子どもの頃、好きだった絵本のことを憶えていますか? もしかしたら、誰かに絵本を読んでもらっていたことを思い出せる人もいるかもしれません。今回、京都・西陣にある古本屋『カライモブックス』が紹介してくれるのは、小さい子どもに読み聞かせるための絵本。そして、なぜか大人になってもふと思い出せるような“くっきりした記憶”を描いた作品です。
まずは、本を紹介してくれる『カライモブックス』のことをかんたんにお伝えしたいと思います。
●京都・西陣の古い街並みに佇む古本屋『カライモブックス』
『カライモブックス』は、いわゆる西陣と呼ばれるエリアの古く静かな街並みのなかにひっそりと佇む古本屋さんです。店主は、奥田順平さんと“野口さん”こと奥田直美さん。まだ若いご夫婦です。
オープンしたのは5年前。ちょうど、30代前後の若い世代によるおしゃれでかわいい古本屋さんの開店が相次いだ時期にあたりますが、『カライモブックス』は他のお店とはちょっと毛色が違っていました。
「イマドキの若い人」らしくない取り扱い書籍のラインナップ。熊本県天草市に生まれ、水俣で育った小説家・詩人の石牟礼道子さんの著作と水俣病関連書籍を核として、詩と文学、社会運動、人文書、芸術書、児童書などが並んでいます。「一本筋の通った本棚ですね」と言うと、順平さんは「そんなのカンチガイですよ」と手をひらひらさせて否定しました。
「他のお店にない本があるからセレクトしているように見えるけれど、うちはどんな本でも置いていますよ。ほら、外の100円コーナーを見てください。本はその人自身が選ぶもの。うちは非セレクトショップです」。
そんな話をしている間にも、100円コーナーにはご近所のおじいちゃん、おばあちゃんがやってきて一冊、二冊と本を買い、ひとしきり世間話をしていきます。ご近所さんにとっては、『カライモブックス』で本を買い、若い店主のふたりと話すことが散歩の楽しみになっているのかもしれません。
●「海と山と人の美しい場所」水俣への思い
もともと、順平さんと野口さんは「古本屋をやりたい」と思っていたわけではありませんでした。野口さんが愛読してきた石牟礼道子さんの作品を一緒に読むうち、「作品の舞台になった天草や水俣を訪ねてみよう」と、ふたりで旅するようになりました。
いったんは水俣への移住も真剣に検討したそうですが、いろいろ考えた末に京都で暮らすことにしたふたりは「少しでも水俣に関わり続けられる仕事をしよう」と古本屋さんを始めたのでした。店名にある『カライモ』は南九州でのサツマイモの呼び名で、やはりその由来は石牟礼道子さんつながっています。お店では、本だけでなく水俣の海産物や石けんなども取り扱うことにしました。
「遠くからも、水俣や石牟礼さんに関心のある人が来てくれはったりします。おじさんたちも、若い世代の人がこういうお店をしていると『とりあえず行ってみようかな』と思ってくれはるみたいで。『志は立派やけど儲からへんやろう?』って本を持ってきてくださったり。ほんとにお客さんに助けてもらっています」。
お店に置いてあるものを見て「水俣出身の人ですか?」と聞くお客さんもいるそうですが、そのたびに順平さんは「水俣のものを扱うのに特別な理由がいるのだろうか」と思うそうです。
「ぼくは水俣の支援者でもなく研究者でもありません。ただ、水俣が好きなだけです。だけど、この言葉では納得をなかなかしてもらえません。ずっと、まあ、いいかと思っていましたが、言おうと何度でも言おう、分かりやすく、難しい言葉ではなくて伝わる言葉で言おうとさいきん、右往左往しています。京都からでも、古本屋からでも、水俣を思うことはできる。希望はたくさんある、と思っています。」(メールマガジン『唐芋の側面36号』2013年11月11日発行より引用)
こういった文章に触れていると、「水俣=水俣病」というイメージの連鎖がほどけていくなあと思います。そして、真新しく、改めて水俣という土地やそこに暮らす人たちに出会ってみたいという気持ちも湧いてきます。
●『カライモブックス』が選ぶ一冊:たぬき
書名:たぬき(ちいさなかがくのとも 2012年9月号)
著者名:伊藤比呂美・文 /片山健・絵
出版社名:福音館書店
さて、今回『カライモブックス』が選んでくれたのは奥田家のひとり娘・みっちん(3歳)も大好きだという絵本『たぬき』です。
しかも、この作品の舞台は熊本なのだそうです。主人公はなっちゃんという女の子。庭先で見た「いぬみたいで、いぬじゃない」動物を、お母さんに「あれは、たぬき」と教えてもらってから、ほんとうにたぬきに出会うまでのことが描かれています。「片山さんが描く女の子の絵、表情がたまらないよねえ」と順平さんはうれしそうに見せてくれました。
この絵本について、野口さんが言葉を選びながらていねいに話してくれました。
「子どもを育てているとね、子どもが言葉を憶えていくことに葛藤があるというか。ひとつの言葉を選ぶことは、他の何かを捨ててしまうことでもあると思うんです。混沌とした気持ちを頭のなかで整理していっているのかなと思うと、うれしいけれどちょっと寂しいっていうか。子供時代って、唯一の言葉がない世界がある時期だと思うんです。その時期を脱しつつあるのかなと思うと『ああ、もっとゆっくりでもいいよ』と思うこともあって」。
野口さんは、『たぬき』に描かれているのはまさにそういう時期の子どもの体験ではないかと感じているそうです。ある夏にたぬきに出会うという体験は、“なんてことのない体験”なのかもしれません。でも、とてもくっきりとした子供時代の記憶のイメージです。
「絵本って、言葉の世界に生きていない人がだんだん言葉の世界に近づいてくる過程にあるもの。そして、言葉を駆使しない世界を追体験できるのが絵本なのかなあって思います」。
野口さんの話を聞いていると、もう一度幼いころに読んでいた絵本を探してみたくなりました。その頃の自分はどんなふうに言葉の世界に近づいていったのか、、言葉を持たなかった時代のことをどのくらい憶えているのかを確かめてみたいと思うのです。
いかがでしょう。みなさんも、ひさしぶりにゆっくりと絵本のページをめくってみませんか?
●カライモブックスについて
石牟礼道子さんの著作や水俣関連の書籍を大切に取り扱うほか、詩と文学、社会運動、人文書、芸術書、児童書など様々なジャンルを揃える。お店の外にある100円本コーナー、入り口近くの200円本コーナーには掘り出し本も。不定期で『カライモ学校』という勉強会などを開いたり、水俣物産などの販売も行っている。「カライモ」は南九州でのサツマイモの呼び名。季刊でフリーペーパー『唐芋通信』を発行。
店名:カライモブックス
住所:京都市上京区大宮通芦山寺上ル西入ル社横町301
電話:075-203-1845
営業時間:11:00 – 19:00(火・水休)
ウェブサイト:http://www.karaimobooks.com/
編集部より)『ガジェット通信』のシリーズ連載「書店・ブックカフェが選ぶ今月の一冊」の京都編です。京都編の裏テーマは「本屋に行こう」。店主さんのおすすめ本やお店の日常を京都在住のライターがほぼ飛び込みで取材を行い「本のある場所に通うたのしみ」をライブでお届けしています。
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