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菊地成孔 菊地成孔
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>>1

「策謀の結末」はリアルタイムでは、本当にもう次はない最終回だったんで、予算も気合も凄いんですよね笑。ほとんど指摘されませんが「踊る大捜査線THE MOVIEレインボーブリッジを封鎖せよ」の元ネタです(「事件は現場で起こってるんですよ」という有名なセリフもーー別回ですがーーコロンボです)。

ジョー・デブリンがダブリンのデヴィルから命名されているのは海外のファンサイトなどでは指摘が多いですね(コロンボの役名には、そういうのが多いんですが)。いずれにせよフェイク・イタリアーノ(父親がロシア系ユダヤ、母方がアシュケナズです)とフェイク・アイルランダーのーー正に、ご指摘通りのーーカソリシズム&エクゾシズムが生じる構図は、ちょっと薔薇の名前名た雰囲気もあって、「社会的な巨悪が出てきたらギャグ回にしてしまう(過去、産油国、CIA、FBI、芸能界、ロス市警内の腐敗、サイエントロジー等々が扱われる時、「社会派じゃないんだよーん」という感じでギャグ回にしています)コロンボ世界で、唯一、IRAを扱い、シリアスな大作にまとめ上げた傑作で、器の大きさからファンから嫌われるという笑、回でもありますね。また「本筋である殺人事件だけでなく、同時にテロリズムも回避させる」という、二重解決がある、数少ない回でもあります。

 僕は2人がいちゃつく「恋」のシーンで(「刑事コロンボ研究」は、「倒叙形式」が発生させる心的効果の落とし所を、転移のパスとして、殺人から自白までを、「前の彼氏(彼女)を捨てて、新しい彼氏(彼女)と恋に落ちるが、告白したら振られる」というアナロジーで貫通しています。日本人に一番わかりやすいと思われたので)、即興詩の応酬があり、あれこそ日本字幕が困るやつなので、文字起こしして訳してみたところ、デブリンが無茶苦茶テクニカルで文学的なのに対し、コロンボが童謡みたいなので返して、それでウケている。という構図がわかり、ご指摘の「カソリック的な、患者と分析医ーー被憑依者と悪魔祓いの関係ーー」が、「インテリで文学的な方が患者」という設定にうまさを感じました。

コロンボは最後のゴールデンゲートブリッジ爆走シーンを経ても武器輸出が止められず、車を降り、偶然、貸し望遠鏡の料金フックに置き忘れられた銀貨を拾うことで、本業である殺人事件の方が軽く(ご指摘の通り、犯人は捕縛要求のメッセージをウイスキーのボトルにマーキングし続けますし、そもそも動機が勘違いーー裏切られたと思い込んで死刑に処するーーであることから、殺人の重みがかなり軽いです)、副産物であるテロリズムの方が(「テロリズムだから」という意味ではなく、コロンボの知性との闘いにおいて)重く、結果、どん詰まりで「銀貨を拾う」事で粉砕する所が、「エクソシスト」めいてますよね。

No.5 13ヶ月前
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