「菊地成孔の一週間」第8回~(笑)からwwwへの自己更新は約束の地に永久(とわ)に捨て去り、12月ののびのびラマダンに突入~
<はじめに>
横光利一の「ナポレオンと田虫」ではないが、この日記を書き始め、全国で約1000人の愛読者の皆さん(この場合、「1000人」の部分に無茶苦茶な数を入れてギャグにするのが昭和ツービート世代の男の勤めだと思うのだが、なんとこれが正真正銘の実数であるという、腰砕けるような、或は何かちょっと良いような「辛新しい(つらあたらしい)感」が実に2012の暮れ)に見守られながら、凄い速度で太り始めている。
つまりこういう事だ。愛読者の皆さんにはご存知の通り、僕はこの日記を書いている間ずっと、内容ではなくポーションの事ばかり考えている、そして奇しくも、日記開始と同時に肺炎にかかり、後遺症の強い咳がまだ完全には治っていないため(咳喘息を始めとする、「厄介な咳」に苦しんでいる皆さん、そのうちシャネルやブルガリがマスクを出すと思いますので一緒に頑張りましょう。僕は自然治癒に任せていましたがそろそろ医者に行きます)、ストレッチ(「スクワット」を含む)、整体、サックスの練習(以下「3S」)が出来なくなって8週間も経ち、前回も書いたがこれは停止記録の自己更新中という事になる(「違う自己更新を果たしてしまった」「<1S=咳>が<3S>を抑圧した」というのは、すごくフロイド的)。
よく「菊地さんはたくさん召し上がるのに太らないですねえ」などと言われるのだが&実はそれほどやせている訳でもないのだが、いずれにせよそれは恐らく、いずれも痩身に効果があるであろう3Sが習慣化している事の結果でもあり(因に40代前半まではセックス依存症と喫煙依存症、つまり「2SA」だけで肥満が抑止されていた。喫煙と痩身の具体的な関係は知らないが、セックスは僕が知る限り、最もグッドデザインな有&無酸素運動のミックスであり、体幹も鍛えられ、代謝も集中力も上がり、高次元の快楽と着想とSサイズが得られるという行為で、毎日6~7時間セックスしていれば運動する必要は全く無いと思うのだが、喫煙は5年前のマイコプラズマ肺炎から完全に止めており、セックスも様々な治療と血の滲むような修行――<いちごショートワンホール&伊勢エビ・バンジー>等々――によって重度の依存症を克服した。が故に)前述の3Sが止まると3日で肥満が始まり、それが8週間放置されているのである。
体重の方は今のところ自己記録は更新していないが(99キログラムで自己最高更新)、随分と久しぶりで、「服が入らない」という経験をした。動画コンテンツで確認できる(写真はいくらでも誤摩化せるので)。先週収録した12月分に入ったらどなたも驚かれると思う。いわゆる肥満類型だと「洋梨型」(アングロサクソンに多い)なので、なんだかおっさんの姿をした洋梨の妖精が音楽理論を講釈しているようで面白いと言えば面白い。
という訳で、肥満はともかく、健康と技術のためにも今週から何とか3Sの再開を果たしたいのだが、こういったもの(目標、理念、願い、等々)というものほど結果はどうなるか解らない(「2Sが再習慣化」「どころか完全無欠の5Sに」等という結果に成ったりしたらすごくフロイド的)。ところで、このまえがき、「文章のポーションと体重」が比喩としてトレードされている、という文学的な大意は伝わっているだろうか?
