まず医療のひっ迫状況が声高に言われることに私は違和感がある。日本の感染者数は欧米と比べて圧倒的に少ない。米国の40分の1程度でしかない。感染者がそれほど少ないのに日本の医療が崩壊するというのは考えられない。どこかにミスマッチがあるからとしか思えない。
月刊誌『選択』の記事によれば、大学病院が新型コロナの特に重症患者を引き受けていないからだという。例えば東大病院は病床数が2226床で医師数は940人いるのに、1月7日時点で重症患者の受け入れはわずか7人である。そこが各国と異なる。各国では大学病院が重症患者を100人以上は受け入れるのが普通だと書かれてある。
菅政権は今回の緊急事態宣言を、飲食店に限定した営業時間の短縮要請が一定の効果を上げた成功例と総括し、もうしばらく続けてさらに効果が上がる形にしたい。そこで3月まで延長し感染者数を劇的に減少させ、東京五輪開催に明るい見通しが出てくるようにしたい。
『選択』にはもう一つ興味深い記述がある。それは風邪のウイルスである季節性コロナの流行時期だ。冬は11月から増え始め1~2月がピークになる。新型コロナウイルスは季節性コロナウイルスではないが、しかしコロナの一種ではある。だから新型コロナも1月末から2月初旬にピークを迎え、その後は自然に収束する可能性があるというのだ。
3月7日までの宣言延長は、東京五輪開催に向けて劇的なコロナ収束を演出するためのものかもしれない。そのために飲食店に限定した自粛要請が行われ、それが成功したかのように見せかけるが、実際にはコロナの流行が自然に収束する時期に合わせただけかもしれないのだ。
しかし緊急事態宣言が功を奏して感染者数が劇的に減少しても、それでコロナウイルスがこの世から消えるわけではない。コロナウイルスは生き続け、いつでもまた我々を襲ってくる。
欧米が行っているロックダウン(都市封鎖)も日本の緊急事態宣言も、コロナウイルスを絶滅させるためではなく、我々が抵抗できる体を獲得するまでの「時間稼ぎ」だ。一時的に人間らしい行動を抑制して感染爆発を防ぐ。
しかし人間らしい行動を抑制すれば人間社会は壊れていく。経済は崩壊し、社会そのものが成り立たなくなる。ウイルスで死ななくとも、死に追い詰められる人間が大勢出てくる。従ってロックダウンも緊急事態宣言もいつまでも長引かせるわけにはいかない。
いつかは解除されるが、解除されれば感染は必ずぶり返す。するとまたロックダウンせざるを得なくなる。そしてまた解除される。それを繰り返しているのが現在の世界であり、日本である。
このロックダウンという手法を、イタリア在住の作家塩野七生氏がテレビのインタビューで批判していた。塩野氏は古代ローマやベネツィアの歴史を数多くの本に著してきたが、現代の政治家は歴史に学んでいないという。ペストが流行した時にベネツィアは経済活動を止めなかった。
やったことは検疫と隔離である。病にかかった人間を40日間離島に隔離し、そうでない者は平常通り経済活動を行った。海上国家ベネツィアは交易でしか生きられない国家だったからだ。それに比べて現代の政治家たちがロックダウンを繰り返すのは知恵がないと塩野氏には映っているようだ。
私も昨年のコロナ発生当時から検査と隔離が一番と考え、欧米のロックダウンには違和感を覚えた。一律にすべてを止めれば、感染が一時的には減るだろうが、マイナス効果も大きい。政治の知恵が感じられない。そのため唯一ロックダウンをしなかったスウェーデンのやり方を私は支持した。
スウェーデンはコロナに弱い高齢者を隔離し、それ以外の人間は集団になることを禁じただけで、あとはそれぞれの自覚に任せた。その結果、死者数が周辺諸国より多くなり、厳しい批判にさらされたが、それでもロックダウンは行っていない。しかしスウェーデンに対する圧力の強さは凄まじく、私はその圧力の背景に何かあるのではないかと疑問を感じた。
