他人へのレスばかりで本文への感想を書いていませんでした。 よしりん師範、巴里での休暇中も次の仕事のための思索を続けられている態度に頭が下がります。そして号外の配信ありがとうございました。 戦後日本の首相は安全保障と外交の主体性を概ね米国に委ねてきました。戦後の米国にも一部に日本の独立を支持するモンロー主義や孤立主義のような勢力はありました。しかし日本側は主体性を持つことを恐れ、そういった働きかけがあった際にも拒否して引きこもったようです。戦後日本の首相のうち主体性の回復を志向し、米国からもパートナーとして評価されたのは鳩山一郎と岸信介だと言われています。鳩山由紀夫と安倍信三のそれぞれ祖父です。しかし鳩山由紀夫には理想はあっても現実政治の実力が伴わずに挫折し、安倍信三に至ってはそもそも理想などなく体裁さえ整えば良いと考えているように見えます。 交戦規程など自衛隊法の不備を改正し個別的自衛権を確立することこそが自主防衛への道です。そして自主防衛こそが自主的外交の背景として必須のものだと思われます。端的に言えば度重なる構造改革要求やその完成形であるTPPを峻拒できないのは自主防衛ができないからです。「中国や北朝鮮が怖いだろ?米軍は必要だろ?それなら我々の要求を飲みたまえ」というわけです。それに対して自民党ハト派は「中国はそんなに怖くないよ、だからアメリカの要求を丸飲みする必要な無いよ」と言ってきたわけです。しかし独立を志向しないわけですから徐々に要求を飲まざるを得ない状況は続いてきました。 潮目が変わったのは小泉政権時代からでしょう。自民党の派閥政治をぶっ壊して終わらせ、米国の要求丸飲みが日本の悪弊を正すことだと錯覚させる政策を推進しました。これは政治・経済・社会・文化の全てにおける米国化推進以外の何物でもないものでした。以後の第一次安倍政権にもその路線が引き継がれ、官僚機構がすっかりその方向で動き出したため民主党政権になってもTPP参加は既定路線となりました。しかもハト派が築いてきた中国とのパイプが切れたため米国依存はさらに強まったわけです。 安倍信三が祖父の悲願だった憲法改正を実現したいと考えているのは確かでしょうが、米国からの独立を果たすために憲法改正をするという大目的は完全に等閑視しています。憲法九条の改正が米国の負担を減らすためだという議論は、米国の東アジアへの関わりにおける負担を減らすという意味でなければならず、世界の警察としての米国のメンツやグローバル企業の利益、ドル基軸通貨体制の維持といった実利のために起される侵略戦争における負担まで肩代わりする必要などないはずです。しかし安倍は侵略戦争に進んで加担できる集団的自衛権のみを重視しており、これは独立につながる個別的自衛権の強化とは真逆のものです。 安倍の目的が米国からの独立にはなく米国への依存強化による安心を得ることにあるのなら、憲法の中身を議論せず改正手続きのみを変えようとしたり、閣議決定による解釈改憲で済まそうとしたりして急いでいる理由もよく判ります。要するに独立するのが怖いということでしょう。米国に頼らず一国のトップとして是非善悪を判断し、外交的決断を下していくのが怖いのでしょう。だから憲法改正を志向しているというホシュ的な体裁さえ整えば、米国からの真の独立を果たすという実際が伴わなくても一向に平気なのでしょう。 しかし、こんなトップを選んで戴いているわけですから、日本国民の本音も実は戦後一貫してこれと大差ないと考えて良さそうです。だからあのようなトリック会見にも騙されたふりをしてスルーし、後に不都合が起こると(必ず起こることは見え見えですが)「騙された!」という構えなのではないでしょうか。 ニヒリズムと予定調和が今の日本人か na85
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よしりん師範、巴里での休暇中も次の仕事のための思索を続けられている態度に頭が下がります。そして号外の配信ありがとうございました。
戦後日本の首相は安全保障と外交の主体性を概ね米国に委ねてきました。戦後の米国にも一部に日本の独立を支持するモンロー主義や孤立主義のような勢力はありました。しかし日本側は主体性を持つことを恐れ、そういった働きかけがあった際にも拒否して引きこもったようです。戦後日本の首相のうち主体性の回復を志向し、米国からもパートナーとして評価されたのは鳩山一郎と岸信介だと言われています。鳩山由紀夫と安倍信三のそれぞれ祖父です。しかし鳩山由紀夫には理想はあっても現実政治の実力が伴わずに挫折し、安倍信三に至ってはそもそも理想などなく体裁さえ整えば良いと考えているように見えます。
交戦規程など自衛隊法の不備を改正し個別的自衛権を確立することこそが自主防衛への道です。そして自主防衛こそが自主的外交の背景として必須のものだと思われます。端的に言えば度重なる構造改革要求やその完成形であるTPPを峻拒できないのは自主防衛ができないからです。「中国や北朝鮮が怖いだろ?米軍は必要だろ?それなら我々の要求を飲みたまえ」というわけです。それに対して自民党ハト派は「中国はそんなに怖くないよ、だからアメリカの要求を丸飲みする必要な無いよ」と言ってきたわけです。しかし独立を志向しないわけですから徐々に要求を飲まざるを得ない状況は続いてきました。
潮目が変わったのは小泉政権時代からでしょう。自民党の派閥政治をぶっ壊して終わらせ、米国の要求丸飲みが日本の悪弊を正すことだと錯覚させる政策を推進しました。これは政治・経済・社会・文化の全てにおける米国化推進以外の何物でもないものでした。以後の第一次安倍政権にもその路線が引き継がれ、官僚機構がすっかりその方向で動き出したため民主党政権になってもTPP参加は既定路線となりました。しかもハト派が築いてきた中国とのパイプが切れたため米国依存はさらに強まったわけです。
安倍信三が祖父の悲願だった憲法改正を実現したいと考えているのは確かでしょうが、米国からの独立を果たすために憲法改正をするという大目的は完全に等閑視しています。憲法九条の改正が米国の負担を減らすためだという議論は、米国の東アジアへの関わりにおける負担を減らすという意味でなければならず、世界の警察としての米国のメンツやグローバル企業の利益、ドル基軸通貨体制の維持といった実利のために起される侵略戦争における負担まで肩代わりする必要などないはずです。しかし安倍は侵略戦争に進んで加担できる集団的自衛権のみを重視しており、これは独立につながる個別的自衛権の強化とは真逆のものです。
安倍の目的が米国からの独立にはなく米国への依存強化による安心を得ることにあるのなら、憲法の中身を議論せず改正手続きのみを変えようとしたり、閣議決定による解釈改憲で済まそうとしたりして急いでいる理由もよく判ります。要するに独立するのが怖いということでしょう。米国に頼らず一国のトップとして是非善悪を判断し、外交的決断を下していくのが怖いのでしょう。だから憲法改正を志向しているというホシュ的な体裁さえ整えば、米国からの真の独立を果たすという実際が伴わなくても一向に平気なのでしょう。
しかし、こんなトップを選んで戴いているわけですから、日本国民の本音も実は戦後一貫してこれと大差ないと考えて良さそうです。だからあのようなトリック会見にも騙されたふりをしてスルーし、後に不都合が起こると(必ず起こることは見え見えですが)「騙された!」という構えなのではないでしょうか。
ニヒリズムと予定調和が今の日本人か na85