弱いなら弱いままで。

『シン・ゴジラ』が単なる愛国ポルノではありえない理由を『風立ちぬ』を通して説明する。

2016/08/16 03:48 投稿

コメント:2

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風立ちぬ [Blu-ray]

 ふと思い立って、もういちど宮崎駿監督の『風立ちぬ』を見ています。『シン・ゴジラ』を見た後だと、この作品の歴史的意義がよくわかる気がしますね。この映画に関しては、ペトロニウスさんがこう書いています。

 これが、何を表しているかといえば、宮崎駿が、

 今の時代は少年を主人公にする物語が描けなくなった

 といっていたことです。ようは、良かれと思い善意溢れる努力を突き進むと、それがどうしてもマクロ的にコントロールできなくなり、世界を全体主義や戦争へ突入させて滅びに結びついてしまう。そうした構造が見えている中で、男の子的な少年の夢を成就させる、自己実現させる方法が宮崎駿には見いだせなくなったのだと思うのです。

 そうして、少女ばかりが主人公になっていくことになります。

 未来を夢見て生きる(=少年の夢)ではなく、現在の日常を楽しむ視線に変化したことを指しているのだろうと思います。このあたりは、

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コメント

堀越二郎は自分の飛行機が悲劇を生む事を自覚しながら生きてはいましたが、具体的な責任は何も負わされていないので、無責任な決断主義とそこまで違うとは私は感じなかったです。

No.1 66ヶ月前

>>1
横から失礼します。確かに表面的に見ればそのように感じるのが自然だと思います。
あくまで個人的な考えですが、堀越二郎が実際に身体的な罰を受けたかどうかは大きな問題ではないと思います。そこはディティールの部分だからです。
この物語の本質的な部分は、堀越二郎自身が、罪を犯したことへの当事者意識を持ち続けて一生を生きていくこと。罪悪感を背負って、それでもそういう生き方を貫くことが自分自身なんだ、Be myselfであり続けることなんだ、だからあなたもBe yourselfでありなさいという描きであると思います。

No.2 66ヶ月前
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