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 おじゃまします…。
>>201
 ツイッターにも記しましたが、藤原道兼の人物評は「大鏡」・「栄花物語」でも最低だそうで、(「大鏡」によると)父親の兼家の忌中の際には、「土殿(喪中にこもる粗末なかりや)」にもおらず、暑いと言って、御簾をあげて、念仏も唱えず、気に入った人たちを集めて、後撰和歌集や古今和歌集をひろげて、即興の冗談を言って、父親の死を悲しまなかったのだとか…。その理由を語るとネタバレになるので、やめておきますが、わがままな人だったことは事実だそうです。

 なんですが…もの凄い第一話だったな、と思いました。平安時代いじめ物語、ですね。

 ちなみに道隆の男子は…この大河で重要な役どころなので登場すると思いますが、道兼にもいちおう…子供はいます。母親から結婚のことを心配されていましたが、高貴な身分の子息の場合、こういう問題はおのづと回避されるみたいですね。あまり気分のいい話ではないですが。
 

No.202 34ヶ月前
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