安倍内閣は秋の臨時国会へ「秘密保護法案」を提出しようとしています。安倍首相が「日米同盟強化のため」と強調するこの法案で、何を目指すのか、国民にどのような影響があるのかをQ&Aで考えていきます。
Q 「秘密保護法」の対象になる「秘密」ってなんですか?
A 政府の原案では、国の安全保障に関わる(1)軍事(2)外交(3)外国の利益を図る目的で行われる特定有害活動の防止(4)テロ活動の防止―の4分野が対象です(図)。各分野で秘密にする「事項」をリスト(別表)にして“絞り込む”方式ですが、秘密にするかどうかは行政機関の長(閣僚など)次第。何が秘密かも「秘密」―という事態になりかねません。
紀香さんの懸念
女優の藤原紀香さんは9月、自身のブログにこうつづりました。
「もし国に都合よく隠したい問題があって、それ(法律)が適用されれば、私たちは知るすべもなく、しかも真実をネットなどに書いた人は罰せられてしまう…なんて恐ろしいことになる可能性も考えられるというので、とても不安です」
法案の本質をついた指摘です。秘密を漏らした国家公務員に加え、秘密を知ろうとするメディアや一般国民にもこれまでにない重罰を科そうというのが法案の狙いです。
「国家機密にあたる範囲が曖昧なのが問題なのだと思います」
藤原さんは別の問題点も指摘しています。
法案は、例えば(1)軍事のリストでは10項目を列挙。中身をみると「自衛隊の運用、これに関する見積もり、計画、研究」などとあります。これでは、自衛隊の活動についての非常に広範な情報が秘密の対象になります。
運用で膨大な量
この軍事リストは現在の自衛隊法が定める「防衛秘密」と同じもの。「防衛秘密」の場合、法律で決められている10項目が運用にあたって233項目に細分され、それにしたがって指定された3万752件という膨大な量の秘密が保有されています(2011年時点)。
リストが秘密を“絞り込む”どころか、政府の裁量でいくらでも増やせるというこの仕組みで、(4)テロ活動防止の分野では原発関連の情報なども「秘密」になりえます。国家の恣(し)意(い)的運用を防ぐ歯止めはありません。
秘密保護法案Q&A 2―ワイン購入まで闇の中
Q 憲法では国民の「知る権利」が保障されていると思いますが、それとの関係はどうなるのでしょうか。
A 「知る権利」とは、国に対して情報の提供を求める権利や、国家の妨害を受けずに自由に情報を受け取る権利をいいます。国民主権の原理や基本的人権である「表現の自由」から説明されます。
回答も「黒塗り」
「秘密保護法案」で政府は「知る権利」を明記するといっていますが、本当に「知る権利」を尊重し、擁護するものではありません。「秘密保護法案」の概要や原案を読む限り、軍事・外交・テロ活動などの情報統制強化や、国民監視につながる基本的人権の抑圧、国家安全保障会議などでの活用を目的にしているからです。
実は、政府の情報は今でも「秘密」だらけです。米軍が日本に核兵器を持ち込む日米核密約、アメリカに日本を売り渡す環太平洋連携協定(TPP)交渉、首相や官房長官らが領収書なしで使える内閣官房機密費、在外公館のワイン購入に関する情報に至るまで政府は秘密にし、国民の「知る権利」を侵害しつづけています。
政府の「秘密保全法制」の検討経過について「しんぶん赤旗」が情報公開請求したところ、「黒塗り」の文書が返送されてきました(写真)。秘密保護法案そのものが闇に隠されています。
国民監視の活動
それどころか、自衛隊の秘密漏えい防止を目的とする自衛隊情報保全隊が、国民個人の名前・住所・学歴・所属団体・所属政党などを収集し、文書にまとめる活動をしています。自衛隊のイラク派兵の際には、著名な映画監督や集会、デモ、学習会、日本共産党員作家の小林多喜二の展示会まで監視されました。
国民の「知る権利」というなら、自衛隊情報保全隊による監視活動を直ちにやめ、情報公開法の改正、公文書管理法の改正に着手すべきです。「秘密保護法案」は提出すべきではありません。
秘密保護法案Q&A 3―国民・メディアも厳罰
Q 「秘密保護法」では一般国民も厳罰の対象になるのですか?