ニッセイ基礎研究所は、感染拡大防止と経済の両立という観点で、世界各国の対前年比GDPを縦軸に、人口当たりのコロナ死者数を横軸にしたグラフを作成している。上に行けば経済が良いことになり、左に寄れば死者数が少ないことになる。
それを見ると、日本より経済もコロナ対策も優れているのは台湾、韓国、中国、ベトナムで、日本は欧米に比べれば経済もコロナ対策も断然優位にある。対前年比GDPで日本を上回る欧米諸国はなく、日本はドイツ、スウェーデン、米国と肩を並べるが、死者数ではドイツの方が多く、スウェーデンや米国に至ってはさらに多い。
コロナ対策で評価の高いニュージーランドは死者数で日本より優位だが、対前年比GDPでは日本より下になる。英国、フランス、イタリア、スペインなどの欧州諸国は対前年比GDPでもコロナ対策でも日本よりかなりひどい。それが世界各国と比べた日本のコロナ対策と経済の両立の現在地だ。
ところが日本のメディアはコロナの恐怖をことさら煽り、物事を冷静に考えるより感情に訴える報道を繰り返す。特に連日感染者数だけをグラフにして「こんなに増えた」と視覚に訴える報道には辟易する。
検査を増やせば感染者は増える。減らせば減る。発表するなら検査数と何人にうつしているかを示す実効再生産数を同時に示さなければならないのに、グラフで示すのは感染者数の増減だけだ。そして欧米の窮状と並べて「大変だ」と騒ぐ。日本は医療制度も生活習慣も食生活も欧米と違うので同列に考えること自体がおかしい。
騒ぐ理由は明白だ。それをやれば金が儲かる。テレビなら視聴率が上がる。新聞なら部数が増える。そして「命を守れ」と正論を吐けば拍手喝さいされる。私もテレビの仕事をしてきたので「コロナは商売のチャンス」と思う気持ちはよく分かる。だからこそ毎日露骨な金儲け番組を見せられると嫌になる。
人類と感染症との闘いは、人類が1万2千年前に農業を始めた時からだと言われる。森林を切り開いて畑を作り、自然の中で生きてきた動物を家畜にして狭い空間に閉じ込めた。そこから人類と距離のあったウイルスが動物を介して人類と接触するようになる。
人類は様々なウイルスを克服してきたが、ウイルスを絶滅させたのではない。WHO(世界保健機構)が絶滅したと宣言したのは天然痘だけだ。そのため1976年以降予防接種は廃止された。ところが2001年9・11の同時多発テロによって米国は天然痘ワクチンの備蓄を始め、製造可能な状態を維持している。生物兵器として使用される可能性があると考えているからだ。だから絶滅したとは言えないかもしれない。
人類がウイルスを克服したのは、ウイルスに抵抗できる免疫力を人類が獲得してきたからだ。ワクチンはそのための有力な手段だが、それ以外にも方法はある。免疫力を高める生活を送ることだ。入浴して体を温める。良く寝る。ストレスをためない。そして食生活に気を付ける。
コロナ対策として日本では、三密の回避、マスク着用、手洗いの励行、そして自粛が奨励されるが、コロナ禍が深刻な欧米ではそれに加えて、食生活の見直しが議論されている。肥満が免疫力を押し下げ重症化リスクを高めているからだ。日本でも死亡例が2人しかいない20代で死亡した男性は基礎疾患はないが肥満だった。
肥満の原因の多くは高カロリーで栄養価の低いジャンクフードの食べ過ぎである。米国では貧困層ほどジャンクフードを食べて肥満が多い。それが世界最大の死亡者数の原因とみられている。
資本主義的農業は自然環境を破壊して無理に農地を拡大させ、それが生態系を破壊してウイルスを人間社会に導き入れた。そして利益を得るために農薬や遺伝子組み換え技術が農業に取り入れられ、免疫力を下げる食物が安価で消費者に提供される。そのシステムを考え直さないとコロナ禍とその次に来るウイルスを克服することはできない。
