ビュロ菊だより

ビュロ菊だより 第三十二号 「菊地成孔の一週間」

2013/05/27 10:00 投稿

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「菊地成孔の一週間ですぞ(5月20~26日)今週は母親/割烹/JUJU/整体/不動産/相撲/ビストロ/ミラノコレクションなど」



5月20日(月曜)

 オフだったので、母親に会いに行った。認知症とパーキンソン病の併発で、人語を介さないようになって既に3年経つが、相変わらず肌艶や60代で(年齢は確か90近い筈だ)、筋力に至っては自分と同じ位かもしれない(身体が全く動かせないので、自分の手を握る。そのグラップリングだけだが)。

 スキンケアや筋トレでもしているかのようだ。死や老いとは何なのだろうか。今の自分にとって、最も神秘的で啓示的な存在が母親になってしまったのは感慨深い。

 少し離れて座り「どう?元気?こないだホリケンに会ったよ。ホリケンは知ってたよね確か」等と語りかけても、微動だにしない。「母の日に来れなかったから。とか言うとマザコンみたいだけどね。まあ、マザコンに成れれば、成りたかったぐらいだけどさ」と言いながら顔を覗き込んでも、微動だにせず、はっきりと生きている。

 「昔は、よく笑ったり怒ったりしてたねえ。あなたも」と言うと、顔面の内部に涙が充満し、涙腺の寸前で止まった。キリストの聖像と話している気分である。


 
5月21日(火曜)

 月に一度の整体の日。今日は前後に打ち合わせがあったので、小田急線ではなく、ビュロー菊地号エル・グランドで向ケ丘遊園に向かった。

 のだが、長沼に「読売ランド前」と言ってしまい、30分遅刻してしまった。小田急線が二つの遊園地を駅名にしている事を今日はじめて明確に認識した。よくみんな間違えて降りたりしてないなと思う。

 現在セミリタイアしており(ご子息が継いでおられる。たまに道場でお仲間と修行されるご子息をお見かけするが、オーラの圧力が凄い)、10年以上通っている数名の患者しか触らない片山先生は、何分遅れようと1時間きっちり施術してくれる。詰め込んでいないのである。

 「結構疲れてますね(微笑)」と仰ったので、「最近、プロデュース業をまとめてやったり、事務所を会社登記したり、レコード会社も動く事になりまして、そうだ、引っ越しもあるんですよ」と言う。「そういった新しい事をすると、いままで使わなかった筋肉と使ったりしますからね。でも、事務所って今まで会社登記されてなかったんですか?」「はい。テストラン中だったんです。来月、正式に登記する事になったんです」「ほう」

 この段階で、開脚というか、寝たまま上げた足に先生が体重を乗せている、という状態だったのだが、「だから片山先生、わたし代表取締役になるんですよ(笑)」と言うと、普段施術中には吹き出したり笑ったり決してされない先生が、自分の足を持ったまま、思わず「あっははははは」と言った。危ないところだった。

 今週の金曜から一週間の短期ダイエットに入るので(久しぶりで雑誌でモデル仕事がある為)、それまでどこに行こうかなと迷った挙げ句、夜は荒木町の「山灯(やまびこ)」に行く。

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 まだ4回目だが、最近ブームの荒木町クオリティの中でも明らかに傑出しているのではないかと思う(評判の良い店を10店舗位しか行ってないので、あくまでも菊地主観である。ひょっとしたら自分が経験していないだけで、荒木町のポテンシャルはこちらの思惑の10倍位なのかもしれないが)。

 
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  フルコースから煮物と一の椀(止め椀ではなく、途中で出る、具材の多い椀物)を除いたミニコースは前菜、造り、焼き物、強肴(しいざかな=主に肉のメインディッシュの事)で2500円。如何に世相、そして場所柄とは言え、料理のクオリティを考えると安過ぎる。

 

  炊き込みご飯意外にも白飯も雑炊もある。この日の炊き込みご飯は干貝柱とこしあぶら(三つ葉に似た山菜)で、この日は恥ずかしながら一人で2号食べてしまった。釜炊き1号で1400円。干貝柱とこしあぶらの値段を知れば、頭に来る程安い事が解るだろう。

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  日本酒に関してスムリエ級の知識とセンスを持つ大将が提供する日本酒はすべて燗付けで供される。葡萄酒飲みのセンスなのはご理解頂いていると思うが、「悦凱陣オオセト純米(香川)」を思いっきり70度ぐらいに燗づけたものは、酸度、糖度、発酵感、水感のフォーメーションによる素晴らしい立体感によって、他のあらゆる酒出味わう事の出来ない屹立した愉悦に満ちている。呑みながらみるみる温度が下がる訳だが、60度代、50度代、40度代、30度代、室温、と、本当に美しい経時変化を見せるので、陶然としてしまう。

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こちらは京都の「多摩川ヴィンテージ」。まろやかで平たく、最初の1合はこれにして前菜を楽しみ(ここでは料理主体)、次に「悦凱陣」にして料理と酒のマリアージュを最大値に上げ、官能の上限線ギリギリを行き、締めの炊き込みご飯と冷茶で極点に(ここで「熱々の酒と、常温の料理」という対比が逆転する。サウナから水風呂である)。というコースが定着しつつある。

 
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  この日の前菜。プチ山菜コースといった趣(ホタルイカの共和えは海産ですけどね。中央の天婦羅はウドである)。殴られるような春の力を堪能。

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 この日の造り。石鯛と伊佐木。歯ごたえのある合わせの切り身と山葵と醤油、そして燗酒のアンサンブルが唸らせる。

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 唸ってます。

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 火曜の段階ではまだ早いですが<今週最も旨かった皿>は、もう圧倒的、審査員全員(一人だよ。オレだけオレだけ)からの圧倒的な得票を受けて「山灯の焼物(甘鯛の衣焼きと伊佐木の塩焼き)」に決定である。あくまで「悦凱陣」と合わせ技で、とするが、まだ20代であるご主人の才覚が恐ろしくなる程の出来である。この後は官能によってすべてがどうでも良くなり、写真を撮るのを完全に忘れている。

 

 

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