京都三大祭りといえば、『祇園祭』『時代祭』そして『葵祭』ですね。源氏物語の時代は、祭りといえば『葵祭』を指したと言われています。今回は伝統ある祭りの日に起きた、衝撃の事件のエピソードです。
桐壺帝退位、新しい時代の幕開け
朧月夜との出会いから2年が過ぎ、源氏22歳。桐壺帝は退位し、桐壺院に。代わって源氏の兄・皇太子が朱雀帝(すざくてい)として即位しました。弘徽殿女御は皇太后(以下、太后)の位に進み、新しく皇太子になったのは、源氏と藤壺の宮(以下、宮)の間に生まれた皇子です。
桐壺院は宮とともに宮中を出て、今は普通の夫婦のように暮らしています。お住いで音楽会などをたくさん開催し、重圧から開放されてのんびりとお幸せそうです。
気がかりなのは、皇太子となった幼い第十皇子(源氏の子ですが)。東宮御所は宮中にあるので、一緒に暮らせないことが残念でした。桐壺院は後見役を源氏に頼み、源氏は心やましくも嬉しく思います。
新帝が即位されると、先帝の妃たちも宮中を去るわけですが、太后は今も居座り、息子の帝にアレコレ口出し。夫の愛が得られなくなったあと、息子に入れあげるお母さんという感じ。
源氏もこの2年で身分も重くなり、おいそれと浮気歩きも出来なくなりました。源氏に放置された女性たちはあちこちで涙を流しているが、源氏自身は宮の冷たい態度を嘆いている…というところから始まります。
「面倒くさい女になりたくない」年上の愛人の苦悩
新しい天皇が即位されると、何かと変化があるものです。現在でも元号が代わったりしますが、この時代は伊勢神宮の祭司になる皇女(斎宮)が交替しました。新しい斎宮には、六条御息所(以下、六条)の娘が選ばれます。
夕顔に出会った頃、源氏が熱心に通っていた六条。聡明で美しく、趣味の良い7歳上の未亡人。源氏は彼女に憧れていましたが、その関係はあっという間に冷え切り、時だけが過ぎていって、今やすっかり終わった状態。
今や手紙のやり取りだけが続く日々に、彼女は「このまま京にいても辛いだけ。娘と一緒に、伊勢に行ってしまおうかしら」と考えていました。普通はお母さんがついていったりはしないのですが、源氏から離れる口実がほしかったのですね。
桐壺院は話を聞いてご不快で、源氏を叱ります。「彼女は、私の亡き兄弟がこの上なく大切に愛していた人だ。そこら辺の女のように軽く扱うのは頂けない。結婚するでなし、別れるでなし、中途半端な事をしているとお前が非難されてしまうよ。相手に恥をかかせず、どの女性も大事にしてあげなければ」。
うーん、源氏の母・桐壺更衣を異常なほど愛し、はては死なせた桐壺院に言われたくないセリフですね。
それでも、父の説教は源氏の心に刺さります。(確かに、あの人は身分も高く、ただの愛人というのは自分にも相手にも都合が悪い。でも気の毒だけど、正妻にするという決心がつかない……)。源氏は彼女の重く、気難しいところが負担になって、プロポーズをしていないのです。
六条御息所は自分が7歳年上で、プライドの高さも手伝い、「結婚するのしないの、はっきりしてよ」なんてことは言えません。そんな面倒くさい女になりたくない。でも、(桐壺院はじめ、世間の誰もが私達のことを知っているのに…)。けじめを付けない源氏の不誠実さに、六条は傷ついています。
長くつき合って来たけど、いざ結婚となると彼のほうが煮え切らずイライラ。あるいは、「妻と別れてお前と結婚するよ」といいつつ別れてくれない相手との不倫、のような感じ?(重婚なので、必ずしも妻と別れる必要はないですが…。)
未来が見えないモヤモヤ感、煮え切らない彼に対する不満。今でも共感を得られるシーンの一つだと思います。
結婚10年、正妻の妊娠で夫婦に変化
その頃、正妻の葵の上が妊娠。源氏12歳、葵の上16歳で結婚してから10年。とは言え、折り合いが悪く、夫婦として過ごした時間も短い夫婦。そこへ来ての妊娠なので、義理の両親(左大臣と大宮)はもう大喜び。無事にお産が済むよう、早くも安産祈願などを熱心に行っています。
当の葵の上は初めての妊娠で不安で、つわりが辛そう。源氏は妊娠した葵の上をいたわり、左大臣家に居続けて、他の女性たちのところにはご無沙汰。妊娠中の奥さんに優しくする源氏、ちょっと意外?妊娠は二人の関係に変化をもたらします。
源氏が主役の祭りの日、正妻vs愛人のトラブル勃発
さて、伊勢神宮の斎宮同様、賀茂神社の斎院も交替になりました。斎院の場合は、天皇一代限りとは決まってないものの、やはり皇女が務めます。新しい斎院は太后腹の皇女ということで、右大臣家のバックアップもあり、特に派手に儀式をやることになりました。
賀茂神社のお祭りは『葵祭』。全てが葵の葉で飾られるのでこの名前がついたと言われています。祭りの主役は斎院ではなく、帝の命を伝える勅使。そのため、祭りに先立つ御禊(ごけい・斎院が賀茂川でみそぎをする)の行列が一番の見所になります。
勅使には源氏が選ばれ、京の人びとはもちろん、地方からも源氏を一目見るためにたくさんの人が上京しました。まさに国民的スーパーアイドル!
