1 物体が運動するときに影響を受ける力は?
今回の講座では,物体の運動のなかでも重力と空気の関係について学びました。重力について,はじめて学ぶのは中学校第1学年の「力の世界」です。ただし,重力が物体の運動と,どのような関係があるのかを学ぶのは,中学校第3学年の「物体のいろいろな運動」になります。この単元では「物体に力を加えずに垂直に落下させる運動」として,自由落下を学びます。自由落下で,物体の運動に影響するのは,重力だけです。そのため,自由落下で物体に働く力の大きさは,重力の大きさに等しくなります。
図1 自由落下する物体の速度
この力の大きさについて学ぶのが高等学校の物理基礎「さまざまな力とそのはたらき」単元です。物体の運動を加速する重力の力が,重力加速度であることを学びます。自由落下する物体には,重力の力が働き,重力加速度によって物体は加速されていきます。そのときの運動を式にして表すと以下のようになります。
自由落下する物体の速度(メートル毎秒)=重力加速度(メートル毎秒毎秒)×時間(秒)
この式から,自由落下する物体の速度には,物体の質量は関係していないことがわかります。一方で,事前学習課題の実験課題から,物体の『形』が物体の落ちる速度に関係しているようです。
そこで,自由落下する速度から,物体の運動には,どのような力が働いているのかについて考えました。
2 自由落下する物体の速度を調べよう
自由落下する物体の速度を決めるのは重力加速度です。そして,重力加速度の値は,地球上では約9.8 メートル毎秒毎秒で,ほぼ一定です。そこで,地球上ではほぼ一定の値である重力加速度の値は,物体の運動する条件によって変わるのかどうかを,かんたんな実験装置を使って調べました。
具体的には,アクリルパイプのなかを自由落下する物体の速度を,速度測定器(ケニス株式会社)ではかって,得られた自由落下する物体の速度から,重力加速度を計算しました。おなじ直径のアルミ球とステンレス球の2種類の球体を用意して,おなじアクリルパイプに,おなじように自由落下させて,球体の落ちる速度をはかりました。地球上ではほぼ一定の値を取るはずの重力加速度は,アクリルパイプの直径を変えたとき,一定の値をとるのでしょうか,それとも速くなるのでしょうか,おそくなるのでしょうか。
図2 実験風景
物体を落下させると,アクリルパイプの出口においてある速度測定器が,物体の速度を表示します。
図3 速度測定器で得られる値
この値から,重力加速度を計算しました。先ほどの式では直接重力加速度を計算することができないので,式を変形して,落下する距離で計算できるようにしています。その結果をグラフに描くと以下のようなりました。
図4 アクリルパイプの直径と重力加速度の関係(線はわかりやすくするために,ややオーバーに引いています)
縦軸は重力加速度比を算出しています。
重力加速度比(%)={実験値(メートル毎秒毎秒)÷9.8(メートル毎秒毎秒)}×100
直径のおなじ2種類の球体は,どちらもアクリルパイプの直径が太くなると,地球上の重力加速度(9.8メートル毎秒毎秒)に近づいていきます。一方で,アクリルパイプの直径が細くなるにしたがって,重力加速度は9.8メートル毎秒毎秒よりも小さくなっていきました。
そして,重力加速度がおそくなる割合は,ステンレス球ではほぼ直線的な変化ですが,アルミ球はアクリルパイプの直径によって大きく変化しました。どうして,このようなことが起こるのでしょうか?
2種類の球体をくらべてみましょう。
球体 直径 質量
アルミ球 2 cm 12 g
ステンレス球 2 cm 35 g
2種類の球体は,直径はおなじで,質量は約3倍ちがいます。すると,アクリルパイプの直径を変化させた事による重力加速度の変化は,2種類の球体の質量のちがいによるものなのでしょうか。しかし,自由落下する物体の速度には,物体の質量は関係していないはずです。
自由落下する物体の速度に差が生まれるのは,なぜなのでしょうか?
自由落下する物体の速度を求める式(ガリレオの法則)がまちがっているのでしょうか?
それとも,実験にまちがいがあるのでしょうか?
ここで講座の時間が終了してしまいました。はかりたい落下物は,もうすこしあったので残念です。科学研究では,理論と私たちが観察した現象がちがって見えることはよくあります。みなさんは,このちがいを「失敗」として考えてしまうかもしれません。しかし,ノーベル物理学賞を受賞したピエール=ジル・ド・ジェンヌは以下のように言っています。
『学校の勉強では,私たちは物理や化学の現象を原理や法則を使って表すよう教わります。このやり方の利点は,コンパクトな枠組みの中にたくさんの知識を集約することができることです。しかし,時には新しい問題を自分に課し,自由な視点,一歩距離をおいたものの見方もできるようにしておかなければいけません。それはたとえば次のような疑問です。
「私がたった今合成した物質,あるいは私がちょうど観察したこの現象は,これまで学んだことと一致しないように見える。これはたんに誤った実験結果ということで無視してよいものか,あるいはこれまでとは根本的に違う何か新しいことを理解するための視点からそれを調べるべきなのか」』
今回の結果は,どう考えるべきなのでしょうか?
