主張
希望出生率1.8
「お国のため」の懸念は消えぬ
安倍晋三政権の掲げる「新3本の矢」の柱の一つ「希望出生率1・8の実現」について、違和感を抱く国民が少なくありません。出産・子育て環境づくりに熱心とはいえない首相が突然持ち出したこともさることながら、「出生率1・8」を国の数値目標にして、国民に押しつけようとするかのような印象が強いからです。「1億総活躍社会」のスローガンと結び付いて、「“産めよ、増やせよ”の復活か」という懸念の声も上がります。国民の不安をかきたてるやり方では、安心の子育て社会を実現することはできません。
子育て困難にしておいて
「希望出生率1・8」は、「新3本の矢」では、第1の矢「国内総生産(GDP)600兆円」、第3の矢「介護離職ゼロ」とともに、「第2の矢」の目標とされています。「1億総活躍社会」実現の前提となる「50年後に人口1億人を維持する」ための柱のひとつです。
2014年の日本の「合計特殊出生率」(1人の女性が一生に産む子どもの人数の推計値)は9年ぶりに低下し1・42となりました。人口維持が可能な出生率2・07よりはるかに低く、欧州諸国のフランス1・99などと比べても、日本が「出産・子育てがきわめて困難な国」を象徴しているのは明白です。若者が結婚、出産、子育てなどを希望しても、その実現を妨げる、ゆがんだ構造をつくってきた歴代政権の責任は重大です。
安倍政権の「希望出生率1・8」は、18~34歳の独身者のうち結婚希望者が9割いるとか、希望する子ども人数が男女とも2人程度であるとかなどの調査を単純計算し、はじき出した机上の数字です。
「1・8」実現への裏付けもありません。日本の出生率1・8超は1984年が最後で、あとは低下・低迷の傾向です。大企業優先政治のもと労働法制が次々改悪され、低賃金の非正規雇用、異常な長時間労働が拡大・加速したことなどが背景です。出生率向上というなら、若者を痛めつける政治を反省し、その根本的転換こそが必要なのに、先月末決定された「1億総活躍」の緊急対策は従来政策の焼き直しばかりで、子育て世代などを失望・落胆させています。
問題は「希望出生率」が「数値目標」として独り歩きしかねないことです。結婚・出産は、人生の選択という個人の自由と人権の根幹にかかわる問題です。日本の少子化に歯止めがかからないのは「目標」がないからでなく、社会のゆがみがただされず、国民が多様な人生の選択ができないからです。政府が、その責任を棚に上げ、結婚・出産を選ばない人たちへ圧力をかけることは許されません。
一人ひとりの尊厳保障を
昨年、安倍政権は「50年後に人口1億人程度」保持との目標を明記した「骨太方針」を閣議決定しました。「人口目標」を閣議決定に記したのは開戦直前1941年の近衛文麿内閣以来73年ぶりと指摘されています。「骨太方針」決定にいたる政府内の議論で、「人権侵害になる」「誤解をあたえる」などの異論や慎重論が相次ぎました。
そんな経過を無視し、「1億」や「出生率」を国家目標のように掲げる安倍政権の「時代錯誤」は異常です。国民一人ひとりの権利と尊厳が保障される政治を実現することが、日本の少子化を打開する道であることは明らかです。