主張
アジア・太平洋戦争71年
「戦争する国」の復活許さない
歴史的な総選挙のさなか、1941年12月8日のアジア・太平洋戦争の開戦から71年を迎えました。戦前の日本がアメリカ・ハワイの真珠湾と当時イギリス領だったマレー半島のコタバルを攻撃、米英に宣戦を布告して、中国との全面戦争に続きアジア・太平洋全域に戦線を拡大した日です。
1931年9月の中国東北部への侵略(「満州事変」)から終戦までの15年戦争の結果、310万人以上の日本国民と2000万人を超すアジアの人びとが犠牲になりました。再び“殺し殺される”国にならないというのは戦後の再出発にあたっての国民の決意です。
見過ごせない改憲の動き
「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」―日本国憲法の前文です。これを受け憲法は第9条で、戦争を放棄し、戦力は持たないこと、交戦権は認めないことを決めました。戦後67年、この憲法の下で日本は海外での戦争で一人の外国人も殺さず、日本人が殺されることもありませんでした。
ところがアジア・太平洋戦争の開戦から71年にあたる今回の総選挙の中で、見過ごしにできない動きが起きています。安倍晋三総裁のもとタカ派路線を鮮明にした自民党が選挙公約で憲法解釈を変更した「集団的自衛権の行使」や憲法そのものを改定して自衛隊を「国防軍」と明記することを持ち出したのです。自民党と違いがなくなった民主党も野田佳彦首相(党代表)が「集団的自衛権」の検討を言い出し、日本維新の会や日本未来の党も改憲や「集団的自衛権」行使に道を開こうとしています。日本が再び“殺し殺される国”になるかどうかの正念場です。
集団的自衛権の行使とは、日本が攻撃されていなくても、海外で同盟国であるアメリカの戦争に参加することです。自民党は解釈改憲で行使を認めるだけでなく、新憲法案では「自衛権の発動を妨げない」としています。個別的自衛も集団的自衛も、「自衛」と名がつけば戦争していいということです。これまでの戦争もほとんどが「自衛」が名目でした。文字通り戦争の“解禁”です。自衛隊を「国防軍」にするのは名前を変えるだけではありません。軍事裁判所などを整備し本格的に戦争する体制を整えます。交戦権を否認した条項も削除し、交戦規定など戦争のための法規の準備も狙っています。
自民党だけでなく維新の会や未来の党が安全保障基本法の制定を掲げるのも、戦争を放棄した憲法9条を法律で踏みにじるためです。維新の会は基本法に集団的自衛権の行使を盛り込むことを隠さず、未来の党も母体となった「国民の生活が第一」の政策では、基本法で集団的自衛権行使の「原理原則」を定めると明記していました。
反戦貫き憲法守る党を
明文改憲であれ解釈改憲であれ、日本が憲法を踏みにじり海外の戦争に参加していくのは、内外に重大な被害を与えたアジア・太平洋戦争の反省に反し、日本国民にとってもアジアの諸国民にとっても許されません。
日本共産党は、戦前の侵略戦争に命がけで反対した党として、憲法改悪のあらゆる企てに反対します。改悪ではなく、憲法を守り生かすことこそ重要です。開戦71年にあたる総選挙で、この日本共産党を躍進させることが重要です。
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