今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
■心理の教室(1) なぜ人はリストカットするのか?(中部大学教授 武田邦彦)
世の中に幸福そうに見える人がいます。その人たちに共通していることは、「やや、うるさい人」、「おしゃべりな人」、「時によっては自慢話などが入るから、イヤだ」という傾向があります。
なぜ、このような人が「幸福そう」に見えるか、心理学では「自己肯定感」とか「多幸感」という。人の世話をする、自分には余裕がある、人に親切にしている、私は幸福だ・・・そう思う日常が、少し傲慢に見せ、多弁にさせる。
人間は集団性のある動物だから、「自分が幸福」になるためには「集団に対して貢献している」という充実感が必要で、「自分一人だけが幸福になる」と言うことがどうしてもできない。本能的に「集団に貢献していないと自分は生きる価値がない」と理解しているのだろう。
この矛盾が生む病気の中にリストカットがある。
自分をリストカットする人のなかである割合で「電車の中でお年寄りが乗ってくると、眠るふりをする」という特徴が見られる。いつも何かが不満で、自分が損していると思い、自分だけ楽になれば幸福が訪れると思っている。
でも、同じ事だが人間は集団性の動物なので、他人から自分が「集団で役に立たないと思われているのでは無いか」との不安に駆られ、他人を敵視している内に「自分はダメな人間だから」となり不幸になり、リストカットに走ることがあるという。
(注:リストカットに至る原因は複数あり、何かの原因で心の病(自らを傷つける)になることがあります。この例はリストカットの患者さんの一例です。)
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動物の中には「一夫多妻制」が多い。メスは2匹とか3匹の子どもしか埋めないが、オスは1000匹も生むことができる。だからメスには全員、子どもを産んでもらい、オスはもっとも優れた遺伝子を持ったオスにお任せするのが良いので、淘汰の過程で一夫多妻が増えた。
男性というのはうぬぼれやすいので、「一夫多妻」と聞くとすぐニヤニヤしてしまう。自分がボスになった気分なのだが、実は1匹のオスと10匹のメスでハーレムを作る動物ではオスの内、9匹は「はぐれオス」になることを忘れている。
はぐれオスといっても、ボスとそれほど力が違うわけでは無い。ボス争いをしても決着がつかないぐらい実力が接近していることは良くあることだ。
ところで、ボスは10匹のメスと子どもを率いて生活ができる。これに対してはぐれオスは自分一人の生活なのに比較的、短命である。学問的には「ハーレムの大きさが大きいとオスの平均寿命が短い」という結果であらわれる。
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なぜ、はぐれオスは短命なのだろうか? それは人間のリストカットと同じ理由であると考えられる。
集団性の動物は、集団の「アフォーダンス」の影響を受ける。アフォーダンスとは本人は気がつかない情報が外部からもたらされる現象で、朝鮮戦争の時にギブソンが概念を作り、日本では佐々木先生などの研究が知られている。
人間は自分の五感で積極的に感じ、頭脳で認識したもので影響を受けると考えているが、実は、自分が気がつかない情報が回りから来て、それで影響を受けるという考えで、実際の事例も多く知られている。
つまり、「集団のアフォーダンス」というのは、集団性の動物の一つ一つの個体に「お前は集団に貢献している」とか「お前は集団に無意味である」という信号を送り続けることを言う。そして「貢献している」というシグナルを受けると、アドレナリンが分泌され、免疫系が上がって長寿になり、「無意味である」というシグナルを受けると、うつになり、免疫が衰えて病気になるということである。
私たちの身の回りには常に膨大な数のばい菌と、体内には発がん物質がいる。それがいつ「発現するか」を決めているのが「集団のアフォーダンス」ということだ。
リストカットする人は、普段から自分本位で他人に敵意を持っている人に多い。そう言う人は次第次第に、他人から「要らない」というシグナルを受け、それに耐えかねてリストカットすると考えられる。
「情けは人のためならず」というのは、集団性の動物である人間がもっとも大切にしなければならない人生訓”dedication”を言っている。
執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年02月26日時点のものです。
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