A 対象になります。法案は国の「秘密」を知ろうとする行為を“未然に”防ぐ発想から、広範な国民の活動を厳罰の対象としています。
取材どころでは
「防衛省なんて取材どころじゃなくなりますよ」。ある大手紙の記者は法案への懸念をこう漏らします。日本新聞協会も2日、「強い危惧」を表明しました。法案に「報道の自由に十分に配慮」とあるにもかかわらず、批判や懸念が相次ぐのはなぜでしょうか。
一つは、「管理を害する行為」で「秘密」を知ろうとした外部の人間にも重罰を科すからです(図、最高懲役10年)。「管理を害する」の意味は不明確で、対象には「秘密」をもつ公務員を取材するジャーナリスト、情報公開を求めて活動する市民団体や弁護士なども含まれます。未遂でも罰せられます。
さらに重大なのは、「管理を害する行為」をしたとみなされる本人だけでなく、その周囲にいる人間も広く処罰される点です。「秘密」を得ようとする行為を、(1)2人以上で計画する(共謀)(2)他人に勧める(教唆)(3)不特定多数に呼びかける(扇動)―これらは最高で懲役5年です。(1)は国会で繰り返し廃案になってきた共謀罪創設を先取り、(2)では勧められた人が「その気」にならなくても処罰されます。
「秘密」を知ろうとする活動を市民団体などが相談してもダメ、デスクが記者に取材を指示してもダメ、識者が講演してもダメ―ということになりかねません。
このような広い範囲の活動が厳罰を伴う“罪”になれば、治安当局は犯罪が起こる前から捜査を理由に国民を監視できることになります。政府に批判的な言動を弾圧することも可能です。
萎縮効果は絶大
このような法案の仕組みは、国民全体の言論活動に大変な萎縮をもたらします。冒頭の記者が口にするように、処罰される行為が何なのかが分からないと、厳罰を恐れて正当な行為まで自粛してしまうということです。「報道の自由」どころか、表現・言論の自由に対する配慮もありません。
秘密保護法案Q&A 4―公務員を萎縮させる
Q 公務員には一般的に守秘義務がありますが、国民への情報公開も責務では?
A 現行の国家公務員法では、職務上知ることのできた「秘密」を漏らすと、1年以下の懲役か50万円以下の罰金ですが、「秘密保護法案」では「故意の漏えい行為」を最高懲役10年に厳罰化し、過失や未遂、共謀、教唆、扇動まで処罰対象にしています。
執行猶予つかず
懲役10年に執行猶予はつきません。情報公開に対する公務員の姿勢をいっそう萎縮させる可能性は大です。
行政機関の保有する情報は本来、誰のものでしょうか。憲法の国民主権の原則、「知る権利」によれば、行政機関の長の恣意(しい)的な運用にゆだねていいものではありません。日本弁護士連合会(日弁連)の意見書が指摘するように「そもそも国政の重要情報は、主権者たる国民のもの」だからです。
行政機関では国家公務員約64万人、地方公務員約277万人が働いています(2013年現在、総務省資料)。「秘密保護法案」に記された行政機関には、内閣府と防衛省、外務省、警察庁、宮内庁など全省庁、会計検査院、各種の委員会、試験研究機関、検査検定機関、文教研修施設、医療更生施設、矯正収容施設、作業施設、特別の機関などが含まれます。
学問の自由侵す
各省庁から地方公共団体、民間団体に出向し、逆に民間団体の技術者、労働者が省庁に出向する人事交流もあり、行政機関の関係者だけでも処罰対象者はとめどなく拡大していきます。科学技術が軍需や原発に使われることから、「軍事機密」「テロ活動防止」と称して大学などの研究者に秘密保持義務が課せられ、学問・研究活動の自由が侵害される恐れもあります。
「秘密保護法案」を準備してきた内閣情報調査室は警察からの出向者が多数です。同法案では警察庁長官が都道府県警の保有する情報提供を求めることができるなど、警察の中央集権化も狙っています。警察の不正も隠される恐れがあります。
秘密保護法案Q&A 5―国会議員まで処罰
Q 秘密指定された情報は、国会ではどのように扱われるのですか?
A 国会は主権者国民の代表機関であり、国権の最高機関、唯一の立法機関(憲法41条)です。したがって国会には、行政機関が保有する専門的な情報を広く集めて、法案をつくり、それを審議し、行政を監督する活動の基盤とすることが当然求められます。
そのために憲法は、衆参両院に対し国政調査権を保障しています(62条)。それは、少数党が政府・与党を追及、批判することを通じて、国民の知る権利にこたえる重要な役割を果たすものでもあります。
議会政治がマヒ
ところが、秘密保護法案は、秘密を国会に「提供」する前提として、非公開の秘密会であることを要求。国会に提出する場合も、国民の目には触れないという「制限」を課しているのです。秘密会の開催には3分の2以上の議員の賛成が必要なので、これをクリアできなければ、国会には出さないでよいということになります。
その上、秘密会で知った秘密を漏えいした場合には、国会議員さえも懲役5年の処罰を受けるとしています。
これでは、秘密会に参加した国会議員が、自分の所属する政党に持ち帰って議論することも、専門家に意見を聞くこともできなくなります。これでは当たり前の議会政治、政党政治がマヒしてしまうことになります。
重要情報出ない
驚くべきことに、これだけ国会に対する制約を課したうえで、行政機関の長がなお「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす」と判断すれば、結局“秘密”を公開しないとしているのです。これでは、多数派と行政の判断一つで、国会に重要情報がまったく出てこないことになります。
国会議員には、議院における発言について院外で責任を問われないという免責特権が与えられているので、秘密会で知りえた秘密を国会活動の中で提示しても処罰することはできません。そうなると刑罰の脅しも限界があるため、行政機関の判断で結局、「提供」しないこととしているのです。
国会中心の民主的政治運営が、行政と官僚が支配する「専制」へと逆転しかねません。
秘密保護法案Q&A 6―身辺調査で国民監視
Q 秘密保護法案では国民への身辺調査を行うのですか?
