今週も暑い中、またとんでもなくお忙しい中、ライジングの配信ありがとうございました。50冊にサインってとんでもなく大変ですね…。お疲れ様でした。 私はLGBTに関する知識は全く疎いので、今年に入ってからライジングの記事や公論イベントで学ばせていただいています。そうしたタイミングでりゅうちぇるさんの訃報を聞き、気持ちが落ち込んでいます。きっと、性的マイノリティーの方々は、内心に抱えている葛藤や周囲との軋轢によって、日々相当に深く心に傷を負っているのだろうなと思いました。 今回の記事では美輪明宏を例に挙げられていますが、男性と女性は肉体的にも精神的にも絶対に先天的にきっぱり別れているのが正常であって、どっちつかずのあやふやな状態は全て後天的かつ異常であるなんて、とても言えませんね。そもそも生物の進化的には最初は女性(メス)しか存在せず、男性(オス)は後から生まれてきた存在だったとか。 「日によって心の性が変わる「不定性」のXジェンダーの人がいて、「男性と女性の割合が変わる」「両性と無性を行き来している」「中性から男性又は女性の間を行き来する」「両性・女性・男性を行き来する」パターンまであるとのこと、手塚治虫の『リボンの騎士』はまさにそうしたことを題材にした作品ですが、文化的な存在である人間にとって、性別の垣根は意外に曖昧なものなのだと分かります。考えてみれば私自身も、幼児の頃は髪を短くされていたせいもあり、しょっちゅう男の子に間違われていたことを思い出しました。(そうしたら最近、愛子様サイトのコメント投稿でも男性と思われていたので、姿が見えても見えなくても性別を間違われるんだなあと思いました) >自称保守は統一協会と一緒にひたすら差別を保守し、誤謬を保守し続けている。 もはや日本の自称保守とは、常に人に優劣をつけ、差別の対象を見出しては迫害に勤しみ、平気で他者を傷つけるただの人でなしですね。 先生が書いておられる通り、性的マイノリティーは一定の割合で絶対に生まれてくるのだし、皇室においてもそれは同じであるという認識は持っておかなくてはなりません。女性天皇および女性宮家を実現することや、性的マイノリティーへの偏見や差別を減らしていくことは、日本社会に寛容さと活気を取り戻すためにも必要不可欠であると思います。今回の記事で、ますます『恋愛論』を早く読みたくなりました。(現在多忙のため、『恋愛論』は愛子様祭りの後に読む予定にしています…)
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。
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今週も暑い中、またとんでもなくお忙しい中、ライジングの配信ありがとうございました。50冊にサインってとんでもなく大変ですね…。お疲れ様でした。
私はLGBTに関する知識は全く疎いので、今年に入ってからライジングの記事や公論イベントで学ばせていただいています。そうしたタイミングでりゅうちぇるさんの訃報を聞き、気持ちが落ち込んでいます。きっと、性的マイノリティーの方々は、内心に抱えている葛藤や周囲との軋轢によって、日々相当に深く心に傷を負っているのだろうなと思いました。
今回の記事では美輪明宏を例に挙げられていますが、男性と女性は肉体的にも精神的にも絶対に先天的にきっぱり別れているのが正常であって、どっちつかずのあやふやな状態は全て後天的かつ異常であるなんて、とても言えませんね。そもそも生物の進化的には最初は女性(メス)しか存在せず、男性(オス)は後から生まれてきた存在だったとか。
「日によって心の性が変わる「不定性」のXジェンダーの人がいて、「男性と女性の割合が変わる」「両性と無性を行き来している」「中性から男性又は女性の間を行き来する」「両性・女性・男性を行き来する」パターンまであるとのこと、手塚治虫の『リボンの騎士』はまさにそうしたことを題材にした作品ですが、文化的な存在である人間にとって、性別の垣根は意外に曖昧なものなのだと分かります。考えてみれば私自身も、幼児の頃は髪を短くされていたせいもあり、しょっちゅう男の子に間違われていたことを思い出しました。(そうしたら最近、愛子様サイトのコメント投稿でも男性と思われていたので、姿が見えても見えなくても性別を間違われるんだなあと思いました)
>自称保守は統一協会と一緒にひたすら差別を保守し、誤謬を保守し続けている。
もはや日本の自称保守とは、常に人に優劣をつけ、差別の対象を見出しては迫害に勤しみ、平気で他者を傷つけるただの人でなしですね。
先生が書いておられる通り、性的マイノリティーは一定の割合で絶対に生まれてくるのだし、皇室においてもそれは同じであるという認識は持っておかなくてはなりません。女性天皇および女性宮家を実現することや、性的マイノリティーへの偏見や差別を減らしていくことは、日本社会に寛容さと活気を取り戻すためにも必要不可欠であると思います。今回の記事で、ますます『恋愛論』を早く読みたくなりました。(現在多忙のため、『恋愛論』は愛子様祭りの後に読む予定にしています…)