2013年11月に実業之日本社から刊行された東野圭吾さんの長編サスペンス小説『疾風ロンド』。原作者より「映像化は困難」と言われていましたが、このほど映画化。緊張感のあるサスペンスストーリーの中に、どこかクスっと笑わせるコメディ的な要素が散りばめられた娯楽作品になっています。
監督を務めたのは、NHK『サラリーマンNEO』『あまちゃん』演出として知られる吉田照幸さん。『ガジェット通信』では吉田監督にインタビュー。作品の見どころや撮影時のエピソードなどをお聞きしました。
「原作にない部分を東野先生にアイディアをいただいた」
--まず、吉田監督にとって東野圭吾さんの作品を撮ることに、どのような意味があったのか、お聞かせいただければと思います。
吉田照幸監督(以下、吉田):もう、大好きで。『放課後』とか『卒業』とか、東野先生が初版作家と呼ばれていたときから、「なんでこの人の面白さがわからないんだろう」と、ずっと憤りがあったんです。でも『秘密』から世間が知り始めて、『白夜行』『容疑者Xの献身』から本当に大作家になっていますよね。
東野先生の大好きなところは、イタズラ心があるところ。犯人がわからないとか、ブラックな展開もあって、そういうところが自分がやってきた事と近かったので、いつもすごく楽しみに読んでいました。ですから、大好きな作家の一人の原作を映像化することは、すごくうれしかったです。
--『疾風ロンド』は雪山のサスペンスというところを大きく打ち出していて、その中に人間ドラマがあり、なおかつ吉田監督がお得意とされているコミカルなところもあり、その両方が合わさった作品になっていますが、脚本を書く上でポイントになったのは、どういったところでしょうか?
吉田:結果的に僕がやることになった決め手としては、やっぱりコメディ要素を入れることが得意だという事だと思うんですよね。台本を書き直させてもらっているんですけど、その中で、「より笑いを入れていきたいな」という気持ちがあったんです。サスペンスなんだけれども、コメディということが新しくて、なかなか日本映画ではないなと思って、まず興味を持ってやりました。
その上で人間ドラマも入っているというのは、やっぱり映画って、何か最後にちょっと自分を振り返る瞬間があってほしいなと思っているんです。ただ面白いというだけでは、やっぱり終わらせたくなかったので、栗林親子のエピソードを、原作にない部分を入れさせて頂いたんです。そうしたら先生から、入れさせて頂いた台詞に、スキーのことを例にしてやったらどうかと逆にアイディアをいただいて、先生が「後ろを滑ってると……」みたいな台詞をくださって、それを入れてみるといったみたいな、ちょっと不思議な状態でした。原作をお書きになった先生が、原作にないところの脚本を書いているみたいな。面白かったですね。
--原作者から直接、「こういうふうにしたらどうかな」というふうなことは、なかなかないですよね。
吉田:そうですね。「こういうシーンだったら、こういうことを栗林が言うんじゃないか」みたいなことを、やっぱり聞いてますからね。
--主演の阿部寛さんを演出されるということで、緊張なさったということですが、撮影時のエピソードをお聞かせいただけますでしょうか。
吉田:阿部さんって、本気なんですよ。雪の穴に入ったときも出やすいように遠慮していたら、「これだったら、出れちゃうだろ」って言って、自分で雪を入れちゃう人なんですよ。「ああ、この人、本気だな」と思って。やっぱり緊張しますよね。それと、例えばコース外に落ちるシーンでも、2つのお芝居をされて、「どちらがいいですか?」って聞かれるんですよ。要はそのとき、瞬時に判断しなきゃいけないんですよね。それに対して「なんで?」っていうこともなく、「わかった」って言って、もう決まっちゃうんですよ。
だからある意味、阿部さんに「何かこんなことをやってみようか、こういうことをやってみようか」っていうアイディアがあるのを、僕がジャッジするっていう関係になるんですよね。そのジャッジをしたら、阿部さんは「吉田監督に任せます」と言って、もうそれに決まっちゃうんですよね。だから、「すげぇ責任が重いな」と思って。しかも瞬時に決まっちゃうんで、プレッシャーでしたね。あと身長が高いですからね、単純なプレッシャーっていうんですかね(笑)。
『GoPro』で撮影した理由は?
