「料理店の寝椅子──彼女たちとの普通の会話」2-1
ブルーノート東京クラブマネージャー&ソムリエの田中奈津子さんと
業界では「青山」と呼ばれる(いきなりですが、ここでピンと来た方はプロレスマニアだと思われます)ブルーノート東京ですが、系列店(コットンクラブ、モーションブルー横浜、名古屋ブルーノート、新宿のブルックリンパーラー等々)の中でも突出しているポイントのひとつに(本店なので、基本的に全方面傑出しているわけですが、それでも)、マウントされているワインの豊富さ、そして、それを提供するソムリエのほとんどが美しい女性であるという点があげられます。ワタシのブルーノートでのライヴに頻繁にお越しのお客様であれば、その点をめざとくチェックされている方も多いのではないでしょうか。
実際に資料等にあたって比較しているわけではないので、ワタシの個人的な記憶に基づく判断になりますが、青山のワインリストの充実は、ミシュランも認める世界一の食都である東京の、受星レストランと肩を並べる水準ですし、ジャズクラブに限定するならば、日本一は間違いなく、(おそらく)アメリカの名門&高級ジャズクラブ──それこそ、ブルーノートのニューヨーク店等々──と比肩するレヴェルにあると思われますし、また、わが国におけるソムリエーヌ(女性ソムリエ)の定着がいつ頃からなのか、不勉強ながら詳しくは知りませんが、これまたワタシの知るかぎり、ブルーノート東京は、その点でも、「先駆的」とまでは言わないまでも、かなり早かった。と思います。
ワタシが青山で頻繁に公演を行なうようになってから4~5年になりますので、言い出しっぺがどっちだったかは忘れてしまいましたけれども、あるとき、そもそもワタシが飲み食いが好きだということ、そして2006年から09年にかけてオーチャードホールで毎年行なっていた公演で、ワタシがお客様に提供するワインをチョイスする、という遊びをやっており、これがたいへん楽しく、御高評いただいていたこと等々から、単に契約をして演奏をする。というルーチンを踏むだけでは面白くないので、ちょっと飲食のセクションとコラボしませんかという話になりまして、自分も客として足繁く通っていたことで、青山のワイン/ソムリエーヌ事情を知っていたワタシはまず、広報の方に、ソムリエのトップの方に繋いでくださいと申し上げまして、それが今回のお相手である田中さんです。
シンプルなようで若干回りくどい表現になってしまいましたが、つまりこういうことです。ワタシは、田中さんが女性であることをあらかじめ知っていたので、コンタクトが大胆になりました。ファースト・コンタクトでワインリストを送ってくださいとお願いしたのです。もちろん、提供価格並びに原価込みで。
大袈裟に言えばこれは企業秘密に属しますので、いくら飲み食いが下手の横好きであれ、一介の出演者に過ぎない者が、リストをそっくり寄越せというのは、冷静に考えてかなり不躾なことです。ソムリエが男性だったら、ワタシはいきなりこうした不躾は働かなかったでしょう。
言うまでもありませんが、ワタシは「相手が女だから威張っても図々しくしても良いんだ」といった、痛快なほどに愚かなマッチョではまったくありません。往々にして男は面子もありますし、頭も固いので、大胆な遊びができません。飲食、中でもソムリエ業に従事する者で、自由闊達で単位無法、といったキャラクターは、ワタシが知るかぎり、都内でも数名しかいません。
ワタシがいつでも、女性の大胆さ、女性の遊び心、女性の人生の愉しみ方に共闘に近い連帯感を持ち、頼りにしていることは、ワタシの御贔屓筋にはおなじみでしょう。ワタシは一瞬でプランニングが組み上がる高速プランナーなので、つまりここではまず、青山の美女ソムリエ軍団(笑・失礼。一番最初のプロレスのトリビアから引っ張っています・笑)とシェイクハンドしてしまい、それから順次、シェフやバーテンダーを巻き込み、動かすような形で事を進めれば、ブルーノート東京史上でも類を見ない、邦人ミュージシャンと飲食セクションの、お遊び程度ではないガッツリしたコラボレーションが可能だな。とプランニングし、結果として、先代の清水シェフ(昨年退職され、新シェフに変わりましたが)まで含めた、かなり大掛かりなコラボレーションが毎回行なわれるようになり、11年にはシュヴァルブランのグラスサーヴィスという、日本のフレンチレストラン市場でもありえなかった企画を行ない、採算的にもまずまず成功する、という、我ながら輝かしい(笑)結果を残しました。シュヴァルブランは一種のお祭りですが、ワタシはコラボレーション時に、「せっかくのワインセラーがばんばん動くこと=ブルーノートにもお客様にも、オプショナルな利益を与えること」を第二に心掛けました。第一に心掛けたのは、もちろん愉しむことです。
ワタシは「世界初。世界でオレだけ。でもまわりはあんま驚かないし、意味が良くわかってない」ということが、どうやらそもそもフェティッシュなぐらいに好きなようで(笑)、ブルーノートさんとの飲食のコラボは、おそらく世界ジャズ史上でも唯一のことだと思います。
何か威張っているかのような感じになってしまいましたが(笑)、前述の通り、事の大きさに比べて評価も認識もされない、というのが我ながら渋いところでして、威張っているのでは決してありません、ワタシが申し上げたいのは、ワタシの実家が飲食店であって、それをぎりぎりで継がされるところだった(兄貴は、とっくの先に逃げましたからね)、それを振り切ってジャズ・ミュージシャンになりましたが、要するに「血が騒いだ」ということですし(笑)、もしも多少なりとも威張っていいのであれば、ワタシは前述の「オプショナルな利益を上げること」に成功しました。ワタシの父親と母親は共倒れで店を潰してしまった。ワタシは彼等を反面教師として生きている部分があることを、このコラボで知りました。
小説に比べると一般的な評価が低い、筒井康隆先生の劇団活動、俳優活動ですが、あれと似ています。「すんでのところで止めておいた仕事」というのは、血が騒ぐんですね。ワタシはもうひとつコレがあって、何度も繰り返しますが、御贔屓筋にはもうおなじみ、映画監督です(高い可能性でやりませんが。ただ、冨永監督などに「菊地さんが監督やるならオレ、助監督やりますよ」と、たじろいでしますような太鼓判を押されてはいるので、ビュロー菊地がオフィス北野ほど儲かったら、おっぱじめるかも知れません・笑・それがどんな作品になるかは、拙著『ユングのサウンドトラック』に書いてあります)。
と、話は横道にそれましたが、田中さんは(もちろんワタシが、非常に丁寧にお願いし、情報を漏洩するようなことは──ワイン好きの悪友に、「オレだけが握っている裏話」みたいな感じで話すことさえ、一切合切──無いと、厳格にお約束させていただいた上で)ワインリストをすぐに送信してくださり、ファイルを開いたワタシは、まずは3日程、それを見ては恍惚として、それから分析に入り、ワタシの音楽とマリアージュする、三段階の価格帯のワインを選んで提案するということをしまして、田中さんとは一時期、毎日その打ち合わせでメールしていました。それは非常に楽しく、ワタシはファースト・コンタクトの段階で、ワタシのプランニングが既に成功を約束されていることを知りました。繰り返しますが、これは女性の感性と行動力によって、厳密に言うと、それを信じている男性と、それを信じられている女性とのコラボレーションによる成果だと思っています。田中奈津子さんをご紹介させていただきます。