中年のクライシスの大喜利の懺悔

(文/ウズマキガンキョウ)



-1.自己

ウズマキガンキョウと申します。
インターネット配信で生きようとしたり、
友人のチャンネルをもっと伸ばそうとしたり、
素人のお笑いとか大喜利とかの面白いもので結果残そうとしたりしてます。


すみません、自己肯定感が低いので上の文章の最後の行に「全部中途半端になっている者です。」と書き加えようとしましたが、
一部認められていたり、何かしらの大会では優勝という記録を残してしまったこともあるので、これを含めて「全部中途半端になっている者です。」と表現してしまうと、
自分のことをお許しいただいている方、参加したコンテンツの主催の方、自分以外の参加者の方、及びコンテンツそのものに対して多大な侮辱になると思ったので慌てて消しましたが、
自己肯定感が低いので、「全部中途半端になっている者です。」を消してしまうと、「現状でしっかりと自分自身の活動を認めている人」になってしまい、
この記事を書く心情の中心部分にある「自分自身を認めていない」ことと矛盾した形になってしまうし、「自分自身を認めている人」と捉えられた日には、
下手すればこの記事を「こういうことを明言することで批判している」という記事にも捉えられかねないので、
まとめると、
「自分自身は、あらゆるコンテンツの真髄も理解せずに自分自身が気持ちよくなることだけを中心に考えて動く非常に利己的でわがままな存在ではあるが、自分が関わった全てのコンテンツはいずれも例に漏れず素晴らしいものであり、自分のような中途半端な存在が享受や参加することすら受け入れ、あまつさえ優勝することをお許しいただけた、決して頭が上がらない素敵なコンテンツである」
ということをお伝えしたい
長 キ シ ョ な の で も う こ こ い い で す。


懺悔の中年の大喜利のクライシス




0.まえがき

率直に言いますと大喜利がわかんなくなりまして。



ここ近年は「俺の面白さの力は、その時目の前にいる一人を笑わせるかどうかくらいの能力だ」という自覚のもと、
ふざけまくるとかまともに回答しないとかで、大喜利に対して斜に構えていたのですが、先日とある企画で大喜利で他出演者と対戦する機会があり、恥ずかしいことに長考の上に文章もまともでなく、絵に書いたような敗北を喫する事になったのです。
そこで「大喜利ダメだなあ」と強く実感します


そしてその矢先、知り合いが大きな大喜利の大会でちゃんと結果を残したりしている情報が飛び込んできます。
その情報を受け取った自分は「あいつはちゃんと頑張って結果残してるのに、俺は普通に負けている」という認識をし、
「俺は大喜利で負けてて良いのか?」「大学以来ネット、生と大喜利してきた結果がこの現状なのか?」「お前は大喜利とちゃんと向き合ったことがあるのか?」
と、30代男性が自らの人生に自問自答するような声が己の脳内で回り始めてしまいました。


この声が周回を重ねて軽いストレスを積み上げているさなか、ふとしたタイミングで誰かがTwitterでつぶやいた「小手先の技術で点を取るようなボケはやめなさい、安定しないから」みたいなツイートを見てしまい、
この「小手先の技術はやめなさい」という点に心当たりがあったことから自問自答が加速し、その結果この文章をnoteやら何かしらの媒体で公開してやろうと思い、勢いに任せて書いている次第です。




自分自身としては大喜利とか企画は、「これをやれば上手くいく」の物事でしか勝負していない自覚があるのです。
色んなところで見たお笑いでよくウケてる事物、大喜利でよくウケてる事物、バラエティ番組でよくウケてる事物を思い出し、それを「なんでこれをすればウケるか」など理解せず出している。


「小手先」とはこういった事物を指すのではないでしょうか。
あらゆるものが見様見真似、真に理解せず、ただよく見るものの真似事をしているだけ。
なぜそれが必要かを理解せず立ち振舞い、なぜそれがウケるのか分からず出している。
自分はお笑いの真似事、テレビ番組の真似事をただひたすらに繰り返し、運良くウケるタイミングを待ち続けているだけ、という自覚があるのです。



上記のことから、「自分の面白いに向き合わずやり過ごしている」「小手先の技術に頼りまくってなんとなく面白そうなことをやって何かやった気になっている」「ウケるかどうかは運任せ」という臓器に、
「Twitterの指摘」「実力者の背中」「正式な敗北」といったナイフが多段ヒットし、その部分から血液とも異なる何か嫌な汁が漏れ出しているというすごく嫌な状態です。




さて、ナイフが当たっているのも腹が立つし、こんな臓器にも腹が立ってきたので、このナイフが刺さっている臓器をナイフごとプチッて潰してやりたくなってきました。
なので、その気持ちを大いに尊重し、この臓器を一回潰してやろうと思います。



自分の潰し方として、どうやら自分は自分を理解されるのがすごい嫌らしいのです。
「お前はこうだろう」「お前こんなのだろう」と言われ、予測され、行動されてしまうと、すごく不快になってしまうようなのです。


