今回はどらねこさんのブログ『とらねこ日誌』からご寄稿頂きました。
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■トランス脂肪酸ってどれぐらい危険なの(データ検証編)
※前回の記事
「トランス脂肪酸ってどれぐらい危険なの(準備編)」 2014年02月04日 『とらねこ日誌』
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20140204/1391505566「トランス脂肪酸ってどれぐらい危険なの(準備編)」 2014年2月15日 『ガジェット通信』
http://getnews.jp/archives/514143
(準備編)に続く二回目は、トランス脂肪酸を摂取する事で身体にどんな影響が心配されるのか、その危険性はどれぐらいのものなのかについて資料を示しながら検証してみようと思います。
●■ ちょっと硬化油の歴史
液体の油に水素添加をすることで常温で固体の食用油をつくる技術は、19世紀末に発見された金属触媒を利用した水素添加という化学反応を応用したもので、ドイツの化学者ノルマンが植物油に水素添加をすることで硬化油をつくる技術を開発した事が始まりと考えられております。1960年代には安価なバターやラードなど動物由来脂肪の代替食品として急速に広まるようになります。この状況に変化があらわれたのは1990年代に入ってからのことです。
1990年代になるとマーガリンやショートニングなどの硬化油に含まれるトランス脂肪酸の健康影響を示唆する論文が発表されるようになりました。この後、トランス脂肪酸には心血管疾患や血液中の脂質に悪影響がありそうだという研究が次々と報告されます。それまではバターよりも健康に良さそうというイメージを持つ人もいたこともあり、これは大変だと日本でも健康問題に興味のある人たちの間で話題になりました。
●■ どんな危険性があるの?
前回も説明しましたが、トランス脂肪酸を多量に摂取すると血中の「LDL濃度」が高くなり、「HDL濃度」を低下させてしまうという特徴があります。LDLやHDLというのは「リポたんぱく質」呼ばれるものの一つで、簡単に説明すると、そのままでは水に混ざらない中性脂肪やコレステロールなどの油を血液中に溶け込んで運ぶ事のできる形にしたものです。リポたんぱく質は中性脂肪、リン脂質、コレステロール、たんぱく質などから成り立ち、その成分の違いと大きさにより何種類にもわけられております。
ここではLDLは全身の必要な場所にコレステロールを運ぶ役割を、HDLには全身から余分なコレステロールを引き抜き肝臓に戻す役割がある、と簡単におぼえておくと良いでしょう。どちらの役割も大切なものなのですが、そのバランスが崩れたときには身体にも悪い影響が現れる事が知られております。
一般に飽和脂肪酸の多い食事をすると血中のLDL濃度は高くなり、HDLも少しだけ下げるとされておりますが、トランス脂肪酸の場合には飽和脂肪酸と同様にLDLを高くするだけでなく、飽和脂肪酸よりも大きくHDL濃度を低下させます。
このことは1990年代に行われた飽和脂肪酸を多く含む食事とトランス脂肪酸を多く含む食事がどれぐらい血中のLDLとHDLの比(HDL/LDL)に影響を与えるのかという臨床研究の結果を集めて分析した論文(Trans fatty acids and coronary heart disease. Ascherio A, Katan MB, Zock PL, Stampfer MJ, Willett WC. N Engl J Med. 1999 Jun 24;340(25):1994-8.)により明らかになりました。
飽和脂肪酸と同量のトランス脂肪酸を摂った場合にはLDL/HDL比の上昇させる程度は飽和脂肪酸に比べると2倍程度高いという結果がでたのです。
論文fig.1より(●がトランス脂肪酸の多い食事、■が飽和脂肪酸の多い食事を表す)
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/2014/02/0026.jpg
この部分はわかりにくいですのでどらねこなりに解説すると、トランス脂肪酸の摂取量をエネルギー摂取量あたり2%ほど増やしたときの身体への影響は飽和脂肪酸の摂取量で4%上昇させたときと同程度であるという感じでしょうか。
栄養学分野では脂質の身体への悪影響は色々検証されてきましたが、トランス脂肪酸はこれまで悪者扱いされてきた飽和脂肪酸よりも危険であると認識されるようになったわけです。
こうした血中脂質への悪影響だけでなく、循環器系疾患の危険性を高めるとされる疫学調査の結果(Hu FB, Stampfer MJ, Manson JE, Rimm E, Colditz GA, Rosner BA, Hennekens CH, Willett WC. Dietary fat intake and the risk of coronary heart disease in women. N Engl J Med. 1997 Nov 20;337(21):1491-9.)もあります。これは34~59歳の看護師を対象に行われた、食事内容と冠動脈心疾患の関係を調べた研究で、1980年の調査開始から1994年まで14年間まで追跡調査した結果です。
下の図は、トランス脂肪酸摂取量で5群に、不飽和脂肪酸摂取量で4群に、それを組み合わせて合計20の群に分割し、冠動脈疾患のリスクを比較したものです。トランス脂肪酸摂取が最も多く、不飽和脂肪酸が最も少ない摂取量の群の相対危険を1.0としたときに他の群はどれぐらいなのか(1.0より大きければリスクが高く、1.0よりも小さければリスクは低いということです)をみることができます。
看護師追跡論文Fig 1.より
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/2014/02/0032.jpg
トランス脂肪酸を多く含む食事をしている群ほど冠動脈心疾患のリスクが高い傾向があることがわかりますね。また、不飽和脂肪酸摂取量が多いとその危険性を低くすることが示唆されておりますので、個人の努力でリスクを減らせる余地はあるともいえそうです。
しかしながら、こうした調査ではトランス脂肪酸摂取量の多い人たちに運動量が少ない人が多いというような、別の冠動脈心疾患のリスクファクターを取り除くことはできないという限界もありますのでどれぐらいの危険性なのかまではこの論文ではいえないでしょう。
トランス脂肪酸の過剰摂取の問題は他に、体内の炎症反応を促進したり、インスリン抵抗性や血管内皮細胞の機能障害など肥満や飽和脂肪酸の過剰摂取と同じような身体への悪影響が指摘されております。とはいえ、飽和脂肪酸にはなくトランス脂肪酸だけに特徴的な危険性があるのかどうかはハッキリしていない、というのが現状なのだろうと思います。
●■ どれぐらいにおさえれば良いの?
