トランプ大統領が次々に打ち出す大統領令で米国社会は真っ二つの様相だ。特に中東とアフリカ7か国の国民に入国禁止令を出したことで国民の反応は二つに分かれた。
ロイターの世論調査では49%が賛成、41%が反対なのに対し、ギャラップ社の調査では反対が56%と賛成を上回る。いずれにしても賛否は拮抗しているので米国社会は分断されたと言って良い。
そんな折に、現状を見通すかのようなアメリカ映画をケーブルテレビで見た。5年前に公開された犯罪映画『ジャッキー・コーガン』である。ブラッド・ピットが殺し屋のジャッキー・コーガン役を演じた。殺し屋が賭場荒しの強盗3人を始末する話なのだが、そのストーリーが08年のアメリカ大統領選挙と並行して展開する。
まず冒頭、うらぶれた白人の若者が新聞紙やほこりが風に舞う汚れた街を歩く姿に、どこからか黒人初の大統領候補オバマの演説が聞こえてくる。「アメリカの国民よ!この瞬間は我々にとってチャンスだ。自由の精神こそこの国を象徴するものだ。我々が自由に人生を描けるという約束だ」。
歩く若者の後ろにオバマの「チェンジ」の看板が見え、物語が08年の大統領選挙の時なのがわかる。その選挙戦の最中にリーマン・ショックが起きアメリカ経済は100年に一度という危機に見舞われた。
白人の若者は刑務所で知り合った男から仲間と2人で賭場から金を奪う計画を持ちかけられる。ここで格調高いオバマの演説と金も未来もない現実の若者とが対比される。2人は賭場荒しを引き受け大金を奪うことに成功する。賭場を仕切るヤクザは殺し屋ジャッキー・コーガンを雇い強盗と黒幕の殺害を一人1万5千ドルで依頼する。
いろいろ曲折はあるが殺し屋は3人を殺害する。その間にカーラジオや空港のテレビから未曽有の経済危機に陥った後のブッシュ大統領の言葉などが聞こえてくる。殺し屋が報酬を貰うためバーで雇い主と落ち合うラストシーン、バーのテレビには勝利演説をするオバマの姿が映っている。
「これが答えだ。老若男女、金持ちと貧困層、民主党と共和党、黒人、白人、先住民族、ゲイ、ストレート、みな平等だ。我々は個人の寄せ集めではない。我々は今も、これからも、党の違いを超え、我々はアメリカ合衆国だ。我々は一つの国家として栄え、衰える。我々は証明した。この国の真の力は武力や富でなく、たゆまぬ理想の力によると。民主主義、自由、チャンスと希望の力なのだ」。
オバマの支持者たちの熱狂的な歓声がテレビから流れてくるが、バーの中は静かで客は誰もテレビを見ていない。殺し屋は「金額が足りない」と文句を言う。雇い主は「不景気だから値下げした」と答える。そこに再びオバマの演説が聞こえてくる。「アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つだと確認しよう」。
すると殺し屋が「一つの国民なんてジェファーソンの作った幻想だ」と言う。「ジェファーソンは聖人だ。すべての人は平等だと言った。だが子供たちに奴隷を所有させ、英国に税金を払うのを嫌がった。そしてワイン好きだ。民衆を扇動して大勢を戦争で死なせ、その間、ワインを飲み奴隷を犯した。何が一つの共同体だ。笑わせるな。アメリカで生きるのに頼れるのは自分だけだ。アメリカは国家じゃない。アメリカはビジネスだ。ちゃんと金を払え」。そのセリフで映画は終わる。
ジェファーソンとは、アメリカ建国の父、イギリスの植民地支配に抵抗して基本的人権を柱とするアメリカ独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンである。「すべての人間は平等である」というアメリカ独立宣言はフランス革命などその後の世界に大きな影響を与えた。アメリカ民主主義の源と言える。
しかし殺し屋が言うように本人は奴隷制廃止を主張しながら「黒人は白人より劣る」と考え、黒人奴隷を性の対象とする当時の風習を自らも実行した。第三代大統領になると先住民族インディアンの強制移住を立案し、反抗する部族には皆殺しの方針で臨んだ。背景には先住民族を優生学的に劣悪と見る差別主義があったと言われる。
