菊地成孔(著者) のコメント

菊地成孔 菊地成孔
(著者)

>>8

 追記ですが、マイルスは、パーカーとも別れ、コルトレーンとも別れ、ビルエヴァンスとも別れ(「カインドオブブルー」の録音以来、両者は会っていません)、ギルエヴァンスとも別れ、ジミヘンとも別れ、葬式が嫌いで、ジミヘンの葬式にだけ顔を出しました(ベティデイヴィスと三角関係だったこともあり笑)。マイルスの自伝も含めた、晩年の(マイルスは六十五まで生きました)インタビュウを読むと、スピリチュアルギリギリのラインで、「別れてきたジャズジャイアントへの愛」がむせ返るほど凄く、五十嵐は前述、心筋梗塞やドラッグ摂取の経験から、最近は常に満身創痍で、「いつ死んでもいいと思って演奏している」という発言に嘘はないと思います、というか、五十嵐の発言は、涙が出るぐらいストレートで、あんな話し方をする音楽家を僕は知りません。そこは坪口とも、どうせ医大のあらゆるジャズメンとも全く違います。僕は研究所まで出しているのに、マイルスへの移入は、さほどありません。マイルスのサウンド構造を、リファレンスとして取り入れているだけです。五十嵐は、マイルスのマインド、特に孤独さをがっつり移入しています。移入しすぎて、股関節の障害まで移入してしまいました(マイルスは晩年、人工股関節でした)。

 かなり扱いずらい男なので(バンドをクビになったり、絶交を繰り返している履歴は、日本ジャズ界の伝説になっています笑)、僕は彼とバンドを組んだことはありません。遠くから眺めて、うっとりしていました。僕が類家くんを雇用してることを知るたびに、「なんだよナルちゃん、類家ばっかり使ってさあ、オレも入れてよ」と、どストレートに電話で言うような奴です。そのたび僕は「イガちゃんは凄いけど、めんどくさいから入れない笑」と言い「じゃあ、しょうがないね。ナルちゃんは自分で全部コントロールするのが一番だからな」と言いました。それが僕らの友情とリスペクトの形で、そうしてる間に彼は逮捕されたり、心筋梗塞で路上で発見され、発見が遅かったら死んでいた。といった事があり、僕は彼の病弱さと、何よりも心臓に既往症があるまま、トランペッターでいつづけている事に、リスペクトともに、「いつ五十嵐と一緒にやっても、これで最後になるかも知れないな」と、たまにしかないライブのたびに思っています。でも口には出せません。五十嵐は、それを口に出す男です。

 ザヴィヌルバッハでさえ、あいつが勝手に後から入ってきて、坪口と大げんかして出て行って(僕はその時「絶対に出てゆくな。マイクも席も用意して待ってるからな」と言ったんですが、ダメでした。あいつは僕の進言には耳を貸しません)、いつの間にか仲直りして、戻ってきました。日記には書きませんでしたが、五十嵐は「とにかく坪口くんに感謝だよね」と言い続けていました。僕と共演できるからです。坪口のリハーサルに、延々とダメ出しをしながらです笑。

 愛を押し売りして、巨設され続ける愛の男に対して、僕が距離をとったことは確かです。そしてその判断を間違っていたとは全く思っていません。僕は臨死経験によって、健康の維持、と言うより、自分の生命=肉体との共生に意識が向きましたが、五十嵐は日記にある通り、医者に止められているタバコも吸いまくりますし、酒も飲みまくり、ジャズメンが自滅する事に驚くほどのロマンティークがあります。僕は僕なりに彼を愛しています。ですが、結果として僕は、クインシージョーンズと似たポジションにいて、もし五十嵐が最後のビッグバンドコンサート(マイルスにおけるモントルー)があったら、オーケストラの組織とコントロール、そしてコンダクツで参加したいと思っています(それをやったのがクインシーなので)。


 

No.9 36ヶ月前

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