摂りすぎればLDLを増やし、心血管疾患のリスクを高めるトランス脂肪酸ですが、現在日本では規制はされておりません。私たちはどの程度気をつけたら良いのでしょうか?
国際的な食事摂取基準としては、WHO/FAOが公表している集団における栄養摂取量の目標値とその範囲が参考になります。
表はこちらを参考に作成→
「5. Population nutrient intake goals for preventing diet-related chronic diseases 」 『World Health Organization』
http://www.who.int/nutrition/topics/5_population_nutrient/en/index.html#diet5.1
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/2014/02/0041.jpg
エネルギー摂取量の1%未満に抑えましょう(集団の平均を1%未満にという指針であり、それを超える個々人についても検討する必要があるというものなので、今後の検討で変更される可能性はある)という基準が示されているようです。では、この基準に対し、日本や諸外国の摂取量はどの程度なのでしょうか。食品安全委員会のトランス脂肪酸ファクトシートを参照してみます。
「「トランス脂肪酸」PDFデータ」 平成16年12月17日 『食品安全委員会』
http://www.fsc.go.jp/sonota/54kai-factsheets-trans.pdf)
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/2014/02/0051.jpg
なるほど、規制に動いているアメリカではWHO/FAOの示した1%どころか2%以上という高い摂取量であり、早急な対策が求められるのかもしれません。それに比べると日本は一応基準以内にあるようですが、食習慣が乱れた人では大きく基準を超える人が出てくる事も予想されどう判断したら良いものか・・・という状況なのでしょう。
●■ 分かれる意見
こうした報告やアメリカの対策などを受け、トランス脂肪酸対策はどうあるべきなのか様々な立場から意見がやり取りされております。消費者庁では食品表示制度のあり方にからめ栄養成分表示検討会にてトランス脂肪酸の表示について議論されております。
「栄養成分表示検討会情報」 『消費者庁』
http://www.caa.go.jp/foods/index9.html#m01http://www.caa.go.jp/foods/index5.html
また現在は表示義務等はありませんが、トランス脂肪酸の情報開示に関する指針(「トランス脂肪酸に関する情報」 『消費者庁』)として事業者が表示する場合のあり方についても示されております。
トランス脂肪酸のリスクについては、今回の記事で検証した内容はある程度合意ができているものだと思います。しかし、日本はどうしたら良いの?という部分では、「人工だから危険」という感情的なものを除いても意見が大きく分かれているようにも見えます。
「規制すべし」という意見もありますし、「表示の義務化が必要」というものや、「トランス脂肪酸のリスクについて啓発を」というような規制は不要という意見なども見られます。食べものと健康という分野には正しい食べ方や規制のあり方というものはありませんので、議論を続けて良さそうな落としどころを見つけていくものだろうとは思います。
●■ 次回(解釈編)へ
ここまではトランス脂肪酸はどういうものなのか、考えられる健康への影響はどのようものなのかについてなるべく個人の意見を少なめに書いてきたつもりです。結論から先に書いてしまうと元々反対意見であった人に読んで貰いにくくなると考えたからです。
前回から記事を読んでくださった皆様はどんな感想を持ちましたでしょうか? トランス脂肪酸に対する当初の印象や認識が変わった方がもしいらっしゃるとすればとても嬉しく思います。
というわけで、どらねこは「企業には食品中のトランス脂肪酸含量を下げる努力を続けて貰いつつ、規制や食品表示の義務化は不要」という意見である事を表明します。
次回は(解釈編)では(検証編)で示した資料(リンク先含む)などを見て、なぜそのような意見となったのかを書いてみようと思います。
執筆: この記事はどらねこさんのブログ『とらねこ日誌』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2014年02月13日時点のものです。
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