自由落下する物体の速度に質量が関係していないのだとすれば,1 kgの羽毛と鉄球はおなじ速さで落下するはずです。事前学習動画で,NASAが行った月面での実験動画を紹介しています。たしかに月面では,おなじ質量の羽毛と鉄球はおなじ速さで落下しました。では,地球上では?
真相については,みなさんで考えてみましょう。
3 水ロケット打ち上げ試験最終回
9月11日の工作課題発表に向けての最終調整です。天候は曇天でしたが,若干の追い風でしたので,打ち上げ条件としては良かったと思います。しかし,試験をした4チームすべてが30 m以上飛ばないという結果に終わりました。
そこで,この機会に,水ロケットの飛距離を伸ばすための条件を整理してみましょう。
水ロケットを設計するときのあなたのアイディアは,どのような科学理論にもとづいていますか?
ロケットは自然現象にしたがって動きます。遠くまで飛ぶロケットを設計するためには,科学を勉強し,自然現象をうまく利用しなければなりません。そのための共同研究準備課題です。ロケットの科学は,物理学や化学について学ぶ良い機会です。設計のときに,何を学び,どのような理論をつかって設計しましたか?
物体の運動を決めるのは,
(1)力(飛んでいく力)
(2)質量(軽さ)
です。
これまでの動画でも解説していますが,ロケットは矛盾をかかえています。
(A)飛んでいく力を大きくするために,燃料(水)をたくさん積みたい。
(B)燃料をたくさん積むと重くなり,飛ぶためにより大きな力が必要になる。
水ロケットでは,水を後ろに押し出し,その反作用でロケットを前に飛ばします。水をたくさん積めば,水がロケットを押し出す力が長く続きますので,ロケットは遠くまで飛ぶはずです。一方で,水を積めば積むほどロケットは重くなり,飛ばすために大きな力を必要とします。
また,小学校第4学年「空気と水の性質」で学んだように,空気は押しちぢめることができますが,水は押しちぢめられません。水ロケットは,残った空気を押しちぢめることで,水を押し出します。そして,押しちぢめられた空気の量が多いほど,水を押し出す力は強くなり,水ロケットは遠くまで飛びます。つまり,水ロケットでは空気が多いほど,遠くまで飛ぶはずです。しかし,だからといって水がすこししか入っていなければ,すぐに水を出しおえて飛ぶ力をうしなってしまいます。
ロケットはいくつもの矛盾をかかえているのです。その矛盾に,ひとつひとつ解決方法を考えるのが科学であり,JAXAのロケットはこうしたくり返しのなかから,良い条件を探しているのです。推力(飛ばす力)と質量(おもさ)の矛盾をどう解決するのか,水と空気の矛盾をどう解決するのか,空気による抵抗をどう小さくするのか。
たとえば,空気による抵抗は,ロケットの先端だけに働くわけではありません。ロケットの尾翼は,飛行機の翼とおなじで空気による抵抗を強く受けます。尾翼が大きければ大きいほど,空気による抵抗は大きくなり,また大きな尾翼はロケットの質量を重くします。これはロケットを遠くに飛ばすのに有利に働くでしょうか?