すでに大路は数多くの牛車と見物客でごった返し、桟敷席も満席。大混雑です。葵の上はこういったお出かけがあまり好きでなく、つわりで気分も悪いし、特に行く気がなかったのですが、源氏の晴れ姿をみたい女房たちに押されて、遅くから車を連ねてゾロゾロ出かけていきました。
「源氏の君の奥様だぞ」「場所を譲ってくれ」。大混雑の中、葵の上の車は強引に割り込んでいきます。あとから来て割り込むなんて、完全なルール・マナー違反ですね…。派手で強引な右大臣家とは違い、思慮深いとされる左大臣家のやり方としてはちょっと疑問です。
大体の車はどかせたものの、その中に抵抗する車が2台…。「触るな!こちらは押しのけていいようなお車じゃないぞ!」見た目は質素ですが、上品さがそこかしこに見られ、どうも高貴な女性のお忍びの様子。
それは六条だったのです。伊勢に行くにしても、源氏の晴れ姿をひと目見たいという気持ちで、こっそりやって来たのでした。
「なんだ、愛人様のお車かよ。うちの奥様よりもえらいと思っているわけか!」お祭りの興奮と、酒に酔った若い従者たちは鼻息荒く大暴れ。やっちまえ!!
年寄りの従者達が「やめろ」というのも聞かず、あっという間に六条の車は奥に追いやられ、叩かれ、引きちぎられ、ズタボロに。牛車を固定させる台も壊され、隣の車に寄りかかってようやっと立っている、みじめな姿です。
「なんで見に来たんだろう、こんな辱めを受けるなんて。もう早く帰りたい」。プライドの高い、繊細な六条の心は壊された車以上にボロボロ。でも、奥の方に押し込められて移動もできません。その時、
「行列が来たぞーーーーーーー!!」
その声で、こんな目にあってもひと目、源氏の姿を見たいと反応する六条。源氏はあちこちに目をやり、お目当ての女性がいる辺りにはスマイルや会釈。まさか六条がいるとは知らず、彼女の前を無情に通り過ぎていきます。
そして、葵の上のいる左大臣家の一行の車の前では真面目くさった顔。源氏の従者たちが、さっき乱暴を働いた左大臣家の従者に丁重な態度をとるのも、六条にはいたたまれません。こらえきれない悔し涙が溢れ出ます。
自分が日陰の愛人だと思い知らされ、正妻側にこっぴどく辱められ、それを衆目にさらしてしまったこの屈辱。肝心の彼は奥さんや他の女に挨拶して、私に気づいてもくれない……!!
でも、主役の眩しい源氏の晴れ姿は、やっぱりどこかで「見なければ後悔しただろう」と思ってしまう、そういう自分もいる。こんなにひどい目に遭っても、まだ源氏のことを諦めきれない、やるせない心理が描かれています。
今だったらスポーツ紙の一面をドカンと飾ったであろう、衝撃の『車争い』。ハレの日に起こったトラブルの陰惨さ、正式な妻と愛人の落差、光と影の強烈なコントラスト。
こうして、年上の愛人と正妻の対立があらわになり、2人の間にはさらなる確執が……。源氏物語前半のクライマックスの始まりです。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
コメント
コメントを書く