挫折と断念のものがたり。映画『銀の匙』はヘヴィでコミカルな青春映画の秀作だ。
しかし、漫画作品の映画化は死屍累々たる過酷な道。果たして、映画版『銀の匙』の出来はいかに? 結論から云うと、なかなか良かった。映画史上に名が残ったりはしないと思うけれど、お金を払って観たことを後悔させられるような作品ではない。
じっさい、原作がいくら傑作でもそれを映画化して良い出来になるとは限らないわけで、このレベルにまで作品を持ってきたスタッフとキャストには拍手を送りたい。
それでは、具体的に何が良かったのか? ひとつには、まずエレガントに磨きぬかれたシナリオが挙げられるだろう。
映画というアートは、一にも二にも脚本の良し悪しでクオリティが決まってくるところがあるわけだが、今回の脚本は実によくまとまっていると思う。
そもそも原作漫画は既刊10巻を超えているわけで、そのまま映像化したらまともなものに仕上がるわけがない。どこかで、物語を「伐採」し、2時間弱の映画として仕上がるよう仕立てあげる必要があるわけだ。
しかし、それで原作の持ち味が死んでしまうようでは意味がない。むずかしい仕事だったと思うが、この作品では、その問題はみごとに解決されている。
主人公の八軒が入学してくるところから始まって、物語は実にスマートにまとまっているのだ。
その「伐採」の思い切りの良さは相当なもので、「え、こんなにバッサリ削っちゃうの?」と思うくらいなのだが、それでいて必要なエピソードはきちんと取捨選択されている。原作のキモがどこにあるのか? しっかりと把握していなければできない計算だろう。
細かいところだが、八軒の頭の回転の早さを暗算のスピードで見せる演出は冴えていると思った。
もともと原作が素晴らしくよくできた話であるだけに、綺麗に必要なエピソードを抜き取って並べてみると、やはり面白い物語が出来上がってくる。
都会の進学校から農業高校へ逃げるように進学してきた八軒の一年は、決して派手ではないが刺激的な展開が山盛りになっているのだ。
ただ、八軒の友人の駒場が甲子園を目ざしている下りは入れてほしかったかなあ。それが入っているだけで、かれの「断念」の辛さがいっそう胸に迫ってくると思うから。おそらく、シナリオライターにしても、断腸の思いで削ったのではないかと思うのだが。
原作は、現実逃避のために農業高校に入ってしまった八軒が、さまざまな出来事を乗り越えながら少しずつ成長していくさまを描くとともに、人間以外の「いのち」とふれあうことの重さをも描いているわけだが、この映画版もそこらへんは逃げずに描き出されている。
八軒は偶然出逢った一匹の子豚に自分を重ね、「豚丼」と名づけて可愛がるのだが、その子豚はやがて食肉になる運命なのである。だれもが知っていながら、普段は目を背けている「この世界の隠された真実」。映画は、その重い現実を、正面から描き出している。
あるいはジャニーズ俳優目当てでこの映画を見に来たひとのなかには「グロい」と思うひともいるかもしれないが、そもそもこの描写抜きで『銀の匙』は成り立たない。
ひとがひと以外の「いのち」とどう向き合い、付き合っていくかは、この作品の大きなテーマなのだから。そこらへんのことも含めて、まずまず面白い良作と云えると思う。
主演の中島健人を初めとするキャストもなかなかの好演を見せているのではないだろうか。エゾノーの校長をダチョウ倶楽部の上島竜兵がやっているところだけ妙に違和感があったけれど(笑)。
それにしても、
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