ある日の東京地裁。罪名は「神奈川県迷惑防止条例違反、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反」。この条例違反は電車内の痴漢が多い。神奈川県と東京都の条例違反で起訴されていて、東京地裁で裁かれているということは、かなり長い間痴漢を働いて都内で逮捕されたのか……? このように罪名の並びでどんな事件かあれこれ想像を巡らせるのは傍聴人の悲しい習性である。少し遅れて法廷に入ってみた。
被告人はスネ夫に似た顔立ちで、度の強いメガネをかけた若い男性。若さゆえか、頭髪は強烈に脂ぎっていて、異様なツヤ感をかもしだしていた。これは痴漢されたらキツいな……まだどんな事件か分からないのに先走って震え上がってしまう。
法廷ではちょうど被害者の調書読み上げだった。しがない傍聴人である筆者の読み通り、県をまたいだ電車内の痴漢のようだ。「東戸塚まで男は何もしてこなかったけど、スカートの上からお尻をなでられるような感触……捕まえると最初は“やってない”と言ったり“お金出すから”と言ってきたりしました」と、あれこれ悪あがきしていたようである。しかも、逮捕された前日にも痴漢を働いていた。やりすぎだ。
被告人の調書によれば「武蔵小杉駅で降りるはずが西大井駅で降りました。痴漢をしていてその感触が気持ちよくて、ずっと触っていたいと思ったからです」とのこと。
情状証人として母親が出廷。事件の知らせを受けたときのショックなどを語ったほか、今回の示談金を立て替えた事、以前にも痴漢で2回、罰金刑を受け、そのお金も立て替えている事なども明らかになった。かなり痴漢歴は長いようだ。しかも、立て替えてもらった罰金刑のお金もまだ返していないらしい。
被告人質問では「電車内で触りたい気持ちがつよく出てしまった。今回は自分の気持ちが弱く、痴漢したい気持ちを抑えきれなかった、勾留期間が長く色々考える時間があったのでもうやらない」といわばお決まりのセリフでかためる被告人。これは検察官に突っ込まれるぞ……。
ところが、突っ込み云々よりも、別の困った事態が発生してしまった。
検察官「犯行前日にも痴漢やってますけど、2日も続けて気持ちが高まったんですか?」
被告人「もちろん偶然とはいえ……(声が小さくて聞こえず)」
検察官「今後、気持ちがゆるんだら?」
被告人「勾留期間の間に……(また聞こえなくなる)」
検察官「今後、気持ちをゆるませないように、どうしたいんですか?」
被告人「ボソボソ……(全く聞こえず)」
なんと被告人の声が小さすぎて何言ってるか分からない。傍聴席の前から2列目で傍聴していてもこの有様。しかも、耳に手をあてて、よく聞こえるようにして聞いてもこうなのだ。すさまじいウィスパーボイス。多くの裁判では検察官や裁判官が被告人に、もう少し大きな声でしゃべるよう注意したりするのだが、この法廷ではそんな注意がなく、被告人の声がほとんど聞こえないまま裁判は続き、最後の方では本当にささやき声になっていた……。声の小さい被告人に注意するもしないも、裁判所の自由だが、これはちょっとひどいよ。と自分勝手にあれこれ憤る。
検察官「カウンセリング先はどこ?」
被告人「ボソボソ……(全く聞こえず)」
ひぃ~。
この質問でかろうじて、被告人がカウンセリングを受けるのだと分かるが、それがどこで受けるのか全く聞こえずもどかしさは続く。検察官の質問からは他に「電車に乗るつもりがあるんですか!?」など、どうも「電車に乗ると痴漢を働いてしまうので電車に乗らないようにする」という非現実的な解決策に話が転がっているようだった。痴漢裁判ではたまにこの「電車に乗らない」案が持ち上がり、検察官は被告人に対してやみくもに、電車に乗らないよう促すが、大都会の東京砂漠でそれは難しすぎるだろう……しかしそれよりもこの法廷では被告人の声の小ささを誰も注意しないことのほうにヤキモキしてしまった。これが違う裁判官だったら、いまごろ被告人の声の小ささを叱り飛ばしてるはずだ。それに、そもそも裁判官もかなり声小さいし……。傍聴人泣かせの裁判官だ。
求刑は懲役6月。何度も親に尻拭いをしてもらっているうちは、本当に懲りる事がないんじゃないだろうか。判決も気になるが、もうこの裁判官の裁判は傍聴するのがキツい……。
画像引用元:flickr from YAHOO
http://www.flickr.com/photos/woinary/3675607512/
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