>>2 僕はメシアンは狭義の「現代音楽」だとは思っておらず、「近代音楽」だと思っているのですが笑、まあ、メシアンはダルムシュタットで教師の立場にいた(ストックハウゼン、ピエール・ブーレーズ、ルイジ・ノーノが生徒)、と言うわかりやすさもありますが、シェーンベルクも「現代」ではなく「近代」としており、近代音楽は、宗教とベッタリ。と把握しています。メシアンのカソリック進行は狂信的と言っても良いですよね。 僕は、高橋悠治というより、藝大閥は1人残らず、洗礼を受けていようがいまいが、実家が熱心な仏教信仰を持っていようが、全員カソリックだと思っており、今回、「それでも軽症だろ」と踏んでいた「現代音楽」から、むせかえるようなカソリシズムを感じて痺れたわけですが笑、高橋はシュトックハウゼンというよりも、また、ジョン・ケージというよりも、何せ圧倒的にピアニストですので、コンポジションとしてのコンセプトも、というか、自分で自作でないぴあの曲を弾く事が一番素晴らしく、あとは「適当」だとお持っており、ストックハウゼンのような大歌舞伎やカソリシズムの、生々しい罪の感覚、などなどは感じませんでした。それより、日本人の得意な、輸入文化を音構造だけではなく、バックボーンとなる宗教までコスプレせざるを得ない属性を強く感じました。自作のあり方が、モロにカソリシズムであることに、全く気がついておらず、そういうものからは自由。と思っている節があるので笑。
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。
音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。
(著者)
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僕はメシアンは狭義の「現代音楽」だとは思っておらず、「近代音楽」だと思っているのですが笑、まあ、メシアンはダルムシュタットで教師の立場にいた(ストックハウゼン、ピエール・ブーレーズ、ルイジ・ノーノが生徒)、と言うわかりやすさもありますが、シェーンベルクも「現代」ではなく「近代」としており、近代音楽は、宗教とベッタリ。と把握しています。メシアンのカソリック進行は狂信的と言っても良いですよね。
僕は、高橋悠治というより、藝大閥は1人残らず、洗礼を受けていようがいまいが、実家が熱心な仏教信仰を持っていようが、全員カソリックだと思っており、今回、「それでも軽症だろ」と踏んでいた「現代音楽」から、むせかえるようなカソリシズムを感じて痺れたわけですが笑、高橋はシュトックハウゼンというよりも、また、ジョン・ケージというよりも、何せ圧倒的にピアニストですので、コンポジションとしてのコンセプトも、というか、自分で自作でないぴあの曲を弾く事が一番素晴らしく、あとは「適当」だとお持っており、ストックハウゼンのような大歌舞伎やカソリシズムの、生々しい罪の感覚、などなどは感じませんでした。それより、日本人の得意な、輸入文化を音構造だけではなく、バックボーンとなる宗教までコスプレせざるを得ない属性を強く感じました。自作のあり方が、モロにカソリシズムであることに、全く気がついておらず、そういうものからは自由。と思っている節があるので笑。