またジェファーソンは個人の自由と権利を守るには政府を縛る必要があり、同時に自分のことは自分でする自己責任の原則こそがアメリカの美徳と考えた。「小さな政府」の考えはここから出てくる。殺し屋が言うようにアメリカは決して国民の面倒を見てくれない。自分の面倒は自分で見なければならない。だからアメリカは国ではない、ビジネスなのだ。
黒人初の大統領は世界を主導する普遍的価値、すなわちアメリカ民主主義を前面に押し出して国民を統合しようとした。しかしアメリカ人の「タテマエ」の裏には「ホンネ」が隠されている。オバマ大統領が弁舌巧みにアメリカ民主主義を訴えると、そのたびに隠れていた差別主義の「ホンネ」が呼び覚まされる。それを映画は見通していた。
オバマの頭脳が明晰であればあるほど、弁舌が巧みであればあるほど国民の中に違和感が残り、沈潜していた「ホンネ」が呼び戻される。自分より優れた黒人を見ることへの嫌悪感が湧いてくる。それが平気で「ホンネ」をしゃべるトランプに引き寄せられ、隠さなければいけないと思っていた差別主義が日の当たる場所に出てきた。
しかしアメリカ独立宣言の影響を受けた世界は、個人の基本的人権や民主主義を普遍的価値と考え、君主制国家の多い欧州にもその価値観は根付いた。これまでアメリカが世界をリードしてきたバックボーンにはアメリカこそ普遍的価値を追求する先頭ランナーだという世界の認識がある。
それが初の黒人大統領の誕生で証明されたと世界は考えていた。しかしアメリカ国内では黒人大統領の誕生が「タテマエ」の裏に潜む「ホンネ」を引き出しトランプ大統領を誕生させた。そのトランプ大統領は現在オバマの業績を消すことに躍起になっている。
入国禁止の大統領令はその現れで、欧州の政治指導者は軒並みこれを批判しているが、アメリカ国民の半数が支持している状況は、アメリカが「タテマエ」より差別大国としての「ホンネ」に傾斜していることを示している。
イギリスの歴史学者クリストファー・ソーンは『太平洋戦争とは何だったのか』(草思社)でルーズベルト米国大統領とチャーチル英国首相の書簡などからこの戦争には「人種差別的側面」があると指摘し、「欧州諸国よりアメリカの対日差別意識の方が強い」と書いた。
私は知日派のアメリカ人からかつて「日本は北朝鮮とキューバと並び、最も理解不能の国」と言われて驚いたことがある。中国は理解できるが日本は理解できないというのである。確かに中国人の国民性は日本人よりアメリカ人と共通する部分が多い気はする。日本人は自然を征服しようと思わず共生を考えるが、彼らは自然を征服しようとする。
そう考えると日本人はアメリカの先住民族と近い文化を持っている。トーマス・ジェファーソンは先住民族の合議制で物事を決めるやり方やその文化に畏敬の念を抱き、アメリカの政治システムの参考にしたと言われる。しかし一方で、その独自の文化や生活習慣を捨てさせ、白人文化に同化させることを目指した。
「1000年はかかるだろう」とジェファーソンは言ったというが、それでも同化政策を推進するため先住民族を強制移住させ、反抗する部族は皆殺しにする政策を採った。80年代から日米摩擦を見続けてきた私には、異質な日本経済をアメリカに同化させるために採られてきた政策の数々にはジェファーソン時代と変わらぬ差別主義の「ホンネ」が見え隠れする。
トランプ大統領はしきりに80年代の日米摩擦時代と同じことを言う。それは同化政策がまだ未完了という意識の現れだと私は見る。ジェファーソンは「酋長」に命令すれば部族全体が従うと考えたが、合議制の先住民社会はそうしたやり方を認めなかった。それが皆殺し政策につながったと言われる。
トランプ大統領は安倍総理という「酋長」をワシントンDCとフロリダの別荘で歓待する予定だと聞いている。その狙いは自らの命令を実行させることにあるのだろう。「酋長」はその命令に従うのか。そして先住民と似た文化を持つ日本社会はそれに従うのか。我々は差別大国の「ホンネ」とどう向き合うかが問われている。
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
