木氏は「カジノ誘致を取りやめる」と言った。メディアはそれを小此木氏が菅総理を見限ったかのように報道したが、そんなこともあるはずはない。
私は当初から、菅総理は官房長官時代に安倍前総理の覚えめでたくなるため「カジノ誘致」を積極的に進めたが、トランプ―安倍時代も終わり、米国企業も進出に積極的でなくなったのなら、横浜に誘致するメリットも薄れたとみて、小此木氏を使い「ハマのドン」との関係を修復する方向に舵を切ったのではないかと考えた。
するとやはり菅総理は小此木氏を支援する立場であることを明確にする。これまでカジノ誘致に賛成してきた自民党市議団は混乱するだろうが、しかし次第に状況が分かってくれば小此木支持が増えていくと私は見る。
問題は「ハマのドン」との関係だが、「ハマのドン」はカジノ反対を掲げる野党統一候補の山中竹春氏を支援すると言われている。立憲民主党の江田憲司衆議員議員が働きかけたようだ。
しかし小此木家と藤木家の関係には長い歴史があり余人には伺い知れないものがある。いずれ横浜には誘致しない方向で藤木氏は菅総理と関係修復するのではないかと私は見ている。
そしてコロナ禍が収まれば、東京都の小池都知事が横浜に代わりカジノ誘致を表明するかもしれない。悪いと言われた菅―小池関係だが、最近はそれほどでないようだ。
そうなると「カジノ反対」で票を獲得しようとしていた野党陣営は困ったことになる。何にもまして9人が立候補を予定している中で、カジノ賛成は2人だけ、あとは全員が反対だから票は割れる。その調整が出来なければ惨憺たる結果になりかねない。
そう思っていると、野党統一候補である山中竹春氏のパワハラ疑惑が報道された。横浜市立大学の医学部から告発メールが送信され、横浜市立大学教授であった山中氏のパワハラで周囲にいた15人以上が辞めることになったというのだ。怪文書のような印象だが、処理を間違えると選挙に悪影響を及ぼすことになる。
横浜は菅総理の政治の出発点である。本人は横浜市議から国会議員になり総理に上り詰めた。その足元の市長選挙の結果は、菅内閣が過去最低の支持率を更新する中で、結果次第では政権を揺るがす重大な意味を持つ。
それだけに奇々怪々な動きが与党の側にも野党の側にも起こることになる。そして菅総理は小此木候補を落とすわけにいかない。自民党総裁選を前にして小此木候補を落選させれば、自分が総裁選に立候補する道を閉ざすことにもなる。東京五輪の後には熾烈な政治の季節が待ち受けている。
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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THE JOURNAL編集部
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