フリージャーナリストの安田純平さんがシリア取材や戦地取材にまつわる話を伝える連載です。
冒頭写真は砲撃するシリア政府軍の戦車。(2012年7月25日) 撮影 : 安田 純平
■自分がどう殺されるか知っておく
すでに廃墟と化した街並みにさらなる空爆が加えられていた。破壊された家屋の粉塵で煙る街路を、血まみれの負傷者が引きずられるように運ばれていく。炎上する戦車の周囲では武装した男たちが雄叫びを上げていた。
シリアの内戦が急速に激化していった7月下旬のある日、中東の衛星放送が流す映像に釘付けになった。自分がいる反政府側の拠点から4~5キロしか離れていない隣町タルビサの映像だったからだ。内戦取材である以上、反政府側が実際に戦闘している場面は見ておきたい。そのチャンスが目の前にあるのだ。
こちらの町の住民に「タルビサに行く」という話をすると「お前は死にたいのか?」と言う人もいた。タルビサは6月に反政府側が政府軍を完全に排除した解放区で、激戦地であるシリア第3の都市ホムスのすぐ北にあり、反政府側と政府側が対峙する最前線となっている。6月以降の政府軍の空爆と砲撃で街は廃墟と化し、数万人いた住民のほぼ100%が離散した。危険があるのは確かだろう。
しかし、反政府側の戦闘員がこちらの町とタルビサを行き来しており、「行くだけで死ぬ」という状況ではなさそうだ。彼らに聞くと在住の地区ごとに編成した反政府側の武装組織が20部隊、計約1250人の戦闘員がおり、死者は多い日で20人ほどという。これが毎日ならば死傷の確率もかなり上がってくるが、こちらは長期滞在するわけではない。死傷者は地上部隊同士がぶつかり合う場所に集中しているはずで、そこまで行くかどうかはタルビサに入ってから決めるということでよいだろう。
タルビサの周辺には政府軍が展開している。午前2時すぎにこちらの町を車で出発し、場所によってはライトを消し、カーオーディオなど光る部分には覆いをして、夜陰にまぎれて4時ころにタルビサへと入った。実はタルビサはそれまでに3度通過していたが、いずれも日中だった。それまでよりも状況が緊迫していることは確かなようだ。
現地で合流した反政府側の部隊は、路地からさらに奥まった場所にある3階建て民家の1階を拠点にしていた。空爆が直撃した場合は壊滅するかもしれないが、迫撃砲弾なら耐えられるだろう。地上戦が始まっても、取材をしないと決めてしまえば、この拠点に閉じこもったまま無事にやり過ごせそうだ。しかし、取材をしたいが死にたくも怪我したくもない自分としては、現場に行くか、諦めるかの判断をあらかじめしておかなければならない。
朝になると、政府軍の迫撃砲弾が散発的に飛び始めた。風を切るような飛来音から判断すると、砲弾は南東から北西の方向に飛んでいるようだった。「迫撃砲(アラビア語でハウウェン)はこの方向に飛んでいるのか?」とアラビア語の単語と方角を指さすなどして戦闘員たちに確認する。
簡単な英単語程度なら通じるが、ここの戦闘員たちとはアラビア語で意思疎通するしかなかった。これまでは必要に応じて英語を話せる現地人に通訳を頼んでいたが、危険が伴う最前線の取材につれてくるわけにはいかない。通訳の安全確保に意識をとられることになるし、取材に来ている外国人と違って現地の常識人は最前線になど行きたくないのが普通なので、判断に必要な情報を正確に訳してくれない恐れもあるからだ。
込み入った話をわざわざ最前線でする必要はないので、ここでは状況を把握するために必要な最低限の単語と、身振りを交えつつ、ノートに図面を記しながら情報収集をする。シリア滞在中は、これだけでも「なんでアラビア語話せるの?シリアに留学してたの?」と何人もから言われたものだ。部下を抱えている部隊長ともなると、面倒見がよいうえに、こちらの使う単語をあえて使って分かりやすいように説明してくれる賢い人が多く、話を聞くべき相手を見極めればなんとかなる。
ここで知るべきことは、「政府軍(ジェイシ・アサド=アサド大統領の軍)」に対して「自由軍(ジェイシ・ホル=反政府軍)」は「どこ(ウェン)」で「どう(ケイフ)」「戦う(キタール)」のか、である。
タルビサは、南のホムスから延びる高速道路が町の中心をまっすぐ北へ貫いている。政府軍の「兵士(アスカリ=軍という意味だが兵士として通じた)」と「戦車(ダッバーバ)」はホムス方向から高速道路を通って侵攻してくる。多い時で兵士300人、戦車数台にもなるという。最前線はタルビサの市街地の南端である。
これに対し、反政府側は自動小銃AK47やロケットランチャーRPG7、汎用機関銃PKMなどで武装し、多い時は1000人近くを投入して四つ辻などで「家(ベイド)」などの陰に隠れて兵士を銃撃する。高速道路から市街地へ侵入する戦車はあらかじ埋めてある地雷で吹き飛ばす。このあたりは図面を書いてもらいながら身振りと合わせて説明してもらった。