* * * * *
11月27日(火)
ティム・バートンの新作「フランケンウィニー」の試写(目黒川沿いのウォルト・ディズニー試写室。この夏、ここで「アベンジャーズ」を観たのは忘れられない)に行き、そのまま「UOMO」の連載用インタビューを受ける。
以下、ネタバレと連載との二重売りにならないように心がけるが、僕の4つか5つ上のティム・バートンはギーク/ナードとしては結構幸せな世代だと思う。恐らく、だが、バートンがキモい扱いされて本当に辛く、世界全体を呪ったのは15歳位までで、その怨念が作品の原油となったのも35歳位までが限度だろう。現在のティム・バートンは端的に言って絶好調にしか見えない(作品を見ても、本人を見ても)。
自分が幼少期に没頭してきた事(50年代生まれのオタク的行為一般)が今やワールドスタンダードになって差別も抑圧も消えたマジョリティ――というか平均的――になり、自作の主演女優と離婚し、自作の主演女優と再婚して父親にもなり、ロンドンに住み、ヴェネツィアで生涯功労賞を貰い、カンヌで審査員(長?ぐらいだったような気がしたが定かではない)に就任している身であるまま、何せこのたび、自分の(恐らく少年期に最初に作った)オリジナルキャラクターがウォルト・ディズニーのキャラクターとして、ミッキーマウス等と名を連ねる事になったのである。
とはいえ、現実にどんな栄誉や富や妻や子供があっても(余り意味が分からないままに書くが「リア充」になっても)心が楽しくない限り人体は絶対に楽しくない。70歳にならんとするルーカスの自社ディズニー身売りに際しての表情と声明、或は現在のアイドルオタク/ロリコン兼業の皆さんの現状(生徒に教えてもらって腰が抜けた)を見るだに、バートン個人が突出した特殊性による「勝ち」を得た。というより(まあ「勝ち」は「勝ち」、というか、物凄い大勝ちなのだが、それでも)、「非差別者(としてのオタク)」の、ここ50年ほどの歴史を俯瞰するに、「良い年に生まれた」感がある。バートンは確かみうらじゅん氏と同い年位ではなかったかと思う。
「フランケンウィニー」は、そんなバートンによる、最高の安定性に支えられた健康的な娯楽であり、老若男女を問わず誰にでもお勧めできる(結末は84年の原作と同じで、少年の成長物語の図式に沿って言えば「あってはいけない形」なのだが、まあそれも言うまいよ。という感じである。ご覧になればわかる。オチ直前の結末のままでは、スパーキーの人形が売れないだろうし)。僕が本当に恐ろしいのは(恐ろしい事に、ほとんど恐ろしく感じない)ウォルト・ディズニーなのだが(「アフロ・ディズニー」の時、かなり調べて、大谷君と一緒に圧倒されてから3年、恐ろしさがエーテルのごとく透明に、地球を覆い始めている)、書き始めると一冊に成ってしまう。
という訳で「フランケンウィニー(の、特に3D)」はビュロー菊地認定おすすめシールを貼らせて頂く。と言いたいところなのだが、良くある話で一点だけ大問題がある。本作はゴリゴリの極右犬派映画であって、猫を敵視する事に関して情け容赦も、マーケット世界規模を視野に入れたフォローすら無い。
猫がグロテスクな最悪役なのである(「グロかわいい」とかでも無い、ただひたすらグロ怖い。死に方も酷い)。試写会にはあのネガティヴ・モデル氏を始め、有名な女性モデルさんや元モデルの高見恭子さん等々、実際に無類の愛猫家を表明している人、もしくは表明こそしていないが、どう見ても愛猫家で、自意識を容易に猫に移入させており、ベッドで「にゃーん」ぐらいは言ったのは1度や2度じゃないだろうといった、とてもかわいい人々。も大挙していたのだが、彼女達は無心に楽しめたのだろうか?大変な踏み絵であったろう。僕はカラス派なのでまたぐ必要すらなかったが。
その後、先日の「粋な夜電波/第三次韓流最高会議」の打ち上げで、韓東賢さんと田中ちゃんと一緒に荒木町(最近は僕の地域活性化運動の傍らで、自室からタクシーワンメーター圏内の荒木町が東京グルメ諸氏のホットスポットになってしまい、独自の目線による優良店発掘者(のジャズミュージシャン)から、食べログのユーザーと同じ目線(のジャズミュージシャン)になってしまいがちなのだが)の、話題の海老蟹専門のモダン和食「うぶか」に行く。
期待の俊英と言うに吝かでない若き板長(というか、「板前一人、女将一人」体制)の、甲殻類にターゲットを絞った、斬新で野心溢れつつ、伝統的なハイスキルががっつり両立している皿たち――
(一皿目は「ジンで酔わせた車エビのヴァプールに、殻を焼いていない、和風のビスク添え、タイ風のエビせんべいが乗せ」から始まり4皿、そして締めは「土鍋炊きの、エビと大根だけの炊き込みご飯」である。前者を<先週の最も旨い皿>とさせて頂く。先週このコーナーが無かったのは、この日が先週のラストだったからだ)
――がセリーを奏でる「うぶか」のコースは、ヴーヴから始め、コンテ・ラフォンのマコン・ミリー・ラマルタン(10)のままで最後までマリアージュがまったく切れなかった。巷の高評価に違わぬ素晴らしさ。甲殻類、特にエビ尽しに垂涎し、客として無礼無粋なく、楽しく振る舞えるという方は是非。
今日はこうして、良い映画と良い料理店に出会った時の「ああ、良かったなあ」という新鮮で力に溢れる感慨を得たが、Sはひとつも再開されなかった。
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