「花と水」は、2009年3月に今は亡きEWEからリリースされました。僕の作品は多岐多数に及びますが、単純にCD売上だけに換算すると、UAとの「CURE JAZZ」、「機動戦士ガンダム/サンダーボルトOST1」に次ぐもので、評価もセールも高い作品の一つです。良質のコンサバティヴだからでしょう。
コンセプトはシンプルで、茶華道を中心とした(観念連合としては、俳句や水墨画、書道、居合、能狂言なども入ってくるんですが)、「日本」の、あらゆる美学を、ソプラノサックスとグランドピアノだけのジャズの完全即興と、ジャズのスタンダード曲を交互に演奏して、リテイク(録り直ししない)しないで出す。というものです。
「日本」とか「和」とかいうと、人々は和太鼓叩いたり笛を吹いたり、日本的な音階の曲を作ったり、民謡や童謡を演奏したりするものですが、そういう人々を馬鹿ともダサいとも言いませんが、ワールドミュージックというもの自体が、良い意味で厚顔無恥ではあると思います。厚顔無恥は、和の世界ではアウトです。美学と品性に於いて、ああいうのとは全く違う線で行こうと、南博さんと二人で作りました。
今回、道行者というか、もう一人の華匠、茶匠として、ジャズではないフィールドから小田朋美さんとご一緒させて頂くことになりました。
小田さんは、津軽三味線の二代目高橋竹山氏との長い共演歴があり、ご自身も民謡を歌ったりするスキルをお持ちですが、今回はそういう線ではなく、むしろバロックから現代音楽まで、クラシックの作曲家、演奏家としての小田さんのスキルとセンスをお借りして、ジャズセンスからクラシックセンスの「花と水」を一から作り直すことにしました。
このプロジェクト用に書き下ろした僕や小田さんの楽曲、2人の共作曲をご用意し、ゆくゆくはアルバムを制作しようかなと思っています。器楽の作曲作品のみならず、歌曲や、電子音楽作品をCDでプレイしながらの即興、僕のピアノで小田さんが完全即興で歌う、等の、破格の演奏形態も組み込んでいます。バッハからウェーベルン、シェーンベルク、ラフマニノフ、ラヴェル、ケージ、リュック・フェラーリ、アルヴォ・ペルト、ヴィラ・ロボスに至るまで、クラシック音楽の影響下にある楽曲と即興による、「花と水」の表現になっています。
今から思えば、ジャズ版の中でも唯一、バッハのチェンバロ協奏曲のラルゴを録音しており、アルバムの中の一番人気曲となりました。バッハがナチュールな瑞々しさを纏って「花と水」の世界観に活けられた美しさは、すでに今回への流れを予測していたのかもしれません。何れにせよ、10年ぶりの、西洋楽器を使った茶華道の世界をご堪能頂きたく思います。
まずはモーションブルーでお披露目しますが、実のところ、既に、海外を含む2回の公演も決定しています。熟成の美学よりも、鮮やかで瑞々しい、瞬間の切り取りが重要な世界です。どうかお一人でも多く、お披露目にお越し頂けますよう。
菊地成孔
*本日分の「菊地成孔の日記」「BOSS THE NK(最終スパンクス)の回想録」は休載します。
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