ロイターの世論調査では49%が賛成、41%が反対なのに対し、ギャラップ社の調査では反対が56%と賛成を上回る。いずれにしても賛否は拮抗しているので米国社会は分断されたと言って良い。
そんな折に、現状を見通すかのようなアメリカ映画をケーブルテレビで見た。5年前に公開された犯罪映画『ジャッキー・コーガン』である。ブラッド・ピットが殺し屋のジャッキー・コーガン役を演じた。殺し屋が賭場荒しの強盗3人を始末する話なのだが、そのストーリーが08年のアメリカ大統領選挙と並行して展開する。
まず冒頭、うらぶれた白人の若者が新聞紙やほこりが風に舞う汚れた街を歩く姿に、どこからか黒人初の大統領候補オバマの演説が聞こえてくる。「アメリカの国民よ!この瞬間は我々にとってチャンスだ。自由の精神こそこの国を象徴するものだ。我々が自由に人生を描けるという約束だ」。
歩く若者の後ろにオバマの「チェンジ」の看板が見え、物語が08年の大統領選挙の時なのがわかる。その選挙戦の最中にリーマン・ショックが起きアメリカ経済は100年に一度という危機に見舞われた。
白人の若者は刑務所で知り合った男から仲間と2人で賭場から金を奪う計画を持ちかけられる。ここで格調高いオバマの演説と金も未来もない現実の若者とが対比される。2人は賭場荒しを引き受け大金を奪うことに成功する。賭場を仕切るヤクザは殺し屋ジャッキー・コーガンを雇い強盗と黒幕の殺害を一人1万5千ドルで依頼する。
いろいろ曲折はあるが殺し屋は3人を殺害する。その間にカーラジオや空港のテレビから未曽有の経済危機に陥った後のブッシュ大統領の言葉などが聞こえてくる。殺し屋が報酬を貰うためバーで雇い主と落ち合うラストシーン、バーのテレビには勝利演説をするオバマの姿が映っている。
「これが答えだ。老若男女、金持ちと貧困層、民主党と共和党、黒人、白人、先住民族、ゲイ、ストレート、みな平等だ。我々は個人の寄せ集めではない。我々は今も、これからも、党の違いを超え、我々はアメリカ合衆国だ。我々は一つの国家として栄え、衰える。我々は証明した。この国の真の力は武力や富でなく、たゆまぬ理想の力によると。民主主義、自由、チャンスと希望の力なのだ」。
オバマの支持者たちの熱狂的な歓声がテレビから流れてくるが、バーの中は静かで客は誰もテレビを見ていない。殺し屋は「金額が足りない」と文句を言う。雇い主は「不景気だから値下げした」と答える。そこに再びオバマの演説が聞こえてくる。「アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つだと確認しよう」。
すると殺し屋が「一つの国民なんてジェファーソンの作った幻想だ」と言う。「ジェファーソンは聖人だ。すべての人は平等だと言った。だが子供たちに奴隷を所有させ、英国に税金を払うのを嫌がった。そしてワイン好きだ。民衆を扇動して大勢を戦争で死なせ、その間、ワインを飲み奴隷を犯した。何が一つの共同体だ。笑わせるな。アメリカで生きるのに頼れるのは自分だけだ。アメリカは国家じゃない。アメリカはビジネスだ。ちゃんと金を払え」。そのセリフで映画は終わる。
ジェファーソンとは、アメリカ建国の父、イギリスの植民地支配に抵抗して基本的人権を柱とするアメリカ独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンである。「すべての人間は平等である」というアメリカ独立宣言はフランス革命などその後の世界に大きな影響を与えた。アメリカ民主主義の源と言える。
しかし殺し屋が言うように本人は奴隷制廃止を主張しながら「黒人は白人より劣る」と考え、黒人奴隷を性の対象とする当時の風習を自らも実行した。第三代大統領になると先住民族インディアンの強制移住を立案し、反抗する部族には皆殺しの方針で臨んだ。背景には先住民族を優生学的に劣悪と見る差別主義があったと言われる。
