津田さんと音楽の出会いは、かつての私と音楽の出会いのようです。 対象のアーティストは違いますが、音楽から受ける、言葉も理性も超えたただ本能とか感覚だけに訴えてくる衝撃や感動は一生ものです。 この辺りの感覚も全く一緒です>僕の耳には恐ろしくチープに響き中身がないように感じる曲が日本ではなぜかちゃんと流行ってしまう だから私も、自分の感覚だけを信じて聴いてきたらたまたま洋楽ばかりに偏りました。 そうして音楽とともに歩んできて、そしてXに、YOSHIKIの音楽に出会いました。90年の5月でした。すぐにBLUE BLOODを買いました。 とんでもないバンドが日本にいたと興奮と喜びで一人部屋で聴きながら、津田さんのライナーノーツにも感動していました。 「僕はバンドを探していた」で始まるあのライナーノーツはBLUE BLOODという名盤に更に付加価値を与えていました。何度読んだかわかりません。 私と同じ共同体はたくさんいるはずです(笑)。 一ファンからしたら、YOSHIKIは本当に津田さんと出会えてよかったと思っています。 アーティストの可能性と才能をまっすぐに信じて、全面的にサポートしてくださる方がプロデューサーという立場でいてくれることはどれだけ頼もしかったんだろうと思います。 おかげで、ファンとしてリスナーとしてどれだけ幸せか、何度感謝してもしきれません。 初めてENDLESS RAINを聴いてから、23年経ってこんな素敵なエピソードを公開していただいて有難うございます。 この曲がまた特別なものになりました。 やっぱり、音楽の力を純粋に信じることが絶対正しいんだよ。 私は間違ってなかった。
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音楽プロデューサー 津田直士チャンネル
(ID:343795)
津田さんと音楽の出会いは、かつての私と音楽の出会いのようです。
対象のアーティストは違いますが、音楽から受ける、言葉も理性も超えたただ本能とか感覚だけに訴えてくる衝撃や感動は一生ものです。
この辺りの感覚も全く一緒です>僕の耳には恐ろしくチープに響き中身がないように感じる曲が日本ではなぜかちゃんと流行ってしまう
だから私も、自分の感覚だけを信じて聴いてきたらたまたま洋楽ばかりに偏りました。
そうして音楽とともに歩んできて、そしてXに、YOSHIKIの音楽に出会いました。90年の5月でした。すぐにBLUE BLOODを買いました。
とんでもないバンドが日本にいたと興奮と喜びで一人部屋で聴きながら、津田さんのライナーノーツにも感動していました。
「僕はバンドを探していた」で始まるあのライナーノーツはBLUE BLOODという名盤に更に付加価値を与えていました。何度読んだかわかりません。
私と同じ共同体はたくさんいるはずです(笑)。
一ファンからしたら、YOSHIKIは本当に津田さんと出会えてよかったと思っています。
アーティストの可能性と才能をまっすぐに信じて、全面的にサポートしてくださる方がプロデューサーという立場でいてくれることはどれだけ頼もしかったんだろうと思います。
おかげで、ファンとしてリスナーとしてどれだけ幸せか、何度感謝してもしきれません。
初めてENDLESS RAINを聴いてから、23年経ってこんな素敵なエピソードを公開していただいて有難うございます。
この曲がまた特別なものになりました。
やっぱり、音楽の力を純粋に信じることが絶対正しいんだよ。
私は間違ってなかった。