『ジェンダー研究を継承する』(佐藤文香・伊藤るり編/人文書院)
日本の大学の授業で初めて「女性学」が開講されたのは1974年。和光大学と、京都精華大学だった。79年には、国立大学としては初めて、お茶の水女子大学で「婦人問題」の専任教員が採用された。教鞭をとったのは、井上輝子さん(和光大学)、藤枝澪子さん(京都精華大学)、原ひろ子さん(お茶の水女子大学)。
本書『ジェンダー研究を継承する』は井上輝子さん、原ひろ子さんのインタビューも収録され、当時の様子が語られている。1970年代のウーマン・リブ(Women’s Liberation)運動によって生まれた女性学、そして女性史、ジェンダーが学問としての地位を確立するまでには、多くの先人たちの闘いと苦悩があった。
いま、当たり前のように「ジェンダー論」や「女性学」といった講義を大学で受けることができるようになった時代だからこそ、パイオニアたちの功績を再確認できる一冊。今回は、編者の佐藤文香一橋大学大学院教授に、企画や制作の裏側についてインタビューした。
──本書はとても分厚く、見た目にインパクトがありますね
そうなんです。『喧嘩したとき武器になりそう』、なんて冗談で言われたりします。今回は21人のジェンダー研究の『パイオニア』たちにインタビューさせていただき、お一人につき2万字を基準として本を構成しました。21人ですので、500ページを越えました。インタビューには3〜4時間かけているので、単純に文字起こししても3〜8万字になり、それを2万字にぎゅっと縮めなくてはならなくて、学生は苦労したと思います。
装丁についてもちょっと苦労しました。当初のデザインは、ジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)のシンボルカラーの緑を基調にして、世代間継承をイメージするような大木と新芽のデザインを、と考えていました。ですが、なかなか適したイメージがなくって。結局、白を基調にし、タイトルをシルバーのエンボス加工にして、その下に21名の研究者の方の名前をズラッと並べる形になりました。なかなか好評です。
──アカデミックな印象を受ける本書ですが、はやくも2刷りが決定しましたね。
嬉しいことに、2017年の10月に発売して、2018年の2月に増刷が決定しました。出版社の人文書院さんも思ったよりも売れているぞと、ちょっと驚いたようです。いったいどんな方が買って読んでくださっているのかとても気になります。もしかしたら、21名の研究者の教え子だった人などが、大学時代を思い出して、懐かしい気持ちで手にとってくださるのかなとも思っています。
──本の帯には「後継世代が先達21人に聴く激動の時代のライフストーリー」とあります。「ライフストーリー」というだけあって、プライベートなエピソードが盛りだくさんでした。もっと学術的な内容が多いと思っていたので、読んでいて意外でした。
出版するまでにはたくさんの苦労もあったのですが、やってみてよかったと思ったと思います。院生たちのインタビューを通して、どの本にも書かれていないようなエピソードが聞けました。パイオニアの方たちにとって、院生は孫のような年齢というのもあって、貴重な話を引き出すことができたのだと思います。
出版記念に一橋大学でシンポジウムを行ったのですが、その場で上野千鶴子さんは、『私はインタビューされることに慣れた人間で、インタビューずれしている。しかし、今回は学生が相手だったので、気がゆるんだ』と語っておられました。めったに語られることがない大御所たちの本音や失敗談などが本に織り込めているとしたら、やはり院生たちの功績でしょう。
ですが、インタビューをするのは初めて、それをまとめるのも初めてという院生がほとんどでしたので、その点ではかなり苦労しましたね。インタビュー前には入念な準備をし、院生は、自分が担当する方の研究論文や本など、主要業績について相当な『勉強』をしてのぞみました。大ベテランの研究者に質問するのはとても緊張したはずですが、いい経験になったと思います。
──「ジェンダー」といえば、一橋大学はジェンダー研究の授業が豊富なイメージがありますが、学生から人気の授業なのですか?
私は2005年、一橋大学にジェンダー研究の専任として着任しました。社会学部で、授業名に「ジェンダー」を謳ったものは他にはまだありませんでした。そして、2007年の大学院社会学研究科内に「ジェンダー社会科学研究センター」(CGraSS)が発足します。以来、一橋大学では、毎年、学部・大学院向けに50科目以上のジェンダーやセクシュアリティに関するさまざまな授業を提供し、延べ4000名の受講者を得ています。中には、他大学からジェンダーの授業を受けにくる学生もいますね。
──本書を作ろうとしたきっかけは何ですか?