そして,ロケットの重量のバランスは重要です。とくに物体の先端の重量物は,運動にどう働くかどうかを良く考える必要があるでしょう。ロケットは重力と空気抵抗(今回学びましたね)に逆らって上昇します。先端が重いと上昇中に先端が下を向きやすくなります。ロケットが下を向くと,どうなるでしょうか。また,本体の軽さが重要なロケットにとって,重量が1 gでもふえることは望ましくありません。こうした問題は,実際にロケットを飛ばすことなく,思考実験でも考えることができます。JAXAでも,予算の関係で毎回ロケットをつくって飛ばすわけではありません。科学者は,いま説明したような内容を,あたまの中で明確にイメージして,数値で証明するための方法を考えることのできる人々です。しかし,それができるようになるためには自然現象がロケットにどのように働くかという,科学理論について勉強する必要があるのです。
条件を整理して,ひとつひとつの条件への解答を見つけるのが,科学的な活動です。1回の打ち上げごとに,解決するべき課題は見えているでしょうか。解決するべき課題がないまま,何度も打ち上げることに意味はありません。
いくつかの仮定で考えてみましょう。
【仮定1】1回目の打ち上げは大体1/3くらいの水を入れて空気ポンプで空気を入れました。2回目の打ち上げはたぶん1/4くらいの水を入れて空気ポンプで空気を入れました。ふたつをくらべると,2回目の方が遠くまで飛びました。
【考えるべきこと】この方法で,遠くまで飛ぶ条件は調べられるでしょうか。水や空気の量が正確にわかっていないとしたら,たとえ遠くまで飛んだとしても,もう一度同じことができません。つまり,このような活動は科学ではありません。科学は自然現象を数値で評価します。記録をとらない打ち上げ試験は,たんなる遊び以上のものではありません。
【仮定2】500 mLのペットボトルと1.5 Lのペットボトルで,どちらが遠くまで飛ぶか調べようと思いました。そこで,どちらもおなじ回数空気を入れることにして,水の量を変えて飛距離をはかってくらべることにしました。
【考えるべきこと】あなたは,どの条件をくらべますか?
(1)どちらにも200 mLの水を入れる
(2)1.5 Lには300 mL,500 mLには100 mLの水を入れる
どちらがペットボトルの大きさと水ロケットの飛距離をくらべるのに適した条件でしょうか?
【仮定3】水の量,発射角度はおなじにして,1回目は空気ポンプで10回,2回目は20回空気を入れました。その結果,20回の方が遠くに飛んだので,水ロケットに入れるべき空気の量は空気ポンプ20回分にしました。
【考えるべきこと】空気の量の課題は,これで解決したと言えるでしょうか?
25回入れたら,もっと飛ぶかもしれません。30回なら?40回なら,どうでしょうか?50回は入らないのでしょうか?では,100回入れれば良いのでしょうか?
空気は,どこまで入るのか,または,これ以上入らないというところがあるのか。まず,この検討がなければ,空気の量は決められません。たとえば,5回,10回,15回では飛距離は大幅に伸びたが,20回と25回と30回は飛距離がほとんど変わらないというデータがあれば,空気ポンプで入れるべき空気の量は20回くらいと決めることができます。基本となるデータを取れていないのに,その先のデータをとることはできません。水ロケットを打ち上げるときにもっとも重要な『空気はどこまで入れるべきなのか』がわかっていないのであれば,遠くに飛ばすという目的を達成することはできないでしょう。
解決したい課題を決め,その課題が解決されるように実験は計画しなければなりません。まず,自分が「なに」を求めているのかを整理して,条件を決めて,予想を立てて,実験を計画し,結果を整理して,考察する。そして,他の人と協力して,良いロケットを設計するために話し合う必要があります。科学研究の進め方そのものです。だからこそ,共同研究の準備として2ヶ月にわたって,水ロケットの設計と打ち上げ試験を行ってきました。自ら考え,手を動かして,経験から学ばなくてはなりません。そのために,水ロケットチームには,それぞれロケットの打ち上げキットを貸し出しています。
ロケットの形状は「そうである理由」があります。別の言い方をすれば,みなさんが設計したロケットの形状が,本物のロケットとちがうのであれば「そうである理由」が必要になるでしょう。もちろん,宇宙に飛び出すロケットと,空気のなかだけを飛ぶロケットがまったくおなじ形になる必要はないかもしれません。逆に,本物のロケットとおなじなのであれば「そうである理由」が必要になるでしょう。それを数値で証明するのが科学という学問です。
いま説明したことは,すべて学校の授業で習うことばかりです。みなさんが理科や科学の授業をとおして学んでいることは,ロケットや工業製品の製造において,とても重要な意味をもっているのです。学んだことを,みなさんの生活にどのように活かすのかは,学校の授業で習うのではなく,みなさん自身が考えなくてはなりません。そして,それが学問を学ぶ意味なのです。この世界をより良く生きるために,勉強しなくてはならないのです。
あなたは,あなたが望む何にでもなれる可能性をもっています。もちろん,望んだとおりにはならないことの方が多いでしょう。しかし,いま,あなたが望んでいることが,ほんとうにあなたの望むとおりのものなのかはわかりません。ですから,あなたのもつ可能性をふやすため,もしくはへらさないためにも勉強はとても重要です。だれのためでもなく,あなたのために,あなたは学ばなければならないのです。
科学は自然現象を理解するための学問です。そして,自然現象を理解して,どのように現象を制御するのかを考える学問です。
あなたが学んでいることは,水ロケットにどのように活かされるでしょうか?
図5 水ロケット打ち上げ
コメント
コメントを書く