なのでこれを用いて、自分の大喜利のやり方を分析し、理解し、自分自身を潰してやろうと思います。
「面白い」を理解せず、「面白そう」の小手先を振り回して、運良くウケることを待っている自分に対して、
「お前の小手先はこれだろう、わかっているぞ」とこの記事で明文化して、こいつの臓器となった小手先を全部押し潰してやろうと思います。
俺は吐き気がしますが皆さんには一切伝わらないと思いますので、「このよくわからない文章で人が一人死んでるらしいぞ」「へー」とうすらぼんやり感じながら、絶対にこの世必要ないエンタメ「面白いを理解してないのに面白くなりたい人が、面白そうなことで苦しんでる様子エンタメ」に一瞥をくれてやってください。



目次

-1.自己

0.まえがき
1.発想
2.表現(書く内容)
3.読み方、出し方
4.やめたこと
5.現実
6.まとめ





1.発想

自分が大喜利を考える時、どういう思考を経て回答が出ているのか。
いざ文字に起こそうとしてみると、こういう回答をする時は意識して実践しているが、こういう回答するときには当てはまらないなとか、
意識している部分、してない部分、できていない部分が非常に多岐に分かれて複雑で面倒で、全くまとまった文章になりません。
ですが、その中でもなんとかして「こういう事を意識して考えている」という部分だけでも、以下に記して行きたいと思います。






自分の場合、「お題の切り分け」と「考え方の切り替え」と「自分の棚・引き出しにある事象の組み合わせ」の3点を発想の基の大きな要素として考えています。


まず、最初にお題が出た時に「お題の切り分け」を行います。


『こんな学校は嫌だ』というお題であれば「学校」と「嫌」とか、
『立てこもり事件が1分で解決した理由』というお題であれば
「立てこもり事件」「1分で解決」「理由」、
もっと行くのなら「事件」「こもる」「1分」「解決」「理由」とか、
とにかくお題を要素ごとに小さく切り分けます。


また、これは感覚の話で上手く文字化するのが難しいのですが、
要素を切り分けると、自分の中では自然と「それぞれの要素が、お題の構成比率をどれくらい占めているか」ということを判断しています。
『こんな学校は嫌だ』だったら「学校」が一番大きい要素、「嫌なこと」がその次の要素になります。
『立てこもり事件が1分で解決した理由』であれば、「事件」が一番大きい要素で、「解決」「1分」「こもる」「理由」の順で小さくなっていく、
というようなことを、感覚で考えています。

















上記のような切り分けを行った後、切り分け要素の中から掘り下げる要素を決めます。
お題の中の一番大きい要素から考えても問題ないんですが、
自分の場合は、2番目、3番目の要素を掘り下げた方が良い回答が出る確率が高いです。
『こんな学校は嫌だ』なら「嫌なこと」、
『立てこもり事件が1分で解決した理由』なら「解決」「1分」とかになります。



次に「考え方の切り替え」を行います。
ただの連想ゲームだと普通の要素しか思いつかないので、考える方法を切り替える作業を脳の中で行います。


「ちょっとずらす」
「逆にする」
「極端にする」
「視点を変える」
「枠の外を考える」
「お題と関係ないランダムな単語を持ってくる」


基本的にこの考え方に切り替える作業を行います。
「嫌なこと」から「ちょっとずらす」→「嫌な音」「嫌そうで嫌じゃないこと」とか
「嫌なこと」から「逆にする」→「良いこと」
などでしょうか。


正直よくやるのは「ちょっとずらす」「逆にする」「極端にする」が手一杯で、
「視点を変える」「枠の外を考える」とかは時間がかかるので、余裕がなくなると手をつけないことすら多いです。


「お題と関係ないランダムな単語を持ってくる」については手を出しやすいですが、ドツボにハマることも多いので、
これで行うときは「伝わらないめちゃくちゃな内容になっていないか」を非常に注意する必要があります。

















「考え方の切り替え」まで行ったら、最後は「自分の棚・引き出しにある事象の組み合わせ」です。
先程「考え方の切り替え」で行って出てきた要素に当てはまるものを必死に自分の棚から探します。


「嫌な音」であれば「黒板の音」「肉が潰れる音」「ホラーチックな音」「ヒステリックな人の大声」「首絞めセックスの時の声」
「良いこと」であれば「他人への親切」「美しい花が咲いている」「空が晴れている」「最後の1個を買えた」「小銭を上手いこと使えた」


なんでもいいです。
体験したことなのか、何かで読んだことなのか、見たことなのか、聞いたことなのか。
出てきた物事を必死に並べ立てます。
(ちなみに、ここでピンとくる物事がなければ、一度「考え方の切り替え」に戻って再度要素を切り替え、もう一度物事を探します)


そうして出てきた面白くなりそうな物事を、最後にそのお題の一番大きい要素に合致するように組み合わせます。
『こんな学校は嫌だ』なら、上で出てきた物事を、最後に適切な「学校」の要素にくっつけます。
ここまでくれば、ある程度出す要素はパッと出てくるものでも大丈夫です。
「職員室」「校庭」「理科室」「音楽準備室」「うさぎ小屋」「焼却炉」など、ここでもひたすらに一番面白くなりそうな要素を探してくっつけ、文章化します。