私は80年代初めに、コメを食べない米国が水田面積を増やしているので、米国のコメ作りを取材したことがある。増やしていた理由はコメが戦略物資だからだった。朝鮮戦争もベトナム戦争もコメを食べる地域での戦争だ。中東地域もコメを食べる。だからコメを作ることは米国にとって戦略的な意味があるという。
食料は人間の健康を維持するものだと思っていた私には異次元の話だった。食料を他国を従属させる道具に使う。農業を大規模化させ工業化すればするほど利益は上がる。だから遺伝子を組み換えてでも利益の上がる作物を作る。そうした米国の考えをこの時に知らされた。
同時にその頃、米国では「マクガバン・レポート」と呼ばれる報告書が話題になっていた。共和党のフォード大統領が米国人の肥満とがんの多さを問題視し、民主党のマクガバン上院議員が世界から専門家を招き上院の委員会で膨大な報告書を作成した。
結論は「肥満とがんは米国人の食生活に問題がある」というものだった。肉、卵、乳製品、砂糖などの取り過ぎが良くないとされ、最も理想的とされたのは昔の日本人の食生活だ。例えば玄米に味噌汁、頭から食べられる小魚、海苔の佃煮というレシピである。玄米は完全栄養食品、味噌汁は発酵食品、小魚にはカルシウムやたんぱく質があり、海藻類にはミネラルが含まれる。
このレポートが発表されると、米国の金持ち階級の婦人たちの間で「海苔巻きパーティ」が流行した。日本人はコメを食べると太ると考えるが、米国人はコメはベジタブルという感覚で太るとは考えない。だから海苔巻きはとてもヘルシーな料理なのだ。
今回のコロナ禍でも欧米の研究者は、韓国のコロナ対策の成功はキムチを食べる習慣があるからだと指摘した。つまり発酵食品が免疫力を高める。先ほどのニッセイ基礎研究所のグラフに戻れば、コロナ対策と経済の両立に優れているのは台湾、韓国、中国、ベトナムといずれも東アジアの国々である。
いずれは研究者が欧米の感染爆発と東アジアの成功例を比較して、何が原因かを示してくれるだろうが、私は発酵食品を多く摂ることがその一つではないかと考えている。そして欧米ではコロナ禍を機に資本主義的農業政策から小規模有機農業や地産地消、そして自給自足体制の促進が検討されている。
それは世界的な「気候変動問題」の解決と「グリーン革命」の波に乗って地球環境にやさしい生き方を志向するということだ。次から次に現れるウイルスを克服していくにはそれしかないと私も考える。コロナ禍がもたらしたのはそうした価値観の転換である。
昨年、WHOによりコロナのパンデミックが宣言されると、多くの国は国境を閉鎖した。その時私は4割を切る日本の食料自給率を考えた。先進国の中でそれだけ低いのは韓国と日本しかない。農産物の輸入が途絶えたらどうなるかを心配した。しかしそんなことを考える日本人はほとんどいなかった。
みな東京五輪がどうなるかを心配していた。そして東京五輪の成功のためなのか東京都の感染者数はずっと低く抑えられた。東京五輪延期が決まってからようやく感染者数が上昇する。おそらく緊急事態宣言が延長されると、菅政権は劇的な減少を演出するため検査を縮小する可能性がある。
しかし「2050年カーボンニュートラル」を宣言した菅政権がやるべきは、小規模有機農業の促進や地産地消の奨励、そして自給自足体制への努力ではないか。「グリーン」を目指してウイルスを克服する社会を作ることではないか。
緊急事態宣言を巡る動きを見ているとそれよりも政局の臭いがする。政略としての延長に見えてしまうのだ。
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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