--千晶役の大島優子さんとムロツヨシさんが、スキーとスノーボードでチェイスするシーンが迫力満点でした。
吉田:そこは3ブロックに分けて、頭は体感させたいと思ったんです。みんなを滑っている感覚にしたい。真ん中は彼らの関係性。野沢温泉に行ったら、ハーフパイプがちょうど基地の近くにあったんですよ。せっかくスノーボードをやっているので、ハーフパイプを使いたいと思ったんです。最後はでっかい、雄大なところが借りられることになったので、チャンバラの一連の撮影。アスリートが集中したときに時が止まるようなシーンにしたいというような、大まかな流れがあるわけです。頭の「体感させる」というのが一番難しいですよ。それが、まさか10万円以下の『GoPro』で成り立つとは思ってなかったですね。
--『GoPro』を中学生の男の子が使っているシーンもありましたが、チェイスのシーンで実際に撮影で活用したのはかなり思い切っているな、と思いました。
吉田:そうですね。たぶんこれはスキーのアクション史上初めてだと思います。演出的にあれが効いているのは、やっぱり滑っている人のコース設定が木の中で、その後が連絡道路という迂回路を通っているんですよ。普通は、すごく広いところで撮るじゃないですか。そこを迂回路で撮っていてスピード感が出るんですよね。距離感が近くて臨場感が出る。あの距離感で滑るって、相当な技量がないとできないんです。
でも、昔はカメラを扱える人がプロにしかいないから、スキーが滑れるカメラマンが撮っていたわけです。そうすると「無理だ」となるんですけど、今みたいに自撮り棒で『GoPro』を付けて撮れるという時代になると、ああいう映像が撮れちゃうっていうことですよね。でも、それに気づかせてくれたのは、セカンドユニットのカメラマンが、僕が言った普通のアイディアを「つまんない」って言ったからです。
--つまらない?
吉田:「それじゃつまんない。ほかにないの?」って言われて、追い詰められて、その前に見た『YouTube』の、野沢温泉の上から下まで降りるという『GoPro』の映像を思い出して、思わず何も考えずに「ゴープロ」って言っちゃったんですよね。で、口に出した瞬間に、急に何かあふれてきて、「いっぱいいる人たちが、その2人に気づいて撮るっていう設定はどうか?」って言ったら、「それは見たことない」って言われたんです。実際に行って撮るまでは不安でしたよ。「成り立たなかったら、どうしよう」と思って。でも撮ってみたら、すごい迫力なんですよね。「これはいける!」って思いました。
--そのチェイスの映像が、『YouTube』にUPされているというふうなシーンもあって、かなりこだわって編集されているようにお見受けしました。
吉田:そうですね。本当にあの2人の戦いにしなきゃいけないのですけど、ネット上のベタな演出っていうんですかね(笑)。シャキーンと出てしまうみたいな、ある種のダサさも含めて、カッコよくなりすぎないということを、すごく意識しました。でも実際に素人の方が撮った映像とか流れていますけど、やっぱりプロが撮るのと画角の感性が違うんです。ああいうのが生かせるって、面白いですよね。だから、ああいう表現をすることによって、同時性っていうのがやっぱり出るから、『YouTube』にはすごくこだわりました。
--自分も『サラリーマンNEO』が好きなので、例えば生瀬勝久さんや田中要次さんが出てくるだけで、ちょっとクスッとしてしまうところもありました。そういったおなじみの俳優をキャスティングされていますが、彼らにどういうような役割を期待していらっしゃったのでしょうか。
吉田:『NEO』の方にお願いした理由は、手がかからないということですね(笑)。僕の好みがわかっているので、何の説明もなく僕の意図を汲んでくれるという事と、僕がずっと『NEO』でやっていて、「やりすぎる」ということを極端に嫌っていたんですよ。野間口(徹)さんも、ずっと『NEO』に出てくださっていた方ですけど、あのホテルのフロントマンっていうのは、「笑わない」ということをやらなきゃいけないんですよね。でも「お客さん商売なのに笑わないっていうのは、どのぐらいの冷たさだろう?」みたいな事を、普通の方なら聞いてくると思うんです。でも一切聞かないで始めますからね。だから本当に、その分ほかに力を入れられるので、ありがたいです。負担を減らしてくれるという(笑)。
--今回、中学生役の役者さんも、多く出演されています。若いキャストが大勢いる現場の雰囲気はどうでしたか?
吉田:みんな仲がよくて。(前田)旺志郎君、望月(歩)君、(濱田)龍臣君の男子3人が特に。部屋も一緒だったので、3人のコミュニケーション自体は大丈夫でしたね。
--野沢温泉自体は監督もご堪能されましたか?
吉田:はい。僕もずっと温泉に入っていました。
--スキー場だけでなく、町中のシーンもあって、野沢温泉村の協力があってこその作品だな、ということも拝見して感じました。
吉田:本当に協力していただきました。町の中の撮影も、本当は別のところで撮ろうとしていたんですよ。でもそこでは撮れなくて、結果的に一番の町中で撮るという。普通はできないです。しかも、いろんな機材を運んだりとか、そういうことも協力して頂きました。もちろんエキストラもやって下さいました。エキストラ、大変なんですよね。一回滑ったら、歩いて戻ったりするわけですよ、リフトが遠かったりすると。寒い中、ずーっと立っていてもらったり。そういうことも皆さんが、野沢温泉を愛してらっしゃる方だから、この映画を通して野沢温泉、もしくはウィンタースポーツに興味を持ってもらえたらという気持ちがあってこそだと思うんですよね。東野先生も野沢温泉を舞台に書かれて、よく行かれているので、そういう意味でも幸せでしたね。
--興味深いお話をたくさんお訊きできました。ありがとうございました!
『疾風ロンド』予告編 – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=xsEIBUto2QE [リンク]
映画『疾風ロンド』公式サイト
http://www.shippu-rondo-movie.jp/ [リンク]