タニス・リーが亡くなったそうで、追悼として、以前、『悪魔の薔薇』のレビューとして載せた記事を再録しておきます。世界は不世出の天才物語作家を失いました。残念です。
1947年9月19日。
この日付は記憶されるべきだろう。この日、世界は不世出の語り部を得たのだから。
もちろん、そのときにはだれひとりそうとは気づかなかったことだろうけれど。
その日生まれた赤子はタニスと名づけられた。タニス・リー、と。
バビロニアの月の女神にちなんだ命名である。いかにもそのひとにふさわしい名前ではないか。
やがて赤子は育ち、九つのとき、作家を志す。
初めて長編を上梓したのは二十を三つ過ぎた頃。
そして、その生涯の傑作といわれる『闇の公子』を生み落としたのは、さらにその数年後のことだった。
その物語を一読した読者は、リーの才能が尋常なものではないことを、いやでも悟らずにはいられなかっただろう。
リーの世界はトールキンの箱庭には似ていなかった。C・S・ルイスのナルニアにも程遠かった。
それははるかに遠い日、はるかに遠い国で語られたアラビア夜話に似た世界であり、しかもはるかに暗く、はるかに邪悪で、美しかった。
リーには言葉で異世界をつむぎ出す天稟があった。
その昔、地球が平らかなりし頃、と彼女は語りはじめる。
平たい地球には五人の闇の君がおり、それぞれ、〈悪〉や、〈狂気〉、あるいは〈死〉を司っていた。
王侯も奴隷も、学者も乞食も、しょせん彼らのチェスの駒。
しかし、ときには、おそらく数千年年に一度のことではあるだろうが、駒が操り手を上回ることもあった、と。
リーの紡ぐ神秘的な物語は、灰色の都市生活に疲れた人びとを熱狂させたことだろう。
そして、彼女は飽くことなく新たな物語を生み出し続けた。
彼女は泉である。尽きることを知らない物語の泉。そしてその水の芳醇さときたら。
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