戦車の砲弾や銃弾は横に飛んでくるので、相手がいる方向がわかっていれば対処しやすいし、家などの遮へい物があれば、壁を破壊されないかぎり防ぐことができる。では「なぜ(レイシ)」「殉教者(シャヒード=イスラム教スンニ派の反政府側は戦死を一般的な死ではなく殉教と捉えられていた)」や「負傷者(ムサーブ)」が続出するのか。
「迫撃砲と爆撃(カセフ)だよ」とある司令官が図面を書きながら教えてくれた。路地で家や塀の陰に隠れて応戦している反政府側に、上空から砲弾や爆弾が降り注ぐのである。この前日にも、政府軍兵士への応戦中に迫撃砲を撃ち込まれて10人が重傷を負っていた。
私はこの時点でシリアに1カ月以上滞在しており、帰国の寸前なので無理をする必要はない。銃撃してくる政府軍兵士を撮るのは諦めて死角にいれば、横方向から飛んでくる銃弾や戦車砲にやられる確率はかなり下がる。
となると、自分が死んだり怪我を負ったりするのは、迫撃砲かヘリからの空爆によることになりそうだ。その対処法はあるのだろうか。
戦闘員たちは、迫撃砲の発射音が聞こえたら屋内に退避する、と図面で説明してくれた。しかし、彼らが出す銃撃音も鼓膜が破れるかと思うほどの音量であり、聞き取れるとは思えない。少なくとも直撃を避けるためには、できるだけ外には出ずに、分厚い屋根のある場所から撮影するのが望ましい。
注意すべきなのは着弾後に飛び散る破片だ。斜め上空に撃ち上げられた迫撃砲弾は、下向きに落ちてはくるものの、地面に垂直にではなく進行方向に若干斜めに着弾するので、破片もその方向に飛び散りやすい。ここは砲弾が南東から飛んでくるから、着弾後の破片は北西方向に広がりやすいとすると、建物の入口や窓が北から西に向いている方がよい。
平穏な朝のうちに最前線となる現場付近を案内してもらうと、北向きの玄関がある2階建ての建物があった。高速道路までは100メートルほどで、反政府側は周囲の路地や建物の中から迎撃する態勢を整えていた。玄関の中からカメラを向ければ反政府側戦闘員を後ろや横から撮影できそうだ。ヘリに関しては、この時点での反政府側には目視で銃撃する対空機関砲しかなく、事実上お手上げ状態なので、シリアにいる限り諦めるしかない。
周辺も含め特に破壊されておらず、集中してこの建物が狙われている様子はない。ここで死傷するとすれば、空爆で建物が全壊するか、玄関の目の前に迫撃砲弾が着弾し、破片が屋内にも飛び込んだ場合だが、それは運が悪かったと思うしかないだろう。戦場である以上、現地の戦闘員たちも思いつかないような状態が発生する可能性もあるが、それを考えたら現場取材自体ができなくなってしまう。
ここまで状況を見た段階で、挑戦できる現場であると判断した。
しばらくすると政府軍の戦車1台が、高速道路から戦車砲と機銃による攻撃を開始した。頭上を銃弾がピュンピュンと飛んでいても、戦車が遠巻きに撃っているだけならば反政府側はあえて戦わないようだ。彼らの武器では、当たりどころがよほどよくなければ戦車を破壊できないからだ。見張りが「兵士だ」と叫ぶたびに配置につくがこの日はすべて見間違いで兵士の襲来はなく、反政府側も機関銃を撃って牽制するにとどまった。
運がよいのか悪いのか、この日に限って地上戦の最も激しい状態は発生しなかった。自分の日程の問題もあり、砲撃する戦車と銃撃する反政府側を至近距離から撮影できたことでよしとして、タルビサからはこの日の夜に去ることにした。
翌日には反政府側から攻撃をしかけ、政府軍の戦車砲で4人が死亡したという。私がトルコに出国する際に乗せてもらった車には、タルビサから運ばれてきた、見るも無残な重傷者2人が横たわっていた。
【写真説明】
(写真1)砲撃するシリア政府軍の戦車=2012年7月25日
(写真2)重傷を負ったタルビサの反政府側戦闘員をトルコに入院させるために搬送する=2012年7月30日
安田純平(やすだじゅんぺい) フリージャーナリスト
1974年生。97年に信濃毎日新聞入社、山小屋し尿処理問題や脳死肝移植問題などを担当。2002年にアフガニスタン、12月にはイラクを休暇を使って取材。03年に信濃毎日を退社しフリージャーナリスト。03年2月にはイラクに入り戦地取材開始。04年4月、米軍爆撃のあったファルージャ周辺を取材中に武装勢力によって拘束される。著書に『囚われのイラク』『誰が私を「人質」にしたのか』『ルポ戦場出稼ぎ労働者』
https://twitter.com/YASUDAjumpei
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