シャカリキ! (Vol.1) (ビッグコミックスワイド)

 『週刊少年チャンピオン』で連載中の渡辺航『弱虫ペダル』がクライマックスを迎え、ここに来ていっそうおもしろくなってきている。アニメ好きの天才少年を主人公にした自転車ロードレース漫画の良作だ。

 特異なキャラクターたちとしびれるような台詞、展開、描写に魅力があり、いま連載しているスポーツ漫画のなかでも安定したおもしろさを誇る作品だといえる。じっさいに20巻以上にわたって人気を維持して連載が続いていることがその品質の証拠だろう。

 しかし、ぼくはこの作品を読んでいると、どうしてもある作品と比べてしまって楽しみ切れない。作者には悪いとは思うのだが、同じジャンルの作品なので、ついつい無意味とは知りながら比較してしまうのである。

 おわかりの方にはおわかりかと思う。その作品とは、曽田正人の伝説の名作『シャカリキ!』だ。これぞ自転車漫画の金字塔、ぼくの個人評価では、すべての少年漫画のなかでも五本、いや三本の指には入ろうかという、恐るべき神がかり的な傑作である。

 『弱虫ペダル』を読んでいるとどうしても『シャカリキ!』と比べてしまうよね、とまわりの友人に話すと、ぼくはたいてい呆れられる。気もちはわかるが、『シャカリキ!』と比べても仕方ないではないか、というのがかれらの意見だ。

 『弱虫ペダル』のほうがおもしろいというのではない、『シャカリキ!』は別格、ほかの作品と比べるほうがまちがえている、と評価なのである。

 既に『シャカリキ!』を読んでおられる方はおそらくこの評価に納得してくださると思う。が、未読の方は『弱虫ペダル』も十分おもしろいじゃないか、『シャカリキ』とはそれほどの作品なのか、と疑問をもたれるかもしれない。

 それほどの作品なのである。スポーツ漫画として、まず、空前絶後の傑作といっていい。空前にして、絶後。えらく誇大な評価が出たものだ、と思われる方もいらっしゃるだろう。たしかに絶後であるかどうかはわからない。あるいはいつか、『シャカリキ!』に匹敵する漫画がどこかで描かれる日が来るかもしれない。

 しかし、空前のほうは疑いえない。『シャカリキ!』の前には『シャカリキ!』のような漫画は存在しなかった。なぜそう断言できるのか。読めばわかる、としかいいようがない。

 未読の方に絶対の自信をもって薦められる漫画をひとつ挙げろといわれたら、ぼくは『シャカリキ!』を選ぶ。もし読んでまるでおもしろくなかったとしたら、ぼくとあなたの価値観は違うのだ。その場合、このようなブログなど読む必要はない。

 『シャカリキ!』はじっさい、熱い漫画だ。読むものの心の導火線に火をつけるようなところがある。その絶対的熱量は同時期に連載していた『SLAM DUNK』に匹敵し、あるいは上回るだろう。

 しかし、『シャカリキ』に『SLAM DUNK』のような洗練された爽やかさはない。どこまでも汗くさく、男くさく、泥くさい。それが『シャカリキ』なのである。作者の曽田正人は自身のウェブサイトで書いている。
実質的な漫画家デビュー作だったので意欲まんまん。
何が描きたいとか、何を表現したいとか、そゆー リクツは一切考えなかった気がする・・・若かったなぁ。
自分のイメージした通りのネームが描けたこと、またイメージした以上のものが出来てしまったこと、この作品で実現できた2つのことが、今日まで僕を支える自信の根幹となった。
 「イメージした以上のものが出来てしまった」。並の作家、並の作品なら、これは大言壮語というべきかもしれない。しかし、『シャカリキ!』の底知れない魅力を知っているぼくは、ただ「そうだろうなあ」とうなずくばかりだ。そうでなければあんな作品は生まれないよな、と。

 くり返すが、『弱虫ペダル』は決して悪い漫画ではない。それどころか、このままみごと完結を遂げれば傑作に手がとどくかもしれないというハイレベルな作品である。しかし、申し訳ないが、『シャカリキ!』と比較すると、その熱量の桁が違う。おもしろいかおもしろくないか、という以前に、情熱のエネルギーが根本的に違っているとしかいいようがない。

 曽田正人は『シャカリキ!』を完結に導いたあと、雑誌を変えて『め組の大吾』、『昴』、『capeta』といった傑作群を生み出していくことになるわけだが、いまでも最高傑作は『シャカリキ!』であると考えるひとは少なくない。

 それほどこの作品は圧倒的な名作なのだ。曽田がいま連載している『capeta』もきわめておもしろい作品だが、『シャカリキ!』の昔を知っている者からすると、「ああ、曽田さんも大人になってしまったんだなあ」と思わせられるところがないではない。『capeta』が悪いのではなく、『シャカリキ!』が異常すぎるのである。

 『シャカリキ!』はぼくにとってどこまでも特別な作品だ。この作品と出会えてほんとうに良かった。この作品と出会わせてくれた運命よ、ありがとう。冗談ではなく、ぼくは本気でそう思う。

 先ほどからぼくはこの作品について抽象的な賛辞を並べるばかりで、具体的な内容をまったく書いていない。それは少しでもネタバレを避けたいという思いの表れだと思ってほしい。未読の方は古本屋でもAmazonでも漫画喫茶でもなんでも利用して、ぜひ、読んでほしいと思うのである。

 いつかより具体的な内容にふれてこの作品を語る日が来るかもしれないが、とりあえずいまは「『シャカリキ!』、最高だよ。ほかの作品を後回しにしても読んだほうがいいよ」とだけいっておく。素晴らしい物語は、ときに人生をも変える。『シャカリキ!』にもそれだけの力がある、とぼくは信じるのである。