またジェファーソンは個人の自由と権利を守るには政府を縛る必要があり、同時に自分のことは自分でする自己責任の原則こそがアメリカの美徳と考えた。「小さな政府」の考えはここから出てくる。殺し屋が言うようにアメリカは決して国民の面倒を見てくれない。自分の面倒は自分で見なければならない。だからアメリカは国ではない、ビジネスなのだ。
黒人初の大統領は世界を主導する普遍的価値、すなわちアメリカ民主主義を前面に押し出して国民を統合しようとした。しかしアメリカ人の「タテマエ」の裏には「ホンネ」が隠されている。オバマ大統領が弁舌巧みにアメリカ民主主義を訴えると、そのたびに隠れていた差別主義の「ホンネ」が呼び覚まされる。それを映画は見通していた。
オバマの頭脳が明晰であればあるほど、弁舌が巧みであればあるほど国民の中に違和感が残り、沈潜していた「ホンネ」が呼び戻される。自分より優れた黒人を見ることへの嫌悪感が湧いてくる。それが平気で「ホンネ」をしゃべるトランプに引き寄せられ、隠さなければいけないと思っていた差別主義が日の当たる場所に出てきた。
しかしアメリカ独立宣言の影響を受けた世界は、個人の基本的人権や民主主義を普遍的価値と考え、君主制国家の多い欧州にもその価値観は根付いた。これまでアメリカが世界をリードしてきたバックボーンにはアメリカこそ普遍的価値を追求する先頭ランナーだという世界の認識がある。
それが初の黒人大統領の誕生で証明されたと世界は考えていた。しかしアメリカ国内では黒人大統領の誕生が「タテマエ」の裏に潜む「ホンネ」を引き出しトランプ大統領を誕生させた。そのトランプ大統領は現在オバマの業績を消すことに躍起になっている。
入国禁止の大統領令はその現れで、欧州の政治指導者は軒並みこれを批判しているが、アメリカ国民の半数が支持している状況は、アメリカが「タテマエ」より差別大国としての「ホンネ」に傾斜していることを示している。
イギリスの歴史学者クリストファー・ソーンは『太平洋戦争とは何だったのか』(草思社)でルーズベルト米国大統領とチャーチル英国首相の書簡などからこの戦争には「人種差別的側面」があると指摘し、「欧州諸国よりアメリカの対日差別意識の方が強い」と書いた。
私は知日派のアメリカ人からかつて「日本は北朝鮮とキューバと並び、最も理解不能の国」と言われて驚いたことがある。中国は理解できるが日本は理解できないというのである。確かに中国人の国民性は日本人よりアメリカ人と共通する部分が多い気はする。日本人は自然を征服しようと思わず共生を考えるが、彼らは自然を征服しようとする。
そう考えると日本人はアメリカの先住民族と近い文化を持っている。トーマス・ジェファーソンは先住民族の合議制で物事を決めるやり方やその文化に畏敬の念を抱き、アメリカの政治システムの参考にしたと言われる。しかし一方で、その独自の文化や生活習慣を捨てさせ、白人文化に同化させることを目指した。
「1000年はかかるだろう」とジェファーソンは言ったというが、それでも同化政策を推進するため先住民族を強制移住させ、反抗する部族は皆殺しにする政策を採った。80年代から日米摩擦を見続けてきた私には、異質な日本経済をアメリカに同化させるために採られてきた政策の数々にはジェファーソン時代と変わらぬ差別主義の「ホンネ」が見え隠れする。
トランプ大統領はしきりに80年代の日米摩擦時代と同じことを言う。それは同化政策がまだ未完了という意識の現れだと私は見る。ジェファーソンは「酋長」に命令すれば部族全体が従うと考えたが、合議制の先住民社会はそうしたやり方を認めなかった。それが皆殺し政策につながったと言われる。
トランプ大統領は安倍総理という「酋長」をワシントンDCとフロリダの別荘で歓待する予定だと聞いている。その狙いは自らの命令を実行させることにあるのだろう。「酋長」はその命令に従うのか。そして先住民と似た文化を持つ日本社会はそれに従うのか。我々は差別大国の「ホンネ」とどう向き合うかが問われている。
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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