おおよそ、自分が大喜利の発想を行うときはこういった流れで行います。
























さて、ダラダラ長々書書きましたが、こんなの実践できてたら苦労しません。
さらっと「切り替える」とか言ってますが、こいつは実際に考え方の切り替えを行うまでに異常なほどの精神力、異常なほどの時間がかかります。


残念ながらこいつはそうそう面白いことがすぐ思いつくような脳を持ち合わせていないです。
なぜ面白いことが思いつかないか。理由は2つのクセにあります。



1つ目は、「正解を出したがる」というクセです。
「正解を出したがる」というか「現実に合わせたがる」というか、
いずれにせよ、「お題のものが現実に存在し、実現しうるもの」を考えてしまいます。
この現実路線的な考え方、自分にとっては非常に手に取りやすく外れにくいという、とても頑丈で使いやすく安心できる便利なものなので、
油断したら、予想の範疇を全く超えない答えが出がちです。



2つ目は、「思いついた要素に固執する」というクセです。
これに関しては理由が全く説明できません。何でかわかんないけど本当に固執して捨てられないんです。
例えば、「こんな学校は嫌だ」というお題だったら「先生」「生徒」「黒板」「教室」くらいの要素がぱっと頭に浮かびますが、
ぱっと浮かんだが最後、この4つから本当に逃げ出せなくなります。


この「正解を出したがる」「思いついた要素に固執する」という2つのクセのせいで、
上手く大喜利ができないことが非常に多いです。
制限時間が短く決められている大喜利だと、スタートダッシュで負けています。
生大喜利だったら最初に思いついた要素を捨てるのに10秒かかります。
この10秒で他の参加者が2人くらい回答してます。


最初に浮かんだ要素を捨てた後、「もうちょっと誰も注目していない要素はないか」と探し出します。
ここがもう自分の面白の行き止まりと運任せの部分です。
ここでこいつが探し始めたのは「誰も注目していない要素」なのです。「面白い要素」ではないのです。


こいつは面白を理解していないので「誰も注目していない要素」なんか探し出せません。運良く注目していない要素が降りてくるまでひたすらに待ちの時間です。
注目していない要素かなと思ってピックアップしても、「現実に合わせたがる」クセが働き、要素を面白く調理できません。
要素を出したところで「なんかちがう」と、センスもないのに、自分が調理できる技術がないことを棚に上げて、要素をどんどん切り捨てていきます。


はいもう1分30秒経ちました。ここまで1答もしてないです。





そして全てをすっ飛ばして一番考えるのが楽な「お題と関係ないランダムな単語を持ってくる」ことを始めます。
これを始めるともはや「誰も考えてない変な単語にならないか」という方向性で模索しているのですが、
それは「面白い要素」ではなく「変な単語」なので、面白くないです。
その上でこいつの引き出しには必ず「イカ」と「FAX」というクソデカ邪魔単語が入っているので、これを捨てるのに時間がかかります。


はい残り1分です1答もしていません。


「あ」から単語を探し始めると「こいつ『あ』から単語探し始めたな」とバレるのが嫌なので、なぜか「ま」ぐらいから探し始めます。
「め」くらいで「メントス」という単語が出てきました。
「教師」という要素がまだ捨てられていないので、もう時間がないのでくっつけます。
「メントス教師」という単語ができました。
「メントス教師」は何者でしょう。「正解を出したがる」クセが入ります。
「授業中にメントスを勧めてくる」。弱いので「授業中にメントスを飛ばしてくる」に変えます。


回答が出来上がりました。
「授業中にメントスを飛ばしてくる、メントス教師がいる」です。
これの何が面白いのでしょうか。




私が上手く大喜利できないパターンは、ほぼほぼ上記のルートに帰結します。
うまくいっている時は、視点ずらしや要素の組み合わせなどができ、上記のルートを外れることができるのですが、
発想が一つつまずくと、すぐにこのルートに入ってしまい、二度と抜け出せなくなってしまうのです。



















ちょっとまって












クソ長にも程がないか?












一回目次見せて








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目次
-1.自己
0.まえがき
1.発想
2.表現(書く内容)
3.読み方、出し方
4.やめたこと
5.現実
6.まとめ


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なんだこの目次キショ












これの「1.」までしか終わってないの?












でこれを「6.」までやろうとしてるの?












そらおっさんキビシイぜ












6月いっぱい使って何してんの?












これを世に放つ気なの?












こんなもん、世に放ったところで激イタ文書にしかならんぞ












でもなあ












激イタ文書とはいえ、ここまで書いたらなんかしらにしたいなあ










ようし!こんな時は!










Boxのメンバーにぶん投げて、どんどんブラッシュアップしてもらおう!!!











今回文字多くてキビシイなあ










やってもらえるか不安だなあ