いまや、ジェンダー研究というと、社会学の分野だけでなく、文学や法律、哲学、スポーツなど多岐にわたるようになりました。大学でたくさんの授業が設けられているので、学生や院生はジェンダーは「エスタブリッシュ」された学問領域だと思っています。しかし、学問としての歴史は浅く、いまだに風向きが変われば飛ばされてしまうような「あやうさ」と隣り合わせです。
エスタブリッシュメントとは、社会的に確立した体制や制度という意味ですが、決して盤石な基盤を持ってきたわけではない。女性学やジェンダー研究が、学問としての地位を獲得し、大学の授業を開講するまでに、どれほどの先人の闘いや苦悩があったのかを知り、さらにいまも闘い続けている身としては、
「エスタブリッシュメント」の評価には違和感しかない。そこから、パイオニアである研究者の方々がどのようにジェンダー研究を築き上げてきたのかを記録し、次世代へと引き継ぎたいと思うようになりました。
──具体的にどうやって本書を作ったのですか?
CGraSSの教員を中心に、先端課題研究という社会学研究科のプロジェクト型の授業に名乗りをあげました。『ジェンダー研究の過去・現在・未来 ―女性学・ジェンダー研究のパイオニアに対する聞き取り調査を中心に』が、2014年度~2017年度の研究として決まったことで、教員と院生の共同研究プロジェクトがスタートしました。どの方をパイオニア研究者とするのか、誰にインタビューをするのか、すべて教員と院生で話し合いながら進めていきました。私たちの専門領域は社会学と歴史学が多いため、候補にさせていただいた研究者には両分野の方が多くなり、偏りがでてしまっています。でもきっと、それを補ってくれる後続プロジェクトがいつか立ち上がることでしょうから、次世代の研究者に願いを託しています。
(聞き手・構成/平井明日菜)
編者プロフィール
佐藤文香[サトウフミカ]
1972年生。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。博士(学術)。一橋大学大学院社会学研究科教授。専門はジェンダー研究、軍事・戦争とジェンダーの社会学。
<インタビューを終えてー編集後記>
佐藤教授がインタビュー中で、「もしかしたら、21名の研究者の教え子だった人など、大学時代を思い出して、懐かしい気持ちで手にとってくださる方もいるのかもしれません」とおっしゃっていましたが、ずばり、何を隠そう筆者もその一人。かつて、勝方=稲福恵子教授に教わったことがあり、その章を読んでいると、授業の風景が思い出され久々に学生時代に戻った感覚になりました。
ここに紹介されている研究者の方々のインタビューを通して、学問とは自分の内部から生まれてきた「なぜ?」の問いに答えをくれるものだと再確認しました。21名のそれぞれの問いはバラバラで、同じではないのですが、学問を突き詰めていくことで、目の前に道ができていくのだと思いました。
本書の中で、上野千鶴子さんはフェミニズムを「弱者が弱者のままで、尊重されることを求める思想」と位置づけています。そして、これを求めるために、「同じ歌だけど、違う声で何度も何度も、絶対に忘れないように若い人の声で歌ってもらわないといけない」とも語っています。フェミニズムやジェンダー研究の夜明け前を生きたパイオニアたちからのメッセージ。明日を生き抜く力に変えていけます。
本書は第1部、第2部、第3部で構成。
第1部「新しい学問の創出」。
「女性学」や「男性学」がいつ、どのようにして生まれたかをテーマに、ジェンダー研究の草創期を作り上げてきた方々にインタビューしたもの。70年代のウーマンリブ運動や、原ひろ子、井上輝子、上野千鶴子など、女性学を立ち上げ、発展させた9名が登場する。それぞれの生い立ち、研究に取り組むことになったきっかけ、女性学の地位確立を目指す奮闘などが、その人の言葉でリアルに語られる。
第2部「歴史を拓く」。
「女性史」や「ジェンダー史」「男性史」は、歴史学の中でも新たな学問分野として近年注目を集めるようになった。この分野を切り開いてきたもろさわようこ、伊藤康子、加納実紀代ほか10名の研究者にインタビューしたもの。
第3部「個に寄り添う」。
セクソロジーからヒューマンセクソロジーへと題を打って、池上千寿子、村瀬幸浩にインタビュー。
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