A 政府の原案では、「秘密」にたずさわる人物が漏えいする恐れがないかを調べる「適性評価」として、身辺調査を行うとしています。
民間人も対象に
適性評価は、行政機関の職員だけでなく、民間人も対象となります。例えば軍事や原子力にかかわる企業の社員や、共同研究などを請け負った大学の研究者らに対しても身辺調査が行われることが考えられます。
政府原案では、(1)「特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項」(2)犯歴や懲戒歴(3)情報の取り扱いについての非違歴(4)薬物の影響(5)精神疾患(6)飲酒(7)信用情報や経済状況―について身辺調査するとしています。
身辺調査は、本人にとどまらず家族や父母、子ども、兄弟、配偶者の親族、同居人も対象としており、多くの市民のプライバシー情報を侵害します。調査のために、例えば病院や金融機関などに照会することも可能です。
調査で具体的にどんなことを聞くのか―。手がかりになるのが、国の行政機関で2009年から行われている「秘密取扱者適格性確認制度」です。
本紙が入手した「身上明細書」と書かれた防衛省・自衛隊の内部文書(本紙3月15日付既報)では、プライバシー侵害の実態が明らかになりました。
同明細書は、「適格性確認制度」に基づいて、調査対象の自衛隊員に19項目にわたる個人情報をたずねています。このなかで家族や親族、知人の職業や勤務先の記入が求められ、知人にいたっては「交友交際の程度」を回答しなければなりません。
自衛隊に情報が
記入方法のマニュアル文書には「記入に際しては、本人に問い合わせて確認してはならない」としており、本人の知らないところで個人情報が自衛隊に知られることになります。
「所属団体」については「政治、経済等の団体及び出身学校関係の親睦団体からスポーツクラブその他あらゆるものについて、現在過去問わず記入する」としています。思想信条の自由を侵すだけでなく、「秘密」と無関係の国民の活動を監視するものといえます。
秘密保護法案Q&A 7―「戦争する国」への入り口
Q 「秘密保護法」は米国が求めてきたものと聞きましたが…。
A 米国は米軍と自衛隊の一体化や、日本との武器の共同開発が進む中、自らの軍事情報が日本から漏れることを懸念し、これを防ぐ措置(=罰則強化など)を繰り返し要求してきました。
アーミテージ元国務副長官ら米国の超党派シンクタンクが発表した報告書は2000年、日本に秘密保護の法整備を要求。同報告書は、集団的自衛権の行使を求めるなど日米軍事同盟の強化に大きな影響を与えてきたものです。
両政府間では05年の2プラス2(軍事・外交担当閣僚会合)共同文書で、「秘密保護の追加的措置」を軍事協力のための「不可欠な措置」として合意します。そこにはこんな一節があります。
あらゆる範囲で
「部隊戦術から国家戦略レベルまで情報共有・協力をあらゆる範囲で向上させる」。米国の軍事戦略との“融合”を首脳(官邸)から末端の兵隊(戦場)まであらゆる層で進めるということです。
07年には軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結。この中で米側は、日本側に提供した秘密軍事情報に「同等の保護」を求めました。つまり、米国自身が秘密漏えいに最高10年の懲役を科すのに対し、多くの場合が懲役1~5年で、秘密を扱う者への“身辺調査”制度もない日本の法制度が“甘い”ということです。「秘密保護法」ができれば、懲役が最高10年で「同等」になります。
協定締結の前日、日本政府は公務員への“身辺調査”制度の導入を決定。今回の「秘密保護法」を先取りする措置を法律1本通すことなく成し遂げました。
日米軍事一体化は、政府同士や軍同士にとどまりません。法案が軍需産業などの民間企業も秘密を扱うことを前提にするように、武器の共同開発の拡大も念頭にあります。
軍事国家に変質
安倍首相はこの法案を集団的自衛権の行使や国家安全保障会議(NSC)の設置とともに、「日米同盟強化を見据えたもの」と位置づけています。そこには、政府から軍需産業まで一体となって「米国とともに戦争できる国」に変えるための“入り口”にする意図がはっきり示されています。
秘密保護法案Q&A 8―軍事司令塔づくり
Q 安倍内閣が秘密保護法案とセットで成立を狙う日本版NSC(国家安全保障会議)設置法案とは何ですか?
A 日本版NSC設置法案は、首相と防衛相、外相、内閣官房長官の4人を中心とする「国家安全保障会議」で軍事・外交・安全保障などの「重要事項」を審議する軍事司令塔をつくるものです。米国政府のNSC(大統領、副大統領、国務長官、国防長官で構成)がモデルです。
作戦決定迅速化
同法案では、内閣官房に「国家安全保障局」(日本版NSA)を新設するとしていますが、日本版NSAがどのような組織になるかは具体的に明記されていません。
いわば、アメリカと一体で戦争を行う体制に向けて米大統領のホワイトハウスと日本の首相官邸を結び、戦争の作戦決定を迅速化する仕組みです。
政府は日本版NSC設置法案を先の通常国会にすでに提出し、今回の臨時国会で審議する予定です。安倍首相は法案の成立前から自衛隊高級幹部(空将補)を内閣官房審議官(安全保障・危機管理担当)に任命し、「国家安全保障会議」設置の準備にあたらせています。
各国公館を盗聴
安倍内閣がお手本とする米国の「国家安全保障局」(NSA)は、同国最大の情報機関で、国連や欧州連合(EU)、各国の在米公館を盗聴していたことが明らかになり、大問題となっています。
「秘密保護法案」を準備してきた内閣情報調査室(内調)は「日本版CIA」とも呼ばれてきた情報収集機関です。内調のもとにスパイ衛星を運用する「内閣衛星情報センター」が置かれていますが、大規模災害への対応を目的に掲げながら、福島第1原発事故の状況や台風被害の状況をつかむ画像の公開を拒否しています。
米国の情報機関や内調の動向からも、「秘密保護法案」が成立すれば、およそ国民の生命・安全のためとはいえない「国家安全保障会議」「国家安全保障局」が暴走する危険性は十分にあります。
秘密保護法案Q&A 9―戦争は「秘密」から始まる
Q そもそも「秘密保護法案」は必要ですか?
A まったく必要ありません。「秘密保護法案」の狙いは、アメリカ政府の要求にこたえて日本国民の目・耳・口をふさいで「海外で戦争する国」づくりを進めることにあるからです。
最高刑が死刑に
戦争は、「秘密保護」と国民弾圧の法規で準備されてきた歴史があります。戦前の絶対主義的天皇制国家は、日清戦争(1894~95年)、日露戦争(1904~05年)に前後して軍事機密(軍機)を隠す法制をつくりました。
軍機保護法(1899年)は「軍事上秘密を要する事項または図書物件」の探知・収集や秘密の漏えいなどを懲役15年以下で罰するものでした。1937年の日中全面戦争下で最高刑が死刑・無期に引き上げられ、予備・陰謀、誘惑・扇動などの行為も処罰対象としました。
天皇制国家は、とくに日本共産党の主権在民と反戦平和の主張を弾圧するため、1925年に治安維持法(懲役10年以下)をつくり、緊急勅令(28年)で最高刑を死刑に引き上げ、さまざまな口実で国民を弾圧していきました。
41年の太平洋戦争開戦前には、「国家機密」の範囲を外交、財政、経済などに拡大した国防保安法(最高刑は死刑)をつくり、治安維持法に「予防拘禁」制度を加え、「秘密保護」と国民弾圧の体制を強化しました。太平洋戦争開戦日の12月8日には、札幌で北海道帝国大学の学生が、大学教員の米国人夫妻に旅行先の見聞を語っただけで軍機保護法違反で逮捕される悲劇が生まれました。戦後、釈放された学生は27歳で病死しました。えん罪事件の真相解明、名誉回復のたたかいが現在も続いています。
国民運動で阻止
戦後、治安維持法や軍機保護法、国防保安法は廃止されました。日本国憲法が侵略戦争の反省をふまえ、国民主権や基本的人権、平和主義を「人類普遍の原理」とし「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」(前文)と宣言しているのもそのためです。
1980年代半ばに自民党議員が国会に提出した「国家機密法案」(最高刑は死刑)に対して国民は大々的な反対運動を展開し、廃案に追い込みました。憲法違反の「秘密保護法案」は絶対に阻止しなければなりません